アイリーンとビルキース

第9話 懸念

 時は、結婚式を終えた時期から、アイリーンとビルキースの偽装結婚が持ち上がった頃へと遡る。

 ソロモンとジェシカの偽装結婚がすんなりと決まりそうな頃、ビルキースとアイリーンの結婚については難航していた。

 というのも、ビルキースは、初めて偽装結婚の話が出た日からずっと難色を示していたからである。所属する階層の違い、それぞれの家の経済状況の違い等を理由に、ビルキースはずっと抵抗を見せていた。しかしアイリーンは非常に結婚に前向きで、ビルキースとは真逆の反応を見せている。

 アイリーンは、ビルキースが結婚を渋る理由については何となく理解しているように見えるが、真に理解しているかはいまいち判断できない。ならば、ハッキリさせるためにも一度真面目に対話をしようと考えた。

 ビルキースは、何もアイリーンを嫌っている訳では無い。異性の友人に対するような好意はあるわけだし、妻役をしてもらうことがどうしても嫌だという訳ではない。ただ、どうしても不安が拭えない。


「アイリーンさん、一度、今後のことについて真面目に話をさせてください」


 ビルキースが、真剣な目つきでアイリーンにそう言ったのは、結婚話が出てから数日後のことだった。結婚のことについてマスグレイヴ邸を訪れたビルキースは、アイリーンと軽く話し合いをしていた最中、ふと、厳しい面持ちでそう零したのだ。

 アイリーンは、普段とは違うビルキースの様子に多少動揺しながらも、今からではダメなのかと問いかけた。今2人面と向かっているのだから、ここで話してしまえばいい――そういう提案だったが、ビルキースはやんわりとそれを断る。


「こちらも準備をしなくてはいけませんから」

「準備?」

「はい。話し合いするなら、参考資料がある方がいいでしょう」

「……それも、そう、ね……?」


 あまりよく分かっていない様子のアイリーンが、頭に疑問符を浮かべながら言葉を返す。その様子に、ビルキースは少々苦い笑みを浮かべた後、また後日連絡する旨を伝えてマスグレイヴ邸を後にした。


 それから数日経過した後、ビルキースはアイリーンに話し合いたいと連絡を入れ、日曜日に再度マスグレイヴ邸を訪れることになった。そして当日、紺色の背広に身を包んだビルキースは複数の資料と共にアイリーンの元を訪れた。


「どうぞいらっしゃい。ゆっくりしていってくださいね」

「ありがとうございます、お邪魔します」


 使用人と共にビルキースを出迎えたアイリーンは、大きな目をにこにこと細めて部屋へと案内する。


「今コーヒーとかお菓子とか用意してもらってるから。とりあえず場所は私の部屋でいいわよね?」

「はい。アイリーンさんが、平気でしたら。……あ、もちろん何かおかしなことをするつもりはありませんのでご安心を」

「分かってますよ。ビルキースさんにはソール兄さんがいるものね」

「えぇ。……因みに、今日、ソロモンは?」

「学校のお友達と出かけたわ。だからいないの。ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。今日はソロモンに会いに来た訳ではないのですから」


 アイリーンに続いて屋敷の廊下を歩きながら得たその情報に、ビルキースは内心安堵した。彼に会いたいという気持ちはあるが、今日の目的はそれではないし、下手に会ってしまい物事が進まなくなったり、変に嫉妬されたりしても困る。

 逢瀬は心身共に余裕のある時にするとして、ビルキースはアイリーンの部屋に足を踏み入れた。

 彼女の部屋は綺麗に片付いていた。カーテンなどは可愛らしい柄の物が使用されているが、全体的に装飾も少ない。他にも部屋の一角に可愛らしいぬいぐるみや置物などが置かれていて、少々目をひくような気がした。因みにそれはジェシカから貰ったものばかりだという。恋人から貰ったものは大事にしたくなるものだ。

