第5話「10分間で350文字」

 無事、パソコンの職業訓練に合格した武田は、数十年ぶりに学校に通うことになった。


 ここか、ビルなんだな。

 エレベーターに乗り5階が武田の受ける教室になっていた。


 教室に職業訓練と書かれている。

 教室に入ってみるとパソコンがずらりと並び、何処に座ろうかと思っていたら、先に来ていた人が「黒板に座席表が貼ってあるから、指定だよ」と教えてくれた。


 武田の席は前から二列目だった。

 長い机で二人で使う。

 パソコンはひとつの机に3台ある。

 真ん中は教師のパソコンが写り、左右のパソコンが生徒用である。


 これがデスクトップってやつか!?

 俺のノートパソコンよりデカいな。キーボードも別なんだ。



 授業開始の時間になった。

「え〜〜っ、皆さん、入学おめでとうございます。私が、このパソコンスクールの室長、小宮です。皆さんは、これから三ヶ月間、この教室でパソコンを勉強します。すでにパソコンを仕事で使っていた人や、全くの初心者の方もいます。パソコンは1人1台なので、わからなくなっても他の人に迷惑がかかることはありませんから、自分なりに理解しながら勉強してください。パソコンが初めての人は初めて聞く言葉も多いと思いますが、自分がパソコン国に来たと思って言葉を覚えてください」

 室長の挨拶が終わった。


 パソコン国か、まったく俺にとっては未知の世界だから、言い得て妙だな。


「皆さん、こんにちは。私が、皆さんの担任を務めます山口です。よろしくお願いします」


 女の先生か、若いな、20代だろうな……


「まず、皆さんに自己紹介をしてもらいたいと思います。前に来てひとりづつお願いします」

 出席番号順に黒板の前に出て自己紹介が始まった。

 男性3名、女性9名。

 年齢も20代から90代までばらばらだが、女性の多くは医療関係に勤めていた人が多かった。


 ❃


 授業は1時間が50分で1コマと言った。

 9:10〜10:00

10∶10〜11∶00というように50分がひとつの授業になる。

 1日の授業は6コマで15∶50で終了になる。

 1コマ目は学校についての話しだった。


 2コマ目からは、さっそく授業である。

 パソコンのスイッチの入れ方から始まり文字入力である。


「これから授業のある日は毎日、10分間の文字入力の練習をします。3ヶ月後の卒業までに10分間で350文字の入力を目指してください。ローマ字をスラスラと変換できれば、だいたい打てる文字数です。ブラインドタッチは3ヶ月では難しいので、キーボードをしっかり見て打ってもできると思います」


 課題の文章をもらい、皆んないっせいに打ち始める。

 カタカタカタ カタカタカタ……

 キーボードを打つ音が教室に響く。


 うっ、これは、どうやって打つんだ?

 武田はタイピングの練習はしていたが、実際に文章を打つとなかなか進まなかった。

 ローマ字の表を見ながら打っている。


「はい、10分です。今、打った文字数をパソコンの中にある表に入力します」

 先生の指示に従いパソコンを開いて、今、打った文字数を記入する。


 パソコンは、こんな記入もできるのか。

 武田の文字数は100文字程度だった。


 ふと、横の席を見ると、お爺さん。

「わしは200文字打ったぞ」

「お爺さん、パソコンできるんですか!」

「独学でな……」

「失礼ですが、おいくつですか?」

「わしか、91歳だ」


 パソコンの基礎を教える職業訓練だが、すでに動かせる人がほとんどだった。

 クラスの半分くらいは、すでに10分で350文字の入力ができていた。


 なんだよ、初心者のクラスじゃなかったのかよ!?


 焦る武田であった。

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