第13話 捨て身の攻撃

 何じゃあこれは、とミレナは驚いた。

 撃っても撃っても、あとからあとから、敵兵が湧いて出てくる。

 味方の屍を踏み越えて進軍してくる。

 もう、ミレナの遠距離からの連射だけでは攻めあぐねている……いや、味方を庇うことすら難しくなっている。



 実際に敵軍と対峙した時にアルビーナがもたらした情報によると、敵軍勢力はおよそ二十万。

 ルイゾンは西から戻る際に大量の兵力を引き連れてきた。そして東に向かう途中でも軍の規模を膨らませ続けて行った。

 敵軍の構成員には、騎士や常備軍に加え、そうした捕虜や義勇兵などが大量に含まれている。


 ミレナたち三人は今度はまとめて自軍の中央に配置されていた。この戦力差では相手を包囲するなど不可能と判断した上層部が、正面突破という一縷の望みにかけてミレナたちを投入したのだ。


 対するルイゾンが弄した策は、縦隊による突撃。ミレナに広範囲に渡って銃撃することを許さない配列だ。いくら大量の弾数があっても、これでは一度に攻撃できる人数が限られる。また、前の兵士が盾となって後ろの兵士まで銃撃が届かない。もたもたしているうちに、敵の銃でも弾が届く距離にまで詰め寄られてしまう。

 ミレナは一旦下がらざるを得なかった。ミレナは貴重な戦力、むざむざ歩兵の銃撃の餌食にはできない。

 そうしてペーツェル軍が攻撃の手を緩めた途端、シェルべ軍は数の利を活かしてこちらを包囲しにかかった。一連の銃撃戦が終わってから、あとは泥沼の白兵戦だ。誰も彼もが命をかけて突撃してくる。


 その数が尋常ではないのだ。


 一度、攻撃を緩めてしまったペーツェル側は、体勢を立て直せないまま無闇矢鱈に戦う羽目になった。この、膨大な数の人間を相手に。


 ミレナは四方八方から襲いくる敵を、素早くかつ確実に葬った。だがミレナの魔法とて、一切の休みなしに延々と撃てるほど万能ではなかった。鍛えてはいたものの、やがて限界がきた。カチッという音と共にマスケット銃が沈黙する。

 そうしたらエーファとヴィットの出番だった。ミレナが魔力を回復させている間、透明な盾で敵兵の進軍を阻み、盾で守りきれなかったところから飛び出してきた敵兵を槍で突く。

 ミレナが回復したら、また銃を連射して敵兵を一掃する。


 だがそれでもやはり数が多すぎた。


 わらわらと鼠の子のように湧いて出る。


 撃っても撃っても次の者が立ち上がって襲いかかってくる。あとからあとから。


 まさに捨て身の攻撃。


 もう周りには敵しかいなかった。味方は軒並み押し負けて退いてしまっていた。大砲による遠距離からの援護も絶えてしまった。

 ミレナたち三人は孤軍奮闘していた。


 次、弾が切れたら、おしまいかもしれない。


 その時、上から声がした。


「三人とも、戦線離脱よ! 捕まって!」

「! アルビーナ様!」


 アルビーナが飛んできていた。


 頭上から手をこちらに差し伸べている。ヴィットがその手を取り、エーファにもう片方の手を伸ばした。エーファはヴィットに捕まって、ミレナはエーファに捕まった。


「ひええっ、格好の的になっちまうべ」

「ヒッ、う、撃たないで〜!」


 エーファが三人を守る盾を出現させる。

 こうしてミレナたちは、ほうほうの体で戦場から逃走し、森の中に隠れた。


「きーっ、悔しいわ!」

 アルビーナは木の上で足をばたつかせた。

「天使を否定した国の軍に、私の国の軍が負けるなんて!」

「力及ばず申し訳ございません! 助けていただいたこと、恩に着ます!」

「こ、こ、怖かった……!」

「ありゃあ、負けちまったべか……」

「惨敗よ! あーっ、もう!」


 アルビーナは癇癪を起こしていた。


「やっぱりヨアヒムの……ヨアヒム様の行動がまずかったかしら? だから全力で交渉してきなさいって言ったのに! ロゴフ軍が全力を出してくれればこんなことには……!!」