 用意してもらった椅子に腰かけて、手にしていた鞄を椅子の近くに置き、ビルキースはやや眉を下げる。


「すみません、椅子も用意してもらって」

「いいのよ。応接間使わないなら、私の部屋でこうして話すのが一番なわけだし、ねぇ」


 気にしないで、というようににこりと目を細めて、アイリーンはそういえば、と部屋の隅にいる使用人女性に視線を向けた。つられてビルキースもそちらに目をやると、そこにはシックなメイド服に身を包んだ若い女性がいた。

 アイリーン曰く、今回は真面目な話し合いだということと、異性と二人きりになるということで見張り役の第三者を置くことになったという。

 今までなかった対応に、ビルキースが反射的にえっ、と小さな驚きの声を漏らすと、それに気づいたアイリーンは慌てて補足する。


「あっ、気を悪くしないでほしいんだけど、別に、ビルキースさんを信用してないからって訳じゃないのよ。ほら、やっぱり話し合いって言った言わないが出てくる可能性もあるし、熱が入ってよく分からなくなることだってあるから、第三者の冷静な目って必要だと思うの。だからそういう理由であの子にいてもらってるだけだから。……でも、ごめんなさい。嫌よね、こういうの」

「いえ、大丈夫ですよ。冷静な目が必要というのはわかりますから。少し驚いただけで、嫌だなんて思ってませんから」


 ビルキースは、特に不快感も何も抱かず、落ち着いた声色で言葉を返した。実際、この対応はビルキースも納得がいくものだったからだ。

 お互い既に恋人がいることからなんてことはないだろうが、親子や兄弟姉妹、夫婦や恋人同士でもない異性同士で同じ部屋にいるというのは不安を巻き起こす要素になってもおかしくはない。以前までの、彼女の両親を交えた話し合いとは異なるのだから、当然の対応策である。

 念を押すように、もう一度大丈夫と伝えると、アイリーンは安堵したようにほっと表情を和らげた。

 丁度、別の使用人がコーヒーとお菓子を持ってきてくれた頃、漸く話し合いへと流れが向かう。

 マグカップに注がれたコーヒーを一口飲んで、ビルキースは静かに話を切り出した。


「それで、今後のことについて話し合いたいと伝えてあったんですけれど」

「え、えぇ、そうね」

「それでまず前提として伝えておきたいのが、決してあなたが嫌いなわけではないということなんです」

「そうよね、前も言ってたわよね。その、生活層が違うって言ってたけれど」

「そう、それです。少なくとも、あなたが俺の所に嫁ぐと言うのなら、これまでの生活と激変するということは理解いただきたい」

「それ、ずっと言ってますよね。かなり生活のレベルが下がるって。……そんなに、変わるんですか?」


 真剣な物言いのビルキースに対して、アイリーンはややうんざりしたような面持ちでそう返し、思わず溜息をつきたくなった。これまで何度か説明をしているというのに、大して伝わっていないのか。しかし、だからこそ――とビルキースは内心気合いを入れ直す。

――少なくとも、アイリーンさんがうちに嫁ぐのはやめた方がいいってことは理解してもらわないと。

 自身が持ってきた鞄の方に一瞬目を向けて、ビルキースは話し始める。


「アイリーンさん、まず、うちはそんなに裕福じゃないってことは、ご理解いただけてますか?」

「……分かってるつもり……だけど、そんなにピンと来てないかもしれないわ」

「そうですか。では、根本的な所から説明しましょう。――そもそも、うちは所謂いわゆる移民です。両親は南ヨーロッパの生まれです。俺も、本名は『ギリェルモ・シルバ・マケーダ』ですし、きょうだいも皆外国語の名前を持ってます」

「えっ……移民なの? というか、本名って、『ウィリアム・キース』……じゃないの? それで、愛称が『ビルBillキースKeyes』ってことなんじゃ……」


 その言葉に、アイリーンは自然と目を丸くし戸惑うように訊ねた。どうやら、初耳だったようである。――そういえば、自分はソロモンには出身地の話などはしているが、アイリーンには特に何も話していなかった気がすると自覚した。いい機会なので、もう少し詳しく話しておくことにした。


