親友たるもの

ドアを引き、入店を告げるベルがなる。


らっしゃいませぇ、何名様でしょうか?


「予約している漣堂れんどうの連れです」


店員が妙に合点したような顔をした後


レンドウ様でしたらあちらのテーブルで

ご案内しております~



ーーー、なんつうか。

こちら方、スポーツロゴのウィンドブレイカーと違い

まさしく大学生らしい緩い服の着こなし。

ヤツは顔立ちがそれなりに良いから

物憂げに座ってりゃモデル雑誌ぐらいには映えるのに。

ギロっとした目つきでコッチを角席から

見つめているんだからあとからやって来た

飲み相手に集まる周囲の視線が痛い。


漣堂れんどう颯斗はやと

俺よりも緊張して身構えている十数年来の親友である。


「たぁ………場所を変えて悪かったって。

勤務時間なんだから

長話が出来るわけないだろう。」

「………まぁ、そうだろうな。」


そっけない態度。

こうも一貫して難色を示されては

相手方の機嫌を伺おうにも取り付く島がない。

視線を合わせてテンカウント。


「………」

「………」

「ん………」

「………フン」


「「……………………」」


「ーーー、ンットウにっ!

スマンかったっ!」

「だよな。ソレがケジメってもんだ。

まぁとりあえず座れや。蒼ヶ峰さんよ。」



ため息をついてどかっと席に着く。

まだ本題にも至ってないってのに

この脊椎に滲むような疲労感はなんだ…


コトの顛末を伺っていた店員が

注文を取りに来る。


ドリンクはいかがなさいますかぁ~?


「ウーロン茶。生憎未成年なもんで。」

「…あぁ、じゃあボクも同じものを。」


お任せで眼前に並んでいくサラダに焼き鳥。

テーブル一面が料理で埋まり、

それでいてケンに至る沈黙。

自分から切り出したものの、

それゆえに問われる次の一手。


食事に手をつけるか。

フランクな話題で茶を濁すか。

ーーー、まぁ濁すも何も。

何故か料理だけ早々に揃って

オーダーのウーロン茶は一向に来ないのだが。

長らく待って3分後。

ようやく飲み物出揃って


「それじゃあ、乾杯。」

「…おう、乾杯。」


ハヤトの音頭でようやく宴が始まった。



「ーーー、仕事の方はどうなんだ。

驚いたぞ。自動車整備士なんて。」

「ん?あぁ、正確には整備士見習いだな。

資格が必要な立派な職人さ。

まぁひよっこだって

いびられちゃいるけどな。」


「棲家はどうしたんだよ。

敷金礼金もない高校中退の男なんて

一体どこの誰が貸すってんだ。」

「ハハ、辛辣だな…

それこそ物好きな大家だったよ。

世話焼きな性分には本当に助けられたね。

ヘタレなお前に百合ちゃんを

養えるのかってさ。」

「ーーー、ヘタレ?お前が?」



ハヤトは、ボクと違って器用な奴だ。

さっきまで目を合わせるのも億劫だったのに

今度はこっちが話しやすいように

的確に話題を振ってくれる。


神様は一度その気になってしまえば

二物どころか三つも四つも授けてしまうようで

ヤツはクラスでも持ち前の

ハンサムな顔立ちと頭脳明晰さを駆使し

自らも所属する一人に過ぎなかった

コミュニティを造作もなく掌握する

諸葛孔明顔負けの策士なのであった。



停戦協定と…受け取って良いのだろうか…

今のところ、ハヤトはコチラが不自由なく

振る舞えるよう配慮して会食してくれている。


ーーー、何というか。

先ほど話題に挙げたようにオーヤさんは

そりゃあ疑いようのない

世話焼きだったのだが。

それとはかなり別ベクトルで、

漣堂颯斗は執拗なほどの

お節介焼きなのである。


小学校からの腐れ縁ではあるが。

事あるごとに連携の輪から弾かれる………

ーーー、まぁ殆どがしくじって自分から

はぐれていくようなモンだが。

不器用なボクをコトあるごとに気にかけ

そのコミュニティの枠組みごと

コチラ側に誘導してくれていた。


この献身は他の人間に対しても

同様なのだが………

探偵費用推定40万。

長期休暇をとってわざわざ訪問。

オマケに叶芽家御両親へのご挨拶に

仲介役まで買って出るという。


此度のソレは………明らかに常軌を、ーーー


「なあ、そのウインドブレーカー。」

「………?これがどうした?」

「部活のヤツだよな、テニス部の。」

「ああ、やっぱり使い勝手良いんだよ。

田舎の方まで来たからな。

こっちじゃ春は寒暖差が激しいんだ。

どうだ?そっちこそサークルで続けてんのか?

