第12話 黒薔薇姫の真実2



 ワレスは、一人でレモンドの部屋をおとずれた。

 令嬢は三階の自室の窓辺で庭をながめている。扉に鍵はかかっていない。アドリーヌがサミュエルの看病でいないせいか、ほかに人影はなかった。


「お話をしてもいいですか?」


 戸口で問うと、レモンドは嘆息した。


「なんとなくだけど、そろそろ、あなたが来るような気がしていました」


 ワレスは微笑しながら、彼女のいる窓ぎわまで歩いていく。ほのかに冷たい風が令嬢の髪をゆらす。今日はユイラのローブをまとっているので、胸元が隠されている。が、襟ぐりの布と素肌の境あたりに白粉おしろいがぬられていた。


「さきほど、森へ行ってみました。先日、あなたと出会った狩小屋近くの大木のところまで」

「そう」

「あなたは、あの場所に誰かから呼びだされましたね?」

「さあ。どうでしょう」

「おそらく、約束の時間に遅れて急いでいた。だが、それでよかったのです。時間どおりに行けば、あなたは殺されていた」

「…………」


 レモンドは頬杖をついて外をながめる。とても硬質な、それでいて何もかもがどうでもよくなったかのようなよこ顔だ。


 ワレスは続ける。

「あなたを殺して得をするのが誰なのか考えた。結果的に、シロンだろうと。あの翌日にあなたはシロンと結婚すると言いだした。そのことから考えてもね。あなたを呼びだし、殺そうとしたのはシロンだ。だが、そのあと、あなたはシロンに取り引きを持ちかけた。シロンはそれを承諾した。それが、あのとつぜんの二人の婚約の真相だ」


 やはり、レモンドは答えない。ただ、ワレスの言葉を吟味するように耳をすましている。


「あなたはアドリーヌがシロンとつきあっていることを知っていた。だから、アドリーヌのために、シロンと結婚することにした。それはアドリーヌをシロンの妾として認めるということではない。あなたはアドリーヌに負いめがあったから、誰にも悟られず、自分の持ちものをすべてアドリーヌに譲るには、それがいいと考えた。そうすれば、誰にも知られたくないあなたの秘密も隠しとおせるから」


 ワレスは無機質なレモンドのよこ顔に訴える。


「以前にも、この場所で聞きましたね? 死ぬつもりではないですかと。あなたはシロンと結婚したあと、自殺する気でいたんだ。ただ、それはリュドヴィクを愛していたから、彼への想いに殉じるためではない。自分が結婚したあとに死ねば、シロンとアドリーヌにテルム公爵の地位と財産を譲ることができるからだ。なぜなら、あなたは——」


「もうやめて!」


 とつぜん、レモンドは叫んだ。その魔力的な黒い瞳から涙がこぼれおちる。

 そして、レモンドは走りだす。窓から身をひるがえし——だが、それはワレスの予想していた行動だ。彼女の体が窓枠をとびこえる前に、しっかりと抱きとめる。


「あなたに罪はない。だって、あなたは何も知らなかったんだから」

「いいの。もうすべて終わりにしたいの。お願いだから、わたしを楽にさせて」

「あなたはとても誇り高い。だから、知られたくないんだろう?」

「ええ、そうよ! 他人に知られるくらいなら、死んだほうがマシ! わたしが、ほんとは、ほんとは……」


 大粒の涙が彼女の胸元にこぼれおちた。白粉がとれて、その下から、わずかに青いアザがのぞく。


「レモンド。あなたはまだほんとの自分を知らない。あなたがリュドヴィクから聞かされたことは、真実の一部でしかないんだ」

「一部……?」


 レモンドの目のなかに、かすかに期待の色が浮かびあがった。もしかしたら、そこに彼女を救う何かがあるのかもしれないと。レモンドだって、死にたくはないのだ。誇りがをゆるさなかっただけで。


「あなたはリュドヴィクにおどされて、婚約を承諾したね? みんなに言いふらされたくなければ、そうしろと。ほんとはリュドヴィクを愛してなんかいなかった。あなたは脅迫に屈して、それに従った。それはそうだろう。リュドヴィクは、あなたがテルム公爵の娘ではない証拠をつきつけてきた——」


「違う!」


「あなたの母上のお産につきそった産婆に話を聞いた。あなたが生まれるとき、同じ部屋のなかにもう一人、妊婦がいたことを。あなたの乳母のメラニーだ。二人はぐうぜんにも、ほとんど同時に出産した。両方とも女の子だった。あなたとアドリーヌだ」


 レモンドの双眸をのぞきこみ、ワレスはそっと告げる。


「そう。あなたはメラニーの娘だ。仮面をつけてならんだあなたとメラニーはそっくりだった。なぜ、みんな気づかないのか不思議なほどだ。華やかな美女なのは、あなたとメラニー。華奢で優しげなのは、アドリーヌとテルム公爵夫人。メラニーは出産直後、あなたとアドリーヌをすりかえた。そうなんだろう?」


 レモンドの泣き声が激しくなる。すると、ワレスたちの背後から女の声がした。


「そのとおりですわ」


 ふりむくと、メラニーが立っていた。

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