「愛称の由来は当たっていますが、それは通名です。元々のファーストネームが Guillermoギリェルモ なので、同系の名前であるWilliamウィリアム にしてるだけです」

「えっと、じゃあ『キース』は?」

「父親が仕事でキースという苗字を使っていたので、そこから取りました」

「そう、だったんだ……」


 初耳の事が多かったのだろう。中には、これまで1度は伝えていたはずのこともあったが、恐らく忘れていたかなにかだろう。念の為、ソロモンから聞いていなかったか確認したが、何も知らないと返ってきた。ソロモンは、特に伝える必要もないと考えていたのかもしれない。

 とはいえ、これで、一応嫁ぐことを避けた方がいい理由の一端は伝わっただろうか。

 移民である自分の賃金などたかがしれている。被差別人種と比べるとまた話は変わってくるが、同じ職に就いていても、同じ歳の男性に比べ賃金もかなり少なくなる。実家の稼ぎ人は自分含め3人はいるが、当然マスグレイヴ家と比べ物になるわけがない。それを考えると、アイリーンに、自分に合わせてもらうのは気が引けるし、そもそも合うわけがない。

 アイリーンもビルキースの主張が分かってきたらしいが、なんとなく実感が沸かないらしく、もう少し踏み込んだ質問に入る。つまり、実際どの程度の格差があるのかという疑問だった。ビルキースは、それを聞いて暫し頭を捻った後ひとつ問いかけた。


「……アイリーンさんは、自分のお父様やお兄様方がどれくらいの報酬を得ているかご存知ですか?」

「いえ、知らないわ。そういうの、気にしたことないもの」

「……そうですか。実は失礼ながら、こちらの方でアイリーンさんのお父様やお兄様方の職業と階級から、おおよその報酬をざっくり調べさせてもらいました」


 ビルキースは、一度徐に目を閉じ数秒沈黙すると、鞄からいくつかの書類を取り出した。今回に備えて調べて用意した資料である。そこには、彼女の父兄の職業や階級と、平均の報酬等が纏められている。あまりの格差に溜息をつきたくなるが、それを抑えて彼女に向き合った。アイリーンに、きちんと伝えるために。


「例えば、なんですけれど……あなたのお父様は、長年軍隊に勤めていますよね。それで、確か階級は大将だとか」

「う、うん。確か、そのはず」

「でしたら……――俺のと、あなたのお父様のは、大体同じくらいの金額である可能性が高いです」

「――…………えっ?」

「寧ろ、俺の年収以上の金額を、お父様はひと月で稼いでいるかもしれません」

「…………へ?」


 その言葉に、アイリーンは大層目を丸くして、非常にわかりやすく狼狽した。目線を泳がせ、唇を震わせ、まるで吃ったように言葉を発する。そして驚きに口元に手をやり、表情を歪めた彼女は、ゆっくりと呼吸をして丸い瞳をビルキースに向け、漸く微かな声を零す。


「…………嘘、でしょ?」

「嘘と断定は出来ませんね。……とはいえ、それまでお父様は相当苦労されつつ、御家族のためにも懸命に働いてきたはずです。軍人な訳で、しかも階級を思えば責任も重い立場です。それを思えば相応しい報酬で、しかも、俺と比べるのはおかしな話です。…………ただ、これだけでも大きな差だということがわかるかと思います」

「――…………っ……。……ち、ちなみに、他の人と比べると、どうなの? 例えば、うちの、お兄様……なんて……」

「そうですね。えーと……一番上の、ボールドウィンさんと比べますと……彼の年収と俺の年収は大体3倍の差があってもおかしくないと思います。ただ、階級の割にかなり若い方なので、それが反映された場合、どうなっているかは分かりませんが」

「…………そ、そんなに……?」

「はい。……ちなみに、うちの父親と比べても結構な差ですよ。うちの父親は、流石に俺よりはいくらか賃金は多く受け取ってますが、それでも……ボールドウィンさんの半分あるかどうか……」