中高大と一貫でさ。」

「………」


再びの沈黙。

でも、ハッキリと分かる。

先ほどまでの牽制じゃない。

ハヤトが遠方まで出向いた事の本題。

その核心に、とうとう触れようとしている。



「ーーー、なあ。」

「おう。」


料理に手をつけないままに

ハヤトがウーロン茶をあおる。


「なんでだ。

なんで俺に一言、断らなかった。」


視線が、泳ぎそうになる。

でも、やっぱりそれだけはナシだ。


「それどころじゃなかった。」


毅然とそう言ってのけたボクに対し

初めてヤツは驚いたようなイロを浮かべた。


「………ふぅん。そうかい。」


しかし一瞬垣間見えた表情を

腹の中に押し込んで切り返す。


「言ってたよな、お前。

義務教育課程を超えて高校生になった以上、

奨学金だろうがサラ金だろうが

何でも利用して意地でも大学まで

つとめ上げてやるって。

真っ当な人生を送って

クソ親どもを見返してやるって。」

「………言ったな。そんなふうに。」

「真っ当なもんかよ。こんな暮らしが。

こんな時代錯誤な駆け落ちが。

自堕落な破滅が。」

「でも、実際。こうして、ーーー」



「知らないとでも思ってんのかよッ!」


ガシャン、、、!

食器が浮き上がるほどの殴打。


そうだ。馴れ合っていた。

コレは必要な檄だ。

まったりとした望郷、新天地での日常で

流れていたぬくい、心地よいだけの

空気が一気に引き締まる。


「叶芽、アイツ余命1年だったよな………

それも2年の冬から姿を消して

再び現れた3年の夏の時点でだ。

もうあれから1年半以上

経ってるじゃねえか………!」

「彼女は、生きている。」


断固として答える。

それが今この場所においては

ボクにとってたった一つきりの真実だ。


「あぁ………良いさ。譲ってやるよ。

余命判決なんて所詮統計だ。

半年と言わず、2年、3年だって

ズレ込むことだってあるだろうさ。

だがな………このままじゃお前、

ステージ4の病人を自室で死なせたんじゃあ

誘拐どころか立派な殺人犯だろうが。

なんだって、共倒れしようとしてるんだ。

これ迄の努力なんて、

苦痛だって、人生だって………!

たかだか1年でどうでもいいと思っちまえる、

そんな程度のものだったのかよッ!」



ーーー、なるほど。

つまるところ、漣堂颯斗は。


「その覚悟は、もう決めてきた。」

「は?」

「確かに、ソイツは逃げだ。逃避行なんだ。

と思うことと

と誓うことは違う。

だから………オレは百合音の

御両親に会うつもりで来たんだ。

キッチリ筋を通して、

オレは今の暮らしを続けたい。」


そう、きっぱりと断言した。



一方、ハヤトの方は。

今度ばかりは戦慄しているかのような

衝撃を隠しきれずにいる。


「ーーー、そうか。そうだったのか。

ボクだの。ヘタレだの。

お前は。蒼ヶ峰聡を

すっかり捨て去ったのかと思っていたが…

其の儘に。其の儘で変わったんだな。

要するに。」


ただ一拍おいて。

ーーー、安堵だろうか。

パーマのかかった前髪を掻き上げて

サメたような穏やかを取り戻す。


「いいや。まだその最中だよ。

でも、出来るなら。

そうありたいと願うばかりさ。」 


互いに張り詰めていた心の琴線を緩め

本音ともども溜め込んでいた息を吐き出す。



「じゃあ…とっとと食っちまおう。」

「そうだな。流石に長居しづれぇや。」


串に手を伸ばして、それからは早かった。

語り合う、様々な話題。

合格した大学のこと。

この地に至るまでのいきさつ。

今度我が国で開催される

オリンピックのことなどなど。

でもやっぱり………

誤解したままではいけないことも一つ。


「あと一つ、さ。

勘違いされてることがある。」

「ん?なんだよ。

お前の性分はヘタレなんかじゃあなくて…」

「彼女さ、百合音。治ったんだ。」

「………は?」



あんぐりと口を開けたまま

鳥つくねを串ごと落としてしまうハヤト。


「な………お前、なにを………」

「だからさ。完治したんだよ。

慢性骨髄性白血病。」


とたん、視界から1年半ぶりに

顔を突き合わせた親友が消える。

なんだなんだと身を起こして覗き込めば

溶け落ちてテーブル下から

照明を見上げているじゃあないか。

背筋に一本通ってた芯を喪失して

これではカジュアルコートで

ピシッとキマってた

セットアップまで原型がない。


「おい、大丈夫か?」


そう問いかけるとテーブル下から

へろへろと浮上した人差し指が


「お前のアタマに聞き返してぇよ………」


と力無く答えたのだった。

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