第5話 "NEO"は"トリニティ"と出会う


 ――千明視点――


 今、僕の気持ちは真っ黒だ。

 ただただマイナスな感情しかない。

 桜庭と話した後、僕はどす黒い感情の赴くままに行動した結果、家を荒らしに荒らしまくって睡眠薬を探し出し、過剰摂取をしようと試みたんだ。

 その後あいつに対する恨みつらみを書いた遺書を用意して服用しようとした瞬間に、悪いタイミングで帰宅した両親に見つかってしまい、自殺は未遂で終わってしまった。

 

 そしてしばらくは学校にも行きたくなかったので、自室に引き籠っていた。

 今はまた家族に迷惑をかけてしまった罪悪感、自身の存在意義の無さに気持ちが暗くなっていき、体が重くなって全く動きたいと思わない。


 ベッドの上で布団を被って、ダンゴムシのように丸まっていた。

 

 僕はカウンセラーから重症と言われる位の、重度の精神病にかかっている。

 スイッチが入ると堕ちるところまで気持ちが沈んでしまう。

 

「……それだけ、僕にはゲームが大事だったんだよ」


 僕が唯一輝けた場。

 僕がスーパーヒーローになれる場。

 そして僕が心の底から楽しくて、熱中できるものだった。

 そんな素敵なゲームを、突如奪われてしまった。

 以降、ゲーム以上に夢中になれるものはなく、何事も無気力になってしまっている。


 僕だって、何とかしたいよ。

 何とかしたいんだけど、気持ちが全然付いてこなくて結局は行動出来ずにいる。

 

 死んで消えてしまいたい。


 そんな陰鬱な気持ちを今日も抱えていると、突如自室の扉がノックされた。

 恐らく親だろう。

 応答する気力が湧かないので、とりあえず無視をしようと思ったら――


「橋本君、私です。桜庭です」


 一番、本当に一番聞きたくない声が扉越しから聞こえてきた。

 さっきまで死にたいと思っていた気持ちは、一瞬で桜庭への殺意に変わる。

 僕が桜庭に対して文句を言おうとしたら、


「今日だけ、今日だけでいいので、私の話を聞いてほしいの。お願いします!」


 桜庭の真剣な声が聞こえてきた。

 表情は見えないけど、真剣に何かを僕に伝えたいんだという事はよくわかった。

 しばらく考えてみて、話を聞くだけだったら大丈夫だろうと判断した。


「……わかった」


「ありがとう!」


 僕が話を聞く旨の返答をすると、本当に嬉しそうな声が返ってきた。

 そこまで僕に伝えたいことがあるんだなと、そう思える位声が弾んでいた。


「……なるべく手短に。あんたの声は、出来れば聞きたくない」


「えっと、ごめん! それは保証できない!」


 おいおい、随分と身勝手だな。

 でもまぁ話を聞くと返事してしまった手前、付き合ってやろうと思った。

 気に入らない話をするのなら、追い出してしまえばいいしね。


「早く、用件を言えよ」


「うん、わかった」


 何度か深呼吸をしている桜庭。


 そして――














「私ね、橋本君の事が好きなの!」


「ぶっふぅぅぅぅぅっ!?」


 予想外の言葉が耳に入った。

 突然の告白に、流石の僕も驚きを隠せず動揺しまくった。


「ごほっ、ごほっ!! えっと、なんて?」


 思わず聞き返してしまった。


「も、もう一度言わないと……だめかな? 私は、橋本君の事が好きです!」


 うん、聞き間違いではなかった。

 こんな僕に惚れる要素が何処にあるのだろうか?