 少々投げやりな態度でそんなことを零す。これで彼女も、漸く今までビルキースが快諾しなかった理由が分かるだろう。ビルキースが1年真面目に働いて得る賃金など、この家の男性陣からしたら、大した金額では無いかもしれないのだ。それに、資産運用等からも得られる金銭を考慮すれば、もっと多くの富を得ていてもおかしくない。つまり、ビルキースが所属する層と、ソロモンやアイリーンが所属する層は大きくことなる上に、そもそもソロモンと友人になれたことがまず奇跡的な程なのである。普通なら、そもそも、出会うことすらなかっただろう。

 暫く沈黙してコーヒーを口にする。ふと話を聞いていた使用人に目を向けると、彼女もやや驚いている様子だった。使用人とはいえ富裕層に勤め、かつ、令嬢に直接関わっていると考えると、比較的経済状況もいい家の出身である可能性もある。そう思うと、ここで一番下賤なのは自分ではないかと自嘲したくなった。

 そんなビルキースの思考を、アイリーンの声が打ち破る。


「あの……ビルキースさん。少し、聞きたいことがあるのですが、いいですか」

「はい、どうぞ」

「あなたは、自分の家は裕福じゃないって言いますけど、でも、ソール兄さんと同じ学校なんですよね? あの学校って、その、お金が無い人達って、入学できないんじゃ……ないですか?」


 アイリーンの疑問は尤もである。そんなにも経済格差があるなら、何故同じ学校にいたのか? ビルキースとソロモンが通っていた学校は名家や富裕層の子息が多く通う名門の男子校だ。相応に学費も高額であるため、成績の良し悪しだけでなく、家の経済状況も重要な点になってくる。

 では何故ビルキースが入学できたのか。それは、学校側の制度にあった。


「あの学校は、特殊だったんです。成績や素行に関するいくつかの条件を満たせば、富裕層以外でも学費に支援を受けた上で、通うことが出来たんです」

「そう、だったん、ですか」

「えぇ。このあたりではあの学校くらいですし、そんなことをして入学する奴は当然悪目立ちしますけれども。周りと異なる点を揶揄されるか、距離を置かれるか、もしくは酷いと虐められるか。肩身の狭い思いをすることは多くあります」

「…………ビルキースさんは、大丈夫だったんですか?」

「そうですね……」


 ビルキースは、アイリーンの言葉に学生時代を思い出す。思い返せば、当時の自分は妙にひねくれて、周りの全てに対して冷たく厳しい態度ととっていた。だから周りから距離を置かれていたのは当然の事だったので、特に何も思っていなかった。そのため、一応、大丈夫だったということでいいのだろう。

 そんな自分に根気よく接し続けてくれたのがソロモンで、友人になり、そこからは比較的周りにも溶け込めるようになったのだが。


「……とりあえず大丈夫でしたよ。元々俺はひねくれた性格でしたし、好かれやすいタイプでもありませんから」

「そ、そう……」

「そのせいで素行不良と判断されて、教師や親に随分と心配されましたし、怒られましたし、殴られもしましたけどね」


 なんてことないように口にした『殴られた』というワードに、アイリーンが僅かに驚いた反応を見せる。その反応は少し意外だったが、名家のお嬢様たる彼女の立場を思えば、暴力は身近ではないのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。

 ビルキースは緩くかぶりを振って、話を戻す。


「――ともかく、俺は確かにソロモンと同じ学校にいましたが、色んな援助を受けてのことです。学費の支援も受けましたが、これも支援元に返していかなくてはいけません。マスグレイヴ家からしたらそんな大金ではないでしょうが、うちからしたらかなり大変です。兄も経験してることですし、俺だけ文句言う訳にはいかないんですけどね」

「…………そ、そう、なの……」

「でも、この返済分が重なったせいで、弟が俺や兄と同じ学校にいけなかったのが心苦しいです。あいつの方が多分優秀なんですけどね……。……というかこの話出来て良かったです。言わば借金ですし、ちゃんと話さないとってずっと思ってたんで……」


