第3話 告白

「話す。けど……どこから話せばいいだろう?」


 迷っている様子のショーンを見て、カイが助け船を出した。


「順を追って思い出そうか。無理のない範囲で構わないから、教えてくれ。君は何故、あのがけから落ちたんだ?」

「食べられるものを探そうとして、山を下りる途中だった。山を何日か歩いたけど、全然見つからなくて。沢伝いに、下りてきた。そしたら崖で……降りられると思ったんだけど、途中で頭がクラクラして足をすべらせて……」

「では君は、山の上から来たんだな」


 ショーンがうなずく。


「うん。気づいたら、山の上の……草原にいた。精霊たちがその草原に飛ばして、守ってくれた」

「精霊たちに守られて? 君は精霊なのか?」

「ううん、半分精霊。父さんは人間だったって母さんに聞いた。それで、精霊たちの村に住んでいた」


 カイは妙に関心した面持ちで言う。


「そうか。ここまで見事な銀髪の子どもも珍しいと思っていたんだが、精霊の血を引くならば合点もいくな。それで?」

「神殿に遊びに行ったら、女神さまの像の前で誰かに呼ばれて……急に像がまぶしく光って、気づいたら腕輪がここに」


 ショーンは自分の左手首に目をやった。カイもつられてそれを見る。ショーンの手首には、二頭の龍が絡み合ってお互いの首に喰らいついている意匠いしょうの、美しい腕輪がまっていた。赤い瞳と緑の瞳。白金でできているであろうそれは精緻せいちな細工で、今にも動き出しそうな――まるで生きているかのように見える。


「女神の……腕輪?」

「そう。神官たちが教えてくれた。この腕輪は世界を救う力を持っているって。世界が荒れるとき、女神さまがその力を使うに相応ふさわしい者? を選んで、腕輪を授けると。君は選ばれたんだって」



 カイは驚き、目を見開いた。目の前にいる少年は、お世辞にも強そうとは言えない華奢きゃしゃな身体に、とんでもないものを背負わされている。



「この腕輪を授かったすぐあとに、突然黒いローブの男が村に現れて……村を、精霊たちを……焼いた。何も、できなかった。目の前でみんな焼かれていくのに……男に見つかって、怖くて動けなくて……ぼくを守って、みんな焼かれた。神官たちも、母さんも、目の前で――みんな、みんな――」

「もういい! もう、何も言うな」


 それまで無表情のまま淡々と話していたショーンが、途中から急にうつむき声を震わせる。カイは思わず言葉をさえぎり、少年を強く抱きしめていた。少年はカイの胸に顔をうずめて泣きはじめる。


「最後に、『生きろ!』って言ってくれた。ぼくを生かそうと、みんな自分の身を盾にして守ってくれた。なのにぼくは、崖から落ちたあのとき、このまま死んでもいいと思った。もう、一人は耐えられないって。このまま眠れば死ねるかなって。ぼくの弱い心が――みんなが必死に守ってくれた生命を、ここでなくしてもいいと思ってしまった」


 それまで見せなかった激情。あふれ出した感情を、ショーンはおさえることができないようだ。カイは無言のまま強く、微かに震える少年を抱きしめ続けた。


「ぼくには精霊たちのように自然をあやつる力はない。無力で、守られてばかりで、誰も助けられなかった……力がほしい。カイ、ぼく強くなれるかな? せめて誰かを守れるくらい、強く……」


 およそ同じ年頃の子供からは出ないであろう言葉たち。心の奥底から魂を吐き出すような少年の言葉が、カイの心を強く揺さぶる。カイは深く息をして自分の心を落ち着かせ、ショーンに静かに問いかけた。


「この先、行くあてはあるのか?」

「……ない」

「強く、なりたいか」

「なりたい――」


 カイの胸に顔を埋めたまま、ショーンは答える。その声には、強い決意が感じられた。


「――わかった。ならば、しばらくここにいろ。ここにいる間、俺が君に生きるすべを教えよう。誰かを守るには、まず自分で自分を守れなきゃいけない。何者かに追われているのなら尚更なおさらだ。わかるな」


 ショーンは顔を上げ、うなずく。


「いい子だ。……よく、話してくれた。ありがとう。もう少し傷がよくなったら、自分を守るすべから始めよう。今は思いっきり泣いて、よく休め。そして、早く元気になるんだ」


 ショーンは再び顔をくしゃりとゆがませ、カイの胸に顔を埋めた。声を上げて泣く少年を、カイはしっかりと抱きしめる。


「今まで、よく耐えたな。君は、強い子だ」


 カイは噛みしめるように、おだやかな声でショーンに告げた。そして、ショーンが泣き疲れて眠るまで、包み込むように抱きしめたまま、ずっと彼の髪をで続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る