第18話・実にうらやましい

◎第18話・実にうらやましい


 主公は、より良い暮らしのために、戦地で軍略を発揮される。そううかがっております。

「そうだね。今はそう思うよ」

 それは、私は素晴らしいことだと思っております。功績に報いがあるのだとすれば、その報いを目当てに奮起されることは、誰からもとがめられることではないと、そう私も思っております。

「まあ……そうだね」

 ただ……功を挙げて身を立てられるためには、多くの苦難が待っていることでしょう。辛く険しい道です。たいていの人は、歴史に埋もれ、何者でもなくひっそりと消えていくのですから。

「うん」

 私は、だからといって青雲の志を否定するつもりはございません。しかし、その苦難は、きっとお一人で抱えられるには重すぎます。

 私は常にあなたをお支えいたします。私だけではありません。エレアノールやビオラ、ついでにレティ様や突撃将エリック様も。

「特にエリックは武勇抜群だし、頭も実際はそう悪くないからね。いい同僚だと思うよ。偉そうな言い方かもしれないけど」

 うぅん、そうではなくて。

「いや、分かるよ。僕もアリアたちは頼りにしている。頼りない主君かもしれないけど、これからもついてきてくれると、すごくうれしいよ」

 ……ふへへ。そうおっしゃっていただけるのは、これ以上無い喜びです。

 名軍師アゼマ様から見れば、至らない者かもしれませんが、精一杯頑張らせていただきます。

 これからもよろしくお願いいたします、主公。


 アゼマはうなずいた。

「うん。ありがとう。頼りにさせてもらうよ。……でも、いったいどうしたんだ」

 彼にとっては突然の話である。正直、面食らっていた。

 しかし。

「特にどうということもありません。ただ、この機会にお伝えしたくて」

 彼女はそう言って、ほほを染める。

 どうやら単純にこの話をしたかっただけで、それ以上の深い意味はなかったようだ。

 そういえば、白翼たちには手足として戦ってもらってはいるが、何か問題を相談したことは、殿軍が終わって以来、ほとんどなかった。

 先ほどの長広舌は、そういう意味なのかもしれない。

「なるほど」

 彼はただうなずいた。理解したからだ。

「ところで、その話とさっきの大道芸は、何かつながりがあるの?」

「いえ、全く」

「エェ……」

「ただ、つながりはなくとも、理由はあります」

 アリアは柔らかな笑みを浮かべる。

「大道芸は、タネによって常ならざる現象を達成する技術です。これは兵法とある種似ているものですから、主公も興が乗るのではないかと」

「まあ、そうだね。兵法の本質は、本当は『確実な勝利』で、奇跡的な勝利はちょっとあれだけども」

「理念はそうですが、現実には『奇跡』でも使わないと安定して勝てはしません。そのことは主公もご存知でしょう」

「まあ、そうだね」

 理念上は奇跡を嫌いながら、実際には奇跡に見える技術を使わざるをえない。

 どこか大道芸人に似ている気がした。

「神秘の力などないと分かっているのに、タネを知られてはいけない……か」

「白翼兵の召喚は、ある意味神秘の力ですが」

「それはそういうものだよ。奇跡とは違う」

 この世界ではこのような認識が一般的だった。白翼兵召喚は、魔法扱いされない。

 だから、この世界に魔法はない。つまり大道芸や戦術には必ずタネがある。

 だからこそ、用兵家たちは頭を悩ますのだ。

「世界は一筋縄ではいかないな」

「そうでしょう。ですから私に頼ってくださっても、一向にかまわないのですよ」

「うん。ありがとう」

 彼は果汁水の杯に口をつけた。


 昼が近づくと、アリアは言った。

「私との時間は、今日はここでおしまいです。独り占めはできませんゆえ」

 そういえば、そういう話だった。

「おや、名残惜しいお顔をなさっていますね」

「そ、そんなことない」

 顔がかあっと熱くなるのを感じる。

「物足りないとお思いなら、家に戻ってから語らいましょう。愛を」

「ああもう」

「まずは元の広場においでくださいませ。エレアノールが待っておりますゆえ」

 そう言い残して、アリアは去っていった。


 果たして、そこにはエレアノールがいた。

「ごきげんよう、主公」

 濡れた唇から放たれた、どこか艶っぽいその声に、アゼマは胸が高鳴るのを感じた。

「ご、ごきげんよう」

 動揺して妙な返しをするほどに。

「ふふ、いつものことながら、可愛い方ですわ」

「うぐぐ……」

 またしても手玉に取られる展開に、彼は悔しがる。

 もっとも、彼はそれを本気で嫌だとは思わなかった。そこまで含めて、彼女の思うツボなのだろう。

「さて、うろたえる主公を堪能したところで」

「うぐぐ」

「演劇でも見に行きませんこと?」

 不意を突く提案。

「演劇? 演劇かあ」

 しかし正直なところ、お上品でハイソな歌劇などは、あまりアゼマの好むところではない。彼も貴族の系譜ではあるが、なにぶん下っ端貴族であるので、やんごとなき人々に供されるようなものは、肌に合わないのだ。

「おっと、主公、わたくしの申し上げた演劇は、たぶん主公の想像されている演劇ではございませんわ」

「おっ?」

「大衆劇というものがございましてよ」

「おや、それは」

 アゼマは「お上品な劇」が性に合わないだけで、お芝居そのものを嫌っているわけではない。

 もっとも、特段、大衆劇なるものを観賞する機会がなかったため、具体的にどういうものかよく分からない。

「さ、参りますわよ。露天で劇壇が設置されているはずですわ」

 またしても露天である。だが、親愛なる白翼と同席なら、それも悪くない気がした。

 そして、ごく当たり前のように、また手を繋がれた。


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