 苦い笑みを浮かべながらではあるが、安堵の息を吐いたビルキースに対し、アイリーンは動揺しながら相槌を打って、質問を返す。


「そ、そう……なの。じゃあ、その弟さんはどこの学校に行ったの?」

「弟は、頭もいいですし、士官学校に入りました。給与も出ますし、きちんと手続きすれば外国人でも入れますから。ついでに、姉と妹もいますけど、2人とも必要最低限の学校しか通ってませんよ。彼女たちには申し訳ないですけど、うちにはもう余裕もありませんし。2人とも早々に嫁ぎました」

「そう、なの、ね……」


 ビルキースの返答に、またアイリーンが微かな衝撃の声を上げる。事実、彼女には想像もつかないのだろう。立派な屋敷に住んでいて、大人数家族でも特に困ることなく生活ができて、長男だけでなく、娘や末っ子も希望すればきちんと相応の学校に進学ができる。更に使用人が何人もいて、中には男性までいる。これを普通だと思って過ごしていたら、こちらの生活なんて想像つかないだろうし、合わせることなんて到底無理だろう。

 ビルキースは、一部余計なことや妙なことを言ったという自覚はあった。ソロモンに対しては、学生時代での交流を経てお互いの『普通』が何となく分かったし、それに、ここまで細かい経済状況について話すことはなかった。

 だが、アイリーンは共に生活をすることになるかもしれない相手だ。ならば、遠回しな言葉で誤魔化している場合ではないのである。

 ビルキースは、すっかり冷めたコーヒーをぐっと飲み干して、静かにカップを戻して静かにアイリーンを見やる。彼女は、両手を膝の上に置いて、ぎゅっと握り拳を作りながら目を伏せていた。ビルキースは、持っていた資料を鞄に戻して、彼女にゆっくりと声を掛ける。


「……大丈夫ですか」

「……えぇ」

「すみません、ちょっと色々厳しい言い方もしたかもしれません。……ですか、これが、俺があなたとの結婚を承諾しなかった理由なんです。……分かって、いただけましたか」


 淡々としたビルキースの問いに、アイリーンはぎこちなく頷く。


「…………え、えぇ……確かに、これだけ感覚が違うと、一緒に暮らすのは大変そうね。……お母様も言ってたわ。下から上がる辛さと、上から下る辛さは違うからって」

「確かに、その言葉は当たっている所もあるのではないでしょうか」

「…………で、でも、やっぱり、私は、ちゃんと男性の恋人や配偶者がいるのは、いいんじゃないかなと思うし……それに、ビルキースさんは、御家族からの催促にうんざりしてるんじゃなかったの……? だったら――」

「では、俺のために生活の質を大幅に下げられるんですか? 一人で生活するのに精一杯かもしれない奴のところに来るんですか? ジェシカさんではなく、俺のために、ですよ」

「……それは……」


 アイリーンの言葉を遮るように発せられたその言葉に、彼女は怯む。これで相手が本来の恋人であるジェシカならば、話は違ったかもしれない。『愛』を理由に何とかなったかもしれないが、相手がビルキースとなればそうはいかない。ただ、この言い方はビルキース本人も意地悪な言い方をしている気がするので、どうかとは思うが。

 しかし、今からアイリーン以外の結婚相手――しかも、こちらの事情を分かった相手――なんてそう簡単に見つかるとは思えない。かといって、親からの催促はもうそろそろ本当に鬱陶しく思っている。

 ならばどうするか――頭を捻るが、いい案は出ない。嫁入りではなく婿入りならどうだろう? と一瞬脳裏を過ぎったが、彼女とマスグレイヴ本邸で生活出来るならともかく、きっと本邸では別の家で暮らすことになるだろう。ソロモンだって、比較的高級とはいえアパートを借りるそうなのだから、アイリーンもきっとそうなるに違いない。彼女が実家への支援を頼みやすくなるなんてこともあるかもしれないが、支援を当てにしているようでよくないだろう。

 ならば、やはり、自分が経済状況をなんとかするしかないのだろう。例えば、転職か。少し考えて、ビルキースは、向かいで沈黙しているアイリーンを見やった。

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