第12話 黒薔薇姫の真実4



 現れた男を見て、レモンドやメラニーはとても意外そうだ。彼がつねに、もっとも花婿候補争いから遠いところにあったからだ。近ごろはギュスタンにひっついて、まったく令嬢には興味もなさそうだった。


 でも、それはパフォーマンスだ。彼は自分とレモンドの隠された関係に気づき、二人が結婚することはゆるされないと悟っていたから、あえてさけていたのだ。


「おまえはこの前の仮面舞踏会のとき、女装して胸元をさらしてた。だが、胸につけぼくろを描いていただろう? あれは装いのためではなく、生来のアザを隠すためだった」


 彼は笑った。

「ああ。そうだよ。ギュスタンが以前に見たっていう君の女装姿を褒めちぎるから、悔しくてさ。女装はしたかったけど、アザを見られると、僕が兄だとみんなに知られてしまうから」


 そう言って、ブリュノは屈託なく笑う。やはり、笑顔はとんでもなく魅力的だ。父親のフィニエ侯爵の血をもっとも濃く継いだのは、ブリュノかもしれない。


「おまえもリュドヴィクも、自分たちが腹違いの兄弟姉妹だなんて、初めは思ってもみなかったんだな?」


「ああ。でも、僕は自分が母の浮気相手の子どもだということを知ってた。僕には二人の兄がいるけど、母は僕だけを溺愛したし、父は冷たかった。ただ、ほんとの父親が誰なのかは知らなかった。まさか、こんなところで兄弟たちに出会うなんて思いもしなかったよ」


「身分のもっとも高貴な家柄で、廷臣、皇都住まい。年齢が近ければ、貴公子たちは学校で友達になる可能性も高い。フィニエ侯爵はたぶん、そうしたほとんどの知人の奥方と関係してる。だから、その娘や息子が結婚話で集合する確率は一定以上だと言える」


 ブリュノは肩をすくめて両手をひろげた。


「まったく、困るね。そういう父親を持つと。これからは恋をするにも、いちいち相手の胸をのぞいてからじゃないとできない」


 そういう仕草が憎めない。

 息子の彼を見ていれば、フィニエ侯爵がやすやすと友人たちの妻を寝とることができたわけがわかる。


「以前にも十二公国の服装での舞踏会があったらしいから、レモンドが自分の妹だと、おまえは気づいた。リュドヴィクもきっと、そのときに。リュドヴィクが兄弟だということは知っていた?」


「僕は知ってた。あいつが汗をふいてるところを見たから。でも、リュドヴィクは知らなかったと思う。おかげで、僕は自分の父が誰なのか理解したよ」


「だから、自分は令嬢をさけていたのに、逆にリュドヴィクはレモンドと婚約した。レモンドを見れば、その結婚を望んでいないことは、ひとめでわかった。リュドヴィクが卑怯な手段をとったと考えたあんたは、彼を殺した」


 ブリュノは神妙な顔つきになって、眉根をよせる。なんとなく、イタズラ坊主がムリしてマジメなそぶりをしているように見える。


「だって、自分の妹だと知ってるくせに、おどして結婚しようというんだよ? とんだ外道だろ?」

「ああ。そうだな。これ以上ないほどのろくでなしだ」


「こんなやつを僕の妹の夫にするわけにはいかないと思ったんだ。僕は家族のなかで苦労してきたから、妹には幸せになってほしかった」


 少し遠い目になって、レモンドをながめる。一瞬見せた孤独のほうが、彼のほんとの心情に見えた。


「それで、自分の部屋にリュドヴィクを呼びだした。ほかの話にかこつけて誘ったのかもしれないが。おまえの部屋は三階だ。そこから落下すれば死ぬ。油断しているリュドヴィクをつきとばした」


 ブリュノはうなずく。


「よくわかったね」

「庭師が教えてくれたんだ。あんたの部屋の真下には、ちょうど、黒薔薇の原木がある。とても大切にされていて、それだけは鉄柵でかこってあるんだ。太い鉄のヤリを地面につきたてたような柵。リュドヴィクはあの薔薇の上に落ちた。だから、落下の衝撃じたいは薔薇が受けとめ、どこも骨折しなかった。だが、柵の一本が胸をつらぬいて、致命傷になった」


「ほんとはリュドヴィクを殺したのが僕だって、バレてもかまわないつもりだった。地面に落ちたときの音で、すぐに人が集まると思ってたしね。でも、薔薇が下敷きになって音もしなかった。僕はこっそり階下へおりていって、リュドヴィクの死体を庭の離れた場所へ運んでおいた。レモンドがほんとに幸せになれるのか見届けたかったからね。それまで捕まりたくないなって」


 それがたまたま、古代兵器の傷跡のように見えたのだ。

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