第42話・野郎共

◎第42話・野郎共


 一方アゼマは、補習からの帰り道、突撃将エリックを見かけた。

 なにやら周囲をきょろきょろとうかがい、隠れるようにしてどこかへ進んでいる。

 怪しい。人目を避けているのだろうが、逆に目立つことこの上ない。

「どうしたんだ、エリック」

「うわあ」

 話しかけると、猛将は情けない声を上げた。

「ど、ど、どうしたアゼマ」

「それは僕のセリフだよ。頭は大丈夫かい」

 半分は心配、半分はからかいのために問う。

「いやあ、ちょっと買い物に」

「買い物? それでなぜ人目を避けるんだ?」

 しかも密行が下手すぎる。アゼマは諜報に長けた武芸者ビオラを知っているだけに、腕の立つエリックに密行の心得がないことを意外に思った。

 が、よく考えれば、策士気取りの自分も、農業やら工業やら、内政面、特に専門技術には大いにボンクラな部分があることを思い出した。知力にも色々な方向性があるように、武人が隣接分野たる隠密術を修めていないことも、きっとそれほど不思議ではないのだろう。

 アゼマは思考を戻し、再び問う。

「で、何を買うためにこそこそしていたんだい。何か、女人への贈り物でも?」

 全くエリックに似つかわしくない目的である。もっとも、アゼマも柄ではないし、そもそも白翼たちにすら贈り物などしていない。

 したがって、もし予想が当たっていれば、かえってアゼマは力になれない。

 だが、幸いなことに、あるいは軍師気取りとして情けないことに、予想は外れた。

「いや、自分への贈り物だ」

「えっどういうこと」

「だから、その」

「いやいや、そもそも何を買うんだ?」

「茶菓子だよ」

 エリックは視線をそらしつつ答えた。

「茶菓子……自分への贈り物……独りで茶会でもするのか?」

「ご、ご名答」

 あまりに斜め上の正解だった。

「ある茶菓子が非常に美味で、そのためだけにひとり茶会、のような形を」

「いやいや待ってくれ。せめて白翼は入れてやれば……」

 エリックはあくまで白翼主君である。

「いや、それが、うちの白翼たちは二人ともそういうのが苦手なんだよ」

「へえ」

 またも意外なことだった。驚かされてばかりである。

「へえ……そうか。その茶菓子はおいしいのかい?」

「もちろん。俺はそのためだけにこそこそしていたんだからな」

「隠れなくてもよさそうなものだけどね。……まあいい。よかったら僕も一緒に行かせてもらいたい」

「まあ……他言しないならいいぞ」

「他言する意味がないだろう。他人の秘密を肴にすることほどつまらないことは、この世界にないぞ」

「お、おう」

 若干意表を突かれたような顔のエリックに、アゼマは続ける。

「ま、ただ付いていくだけだけどね。持ち合わせが少ないから、僕はたぶん買えない。貧乏貴族とはそういうものだよ」

「エェ……まあいいや、必要ならおごるぞ」

「それには及ばないさ。必要なら元帥閣下に禄の加増を交渉するからね。それが王道というものだろう?」

「そうかあ?」

 かくして二人は、野郎同士で、取り扱いをしている商会へ向かった。


 さらにそれを見ている人間がいた。

「チッ……嫌な光景を見たものだな」

 誰にも聞こえない小声。シミターである。

 想像してみてほしい。頭に「思い」が強固にこびりつくほどに死を願う相手が、能天気な面をして、どうせろくでもないであろう「友人」と一緒に、つまらないクソのような駄弁を繰りつつ、どこかへ買い物に行く光景を。

 ――そこまで感情は動かないだろう。多くの人は。

 しかしシミターは違う。彼は凡百の、感情の薄っぺらな、奴と同じように能天気に暮らしている愚者どもとは、根本から異なるのだ。

 彼は血走った目でその後ろ姿をにらみつける。

 嫉妬、ではない。シミターはアゼマを嫌うただの「善人」であるので、友人の数はアゼマより多い。言ってしまえば、むしろはるかに多く、比較にすらならない。誇張ではない、人脈の差というものだ。

 妬み嫉みとは違う次元である。鼻についたり敗北感を感じさせるから嫌うのではなく、そもそも嫌いな人間が、ここぞとばかりに増長しているから、殴りたくなるのだ。

 斬りたい。本当に斬りたい。

 彼が心の中の凶刃を震わせていると、見知った気配が近づいてきた。

「旦那様、お待たせいたしました」

 ミリアである。彼は振り向いて、唯一の使用人に答えた。

「うむ。買い物は済んだようだね」

 彼女は買い物の用事があり、ちょうどシミターも散歩したかったため、合流して帰る約束をしていたのであった。

「はい。……おや?」

「うん?」

 彼女は、いつぞやと同じく、彼の様子から何かを察したような表情をする。

「何かございましたでしょうか、あっ、長らくお待たせして申し訳ございませんでした……?」

 そして彼は、またもやこれを無関心に流した。彼女が戸惑っている理由すら聞き返さずに。

「いや、あまり待っていない。気にしないでくれたまえ」

「はあ、そうするとこれは……いえ、なんでもございません。旦那様は本当にご苦労をお抱えなのでしょうね」

「いったいどうしたのだね」

「いえ、なんでもございません」

 妙な会話だが、当のシミターはこのやり取りにすら大して関心を示さずに、帰路についた。

 心の中の凶刃は、ひとまず動きを止めていた。


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