 頭の中が大混乱している中、桜庭は言葉を続けた。


 何と、桜庭は中学生の時に治療困難な病気にかかっていて、医者から半年の余命宣告を受けていたのだという。

 全てに絶望していた時、偶然youtubeで僕が大会で優勝している動画を観たんだそうだ。

 壇上で観客に手を振って応えている僕の姿を見て、とても輝いていて一目惚れをし、僕と一緒にプロの世界でゲームをしたいと思ったのだとか。

 そこから異常な回復を見せ全快し、紆余曲折がありプロゲーマーとして活動できているのだそうだ。


 最初、僕は容姿も優れてグラビアもやっていて、皆からもチヤホヤされ、プロゲーマーの世界以外の苦労は知らなそうなイメージだった。

 でも彼女も大なり小なり絶望を知っていたんだ。

 しかも、僕がきっかけとは言え、自力で絶望から乗り越えた凄い奴だった。


「私は、あなたへの恋心があったおかげで、今こうして頑張れたんだ」


「……でも、幻滅したでしょ? 今はこんな存在感ゼロな人間になっちゃってるし」


「全く幻滅してない。でも、どうして橋本君が絶望しているのか、それだけが知りたいの」


 柔らかい、まるで包み込んでくれるかのような、心が落ち着く声で僕に話してくれている。

 桜庭 奏という絶望から乗り越えた人間が目の前にいるとわかった瞬間、僕のどす黒い感情は綺麗に吹き飛んでいた。

 僕も相当ちょろい人間なのかもしれない。

 いきなり告白されて頭が真っ白になった後、彼女の絶望から這い上がった経験を聞かされたんだ。

 むしろ僕より彼女の方がきっと絶望していたに違いない。

 そんな彼女なら、話を聞いてもきっと受け入れて貰えるかもしれない。


「……君の体験談よりしょーもない話かもしれない。それでも聞きたい?」


「うん、聞きたい。私は橋本君の話を聞きたいの」


 桜庭の返答を聞いた瞬間、僕はいつの間にか扉の鍵を解除して開いたんだ。

 家族にすら開けさせなかった、心の壁とも言うべき扉を。


「橋本、君?」


「……そんな所じゃ足が疲れるでしょ? よかったら入ってよ。と言っても、僕の部屋は何もないけど」


「……ありがとう。そして、お邪魔します」


 桜庭は、柔らかく微笑んでいた。

 僕は彼女の表情に、心臓が跳ねた。

 やはり僕は単純だったかもしれない……。


 桜庭が僕の部屋に入ってきた。

 そして彼女の後ろに両親も一緒に入ってきた。

 とりあえず座る椅子とかもないから、ベッドに桜庭を座らせる。そして数十センチ位彼女と距離を置いて、ベッドの端っこに僕も座る。


「……ちょっと長くなるけど、いいかな?」


「うん、聞かせてほしい」


「わかった」


 僕は少し痛む右腕をさすりながら、ゆっくりと過去の事を話し始めた。














 きっかけは小学四年生の時。

 youtubeで《カウンターデス・ストライカー』のプレイ動画を観て、何か強烈に惹かれたんだよね。

 それで両親にねだってパソコンとゲームをねだって買ってもらって、夢中になって練習していたんだ。

 ずっと続けていて、小学校六年の頃にプロゲームチーム主催の小さな大会に、ネットで知り合った人達とチームを組んで参加したんだ。

 まぁ優勝は出来なかったけど、その際にそのプロチームから連絡が来てスカウトされてチームに入る事になった。

 当時のチーム監督とうちの両親で何度も長く話し合いをして、両親が折れてって感じだけどね。


 そこから何度か大きい大会に出るようになって上位入賞をする事で、"NEO"としての知名度はトップレベルで有名になったんだ。

 桜庭が観た動画は、十四歳の時の初優勝した奴だと思うんだけど、その時に事件に巻き込まれた。


 その動画の次の日、大会が開催されたのはロサンゼルスでチームメンバーとロサンゼルスを散策していたんだ。

 すると後ろから英語で話しかけられた。


『おい日本人、さっさと金を出せ』


 刃渡り三十センチ程で何故か錆びたナイフをちらつかせて脅してきたんだ。

 僕達チーム全員、海外の大会をメインの場として主眼に置いていたから、英語は普通に出来るようになっていた。

 

『俺は知っているぞ、お前らゲームで優勝したよな? その金がある筈だ。死にたくなかったらさっさと出せ』


 この犯人は僕達の優勝賞金目当ての強盗だった。

 でも基本的に渡される賞金は小切手だから、現金をその場で受け取った訳じゃないからそんな大金もある訳がない。


『今俺達が持っている金は百ドル以下だ。お前に渡せる金なんてない』


 そう言って前に出たのは、体格のいい空手経験者のチームメイト。

 