「アルビーナ様?」

「ああーっ、天の神様がせっかく私に力をくださったのに、戦略で負けてちゃ世話ないわよ!」

「そ、そうなんですか」

「戦術も相手の方が上手だった……! たった一戦交えたきりの、実際には見てもいないミレナへの対策を、もう講じてくるなんて! 頭に来るわね、ルイゾンのやつ!」

「あっ、やっぱり私の力不足が敗因だべか? すみません、申し訳ねえことをしました」

「いいえ!」


 アルビーナは爪を噛んだ。


「これは私の失敗よ。古来よりこの国の軍事を司ってきた私の落ち度! ……今からでも、被害を最小限に抑えなくては」


 アルビーナはそう呟くと、ふわっと木の上から飛び上がった。


「私はヨアヒムを連れて一旦バーチュに戻るから、あなたたちは自力で帰ってきなさい。いいわね? それじゃ!」


 三人はぽかんとアルビーナの飛び去った後を見つめていた。


「アルビーナ様、ヨアヒム様……」

「とっ、とりあえずペーツェル軍と合流しよう?」

「そうだべなあ」


 三人は森の中をてくてく歩き出した。


「合流と言っても、散り散りになっていたぞ。どこへ向かえばいいんだ?」

「分かんないけど、だ、誰もいないよりは、誰かと一緒に行動した方が良いって……!」

「あー、歩くのだるいなあ。戦争ってのは歩くのにも体力を持ってかれちまうもんなんだなあ」

「魔法兵士たる者が弱音を吐くな! 敵に見つかったらどうする!」

「ヴィット、声が大きいよ……!」


 無言でしばらく当てもなく歩く三人。

 やがてミレナが呑気な声を上げた。


「あ、誰か来るべ」

「!?」


 ヴィットとエーファは、ミレナの指差した方を素早く見た。何やら人影がこちらに向かってくる。ヴィットが槍を出現させて警戒した。


「あれは……」

「やあ君たち、無事だったかい」


 近づいて来たのはノランだった。ヴィットは武装を解いた。


「! ノラン先輩! ご無事でしたか!」

「うん。アルビーナ様がこのあたりに飛び込んだのを見かけたから、君たちもここにいるんじゃないかと踏んだんだけど、どうやら当たりだったようだね。ペーツェル軍が身を寄せているところまで案内するから、ついておいで」

「はっ、はい」

「ありがとうございます!」


 仲間に会って、ミレナはすっかり安心した。これなら大丈夫だ。安心だ。

 ノランが連れて行ってくれた場所は森を出た先にある平地で、確かにそこには天幕が張ってあった。

 ミレナは森の中から目を凝らしてそこに書かれている文字を見た。


「何じゃあ? まだ私の知らん文字があったんか? 文字の種類は四十と聞いとったんじゃが……」

「何っ!?」

「ミレナ、あれが読めるの? 目がいいね……」

「読めん。何て書いてあるかさっぱり分からん。見たことのない単語じゃ……」


 ヴィットが足を止めた。


「ノラン先輩、これはどういうことですか!」

「ヴィット?」

「何じゃ、どうかしたか?」

「二人とも気をつけろ。ここはシェルべ軍の陣地だ!」

「!?」

「ミレナが知らない文字があるならあの天幕はうちのじゃない。同盟国のロゴフ軍ならわざわざペーツェル軍だと嘘をつく必要がない。つまりあそこは敵国の……シェルべ軍のいるところじゃないですか!?」

「あはあ、ばれちゃったか」


 ノランは照れ臭そうに笑った。ヴィットは眉を吊り上げた。


「ノラン先輩、これは重大な裏切りですよ!」

「ごめんって。僕だってやりたくてやってるんじゃないよ。仲間を人質に取られて、仕方なくってね」


 ジャキン、と周囲から音がした。


「むっ」

「ヒッ!?」

「あんれまあ」


 木の影に隠れていた兵士たちがミレナたちに銃を向けている。これだけの至近距離で先制されてしまっては、ミレナが武器を出す頃には撃たれてしまっているだろう。エーファの盾も周囲をぐるりと囲えるほど柔軟ではないから守り切れない。


「ぐぬう」


 撃ってこない。ということは。


「僕たちを捕虜にするつもりか、シェルべ軍め……!」


 ミレナたちがどうすることもできずにいる間に、余裕ぶった歩きでシェルべ兵がやってきて、ミレナたちの手を縄でぐるぐる巻きにした。

 ノランも敵国の兵におとなしく腕を差し出して縄で縛られた。


 森を出て、天幕の方に連れていかれる。


 中には濃い茶髪の男性が行儀悪く座っており、その脇では、ペーツェル軍の魔法部隊の先輩方が何人か、縛られて座らされていた。

 ミレナたちの顔を見るや、男性は先輩方に向けていたサーベルを下ろした。


「むにゃむにゃむにゃ、ノラン。むにゃむにゃむにゃ」


 男性は言った。


「ん? 何じゃ?」

「外国語だね……」

「『ちゃんと連れて来たようだから、約束通り仲間の命は助ける』というようなことを言ったんだ」

「ほおー、ヴィットはシェルべ語が分かるんか」

「すっ、すごいね」

「基礎教養だ。この庶民どもめ……」


 それからヴィットはキッと男性を睨みつけた。


「むにゃむにゃむにゃ! むにゃむにゃ?」

「むにゃ。ルイゾン・ディオール」


 ヴィットは険しい目でミレナたちを見た。


「こいつがあのルイゾン・ディオールだそうだ」

「へえ……」

「なあ、捕虜になったということは、私らはこれからずっと、このむにゃむにゃ語の中で生活しねえといけねえのか?」

「そうなるな」

「それに捕虜はお金をもらえんのじゃろ?」

「当たり前だ!」

「はあー、大変なことになっちまったなあー」


 ミレナは長々と溜息をついて嘆いた。

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