『それに、そんな錆びたナイフをちらつかせても全く怖くねぇんだよ』


 腕に自信があるこのチームメイトは、拳をボキボキならしながら強盗に近寄っていく。


『ち、近づくな! 刺すぞ!』


『おう、やってみろ。お前、脅し慣れてないだろう? 証拠に手が震えてるぞ』


『うるせぇ!! 俺には金が必要なんだ! 痛い目見たくなかったらさっさと出しやがれ!!』


『その前にお前が失せろ。そしたら見逃してやる』


『ふ、ふざけんじゃねぇぞ!』


 強盗がナイフを振り回すが、何故かナイフに慣れているチームメイトはひょいひょいと回避する。

 ガムシャラに振り回していたが、強盗も吹っ切れたのか一回だけ鋭い攻撃をしてきた。

 それがチームメイトの頬をかすめて怯んでしまう。

 そして、強盗が僕の方に視線をやった。

 チームの中で僕が一番体格が細かったからだろう、彼が怯んだ隙に強盗がナイフを構えて僕に突進してきた。


「やばい、逃げろ千明!!」


 だが、もう逃げられる距離じゃない。

 強盗は腹めがけて突き刺そうとしてきた。

 冗談じゃない、僕はまだ死にたくない。

 僕は咄嗟にナイフが刺さる位置に右腕を添え、腹部を防御した。

 しかしナイフは僕の腕に深く突き刺さり、そして抉られる。


 とてつもない激痛が僕を襲い、あまりの痛みにその場でのたうち回った。

 周りが騒いでいたが、そんな事は覚えていなくて、ただ痛みに耐えるしかなかったんだ。

 だけど痛みに耐性がなかったせいで、僕は気を失ってしまった。


 次に目を覚ました時は一週間後だった。

 どうやら僕はナイフの錆びによる感染症も引き起こしていて、ずっと生死を彷徨っていたようだった。

 アメリカで一通り治療を終わらせた後、日本の病院に搬送したみたいだ。

 家族やチーム全員から泣かれる位喜ばれたのは、今でも鮮明に覚えている。

 強盗の前に出ていたチームメイトからは、何度も土下座されて苦笑いしたなぁ。

 

 ここまではよかった。

 だけど、後日医者の言葉に僕は不安になった。


「今回右腕の神経が激しく損傷しており、恐らく後遺症が残る」


 どのような後遺症が残るかはわからない。

 リハビリして経過観察をするしかないのだという。

 医者の指示に従って連日リハビリをしていく内に、後遺症がどういうものかがわかってきた。

 一分前後しか物が握れなくなっていたんだ。

 頑張れば一分以上握れるが、痛みが増してきてしまいには手を放してしまう。

 更に強い力を入れる事が出来ず、握力は何とたったの十キロ。

 精密な動きをしようとするのなら、三十秒も動かせない。


 つまり、以前のようなエイムは出来なくなってしまっていた。

"NEO"として活動していたあの頃の精密射撃は見る影もなくしていて、初心者の方が上手いレベルにまで腕が落ちていた。

 それから本気になっていたものを奪われてしまい、僕はうつ状態になったんだ。

 今よりかは全然軽い鬱だったんだけど、カウンセリングを担当した医者にとどめを刺された。


「簡単に治療する方法はありますよ。ゲーム以外の事に夢中になる事です」


「……頭ではわかっているんですが、ゲームが全てだったんです」


「たかがゲームじゃないですか。世の中にはゲーム以上に素晴らしいものはゴロゴロ転がっていますよ」


 たかがゲーム。

 たかがゲーム、だって?

 お前にとっては『たかが』かもしれないけど、僕にとってはゲームが全てだった。

 それでお金を稼いで、両親に高級寿司とか連れて行って孝行出来てたんだ。

 皆から賞賛され、賞金も手に入れていたんだ。

 それをたかが、だって?


 僕は頭が真っ白になって、その医者を叩きのめしていた。

 右手は動かないから、左手で何度も医者の顔面に拳を叩き込み、相手の頬骨を砕いてしまう程に。

 周囲の人間に止められたらしいけど、あまりの暴れっぷりに警察も介入する事になってしまったんだ。

 医者の言動と病院の評判に関わる恐れがある為、被害届は出されずにほぼ無傷の示談で終わったんだけどね。


 このカウンセラーのせいでもっと精神状態が不安定になり、今は別のカウンセラーのお世話になっているけど治る見込みがないんだ。

 それからはずっと、何にも興味が持てずに、そして死にたいという衝動を抑えながら生きてきたんだよ。


 これが、僕のくだらない過去だ。














「どう? 君の絶望に比べて、僕なんて軽いもんだろ?」


 僕は掻い摘んで過去を話した。

 そんなに深く語るもんじゃないしね。

 とりあえず視線を彼女の方に向けると、桜庭は悲しそうな顔をしていた。


「……絶望に、大小なんてないよ。私の場合は確かに命っていう大きいものだったけど、あなたの場合は《本気で好きだったものを奪われた》んだよ。それはある意味命以上に大事なものなんだもん」


 絶望を味わった人間同士だからだろう、桜庭は僕の気持ちを理解してくれていた。

 両親でも、妹でも、カウンセラーでも理解してくれなかった僕の絶望を、桜庭は理解してくれたんだ。


「私に会うまで生きていてくれてありがとう。私はあなたが死んだと聞いていたら、また絶望していたと思う。だからちゃんと生きていてくれてありがとう」


 桜庭が、僕の左手を包み込むように両手で握ってきた。

 優しくてやわらかくて、そして暖かい手だった。

 黒く染まった心が洗われるかのような温もりだった。


 目頭が熱くなっていく。

 生きていてくれてありがとうなんて言われるなんて、思ってもみなかった。

 一言でも喋ったら泣いてしまいそうで、言葉を発する事が出来ない。


「あなたの辛さを百パーセント理解する事は、きっと私には出来ないと思う。でも、絶望を知っている私だからこそ、話を聞いてあげられるし受け止められるって思ってる」


 声色も優しくて、心が完全に洗われていく。

 こんな人が僕の目の前に現れるなんて、あの事件以降誰もいなかった。

 両親だって「こんな事になるならプロゲーマーなんてさせるべきじゃなかった」と否定してきていたし、今のカウンセラーだって「ゲームの事を忘れましょう」って言ってくる。

 僕の気持ちを汲んでくれる人間は、いなかったんだ。

 だけど、彼女は否定もせずに僕を受け止めてくれた。

 それに――


「人はたかがゲームって言うかもしれない。でもね、私達プロゲーマーはゲームだからこそ人に感動と驚きを与えられてる素敵な職業だと思ってる。あんな素敵な仕事だもん、諦めきれないし簡単に割り切って捨てられないよね」


 桜庭は、僕のゲームに対する気持ちを理解してくれていた。

 ああ、こんなにも理解してくれる人がいるなんて、全く思わなかった。

 否が応でも彼女に惹かれていく。

 どんなプレイをするのだろう、どういうプロゲーマー活動をしているのだろう、と。

 競争率が激しいプロゲーマー業界でこんなにも人気があるんだ、きっと並々ならぬ努力をしている筈だ。

 もっと、桜庭の事を知りたい。

 僕は桜庭に対して強烈な興味を抱くようになった。


「……ありがとう、そう言ってくれたのは桜庭だけ、だよ」


 そして、抑え込んでいた涙は、ついに流れてしまった。


「ねぇ、橋本君。橋本君にはまだゲームに対する気持ちはくすぶってる?」


「……うん。諦めきれない気持ちは、奥深くにある」


「そっか。わかった」


 僕の手を握っていた彼女の手に力が入る。


「私ね、新たな目標が出来た!」


「……聞いてもいいかな?」


「うん! 私はね、あなたの"トリニティ"になりたいの!」


 桜庭は柔らかく微笑んで、そう言った。








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読んで下さり、ありがとうございます!

ちょっと補足として言うと、作中の『カウンターデス・ストライカー』は、実際にあるゲーム「カウンターストライク」が元ネタです。

このゲームでは「AK-47」やスナイパーライフルは薄い壁やドアを貫通する効果があり、主人公である千明に超人的なスキルを与えるのにはちょうどいいゲームでした。


そして恋愛ジャンルにおいて、週間272位にランクインしました!

まだ始めたばかりなのですが、この順位に入れたことを嬉しく思います。

皆さんに楽しんでもらえるか正直わからないですが、自分が思うままに伸び伸びと執筆していく予定なので、どうかお付き合いくださいませ!

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