9.

 エレミアがメリル聖王国で過ごすようになってから一週間。

 夕食後には帰宅する日々を過ごしていたが、夕食は必ず王族の誰かが付き合ってくれ、聖王国のことを色々と教えてくれてありがたかった。


 聖王国は宗教国家である。

 

 創世神を信仰しているが、魔王を討伐した聖女もまた、敬い大切にしている。

 大陸中から年に一度、聖都にある大聖堂へ巡礼に訪れるのは名物となっていた。

 観光立国でもあり、海に面した温暖な気候から果物や穀物もよく育ち、美食の国としても知られる。

 大聖堂を中心に広がる聖都は、白やクリーム色などの淡色系の建物が多く、街並みが統一されており美しかった。

 食べ物が豊富で、服飾品も豊富、水も豊富で不足しているものはないのではと思われる程。人々は明るく朗らかな笑顔を浮かべ、往来を歩く。

 犯罪率は低く、警察機構を兼ねる聖騎士団の見回りもあって平和である。

 国土は我が国に次いで狭かったが、海に向かって開けている為閉息感はない。

 漁業も盛んで、船での交易も盛んである。

 太陽が水平線に沈みゆくのを眺めながら歩く聖都は荘厳で美しかった。

 街歩きには王太子を始め、王子王女が交互に付き合ってくれて楽しく過ごした。

 職業としては、いつ、どの時代にも必要とされるものから、剣や魔法のある異世界だからこそ存在する職業も存在した。

 鍛冶屋防具屋、魔法書屋、そして冒険者である。

 冒険者はバージル王国以外に存在する職業であり、魔獣が生息するダンジョンもまた、バージル王国以外に存在した。魔王存命の頃から存在したらしいが、魔王が討伐されてからも消滅することなく残り続けている、古代の遺物である。

 魔獣はもはや、辺境にしか存在しない。

 辺境に接した領地には軍を配置しているが、魔獣には知能がない為指揮系統もなく、どの国も建国以来近づいてきた魔獣を蹴散らすのみで、大規模な戦闘はないようだった。

 強大な力を持っていた魔王と魔族亡き後は、この大陸は人間の国となったのだった。

 聖王国における冒険者の役割は、基本的には便利屋と探偵を足したような存在であるらしい。

 ペットの散歩から浮気調査、もちろんダンジョン探索まで。

 冒険者ギルドで依頼を受けたり、パーティーを組んでダンジョンに潜ったりする。

 十歳から登録することができるので、子供の小遣い稼ぎにもいいようだ。

 冒険者ギルドでは就職斡旋事業…前世におけるハローワーク事業を請け負っていたりもするらしい。何とも幅広い業種だなとエレミアは思う。

 そしてそんな冒険者とギルドを援助するのが国である。

 最低限の生活を保障する受け皿となってくれるギルドには、健全な運営と存続をしてもらわねばならないから、ダンジョンの整備はもちろんのこと、ギルド職員は平民出身者であるものの役人扱いであり、なかなかの高待遇であるようだ。ギルドマスターは領主の代理人が務め、常に領内の安全に気を配る。

 ダンジョンの整備は聖王国であれば聖騎士団が定期的に入り、魔獣の間引きと清掃活動を行っている。ダンジョンは百階層まであり、最深部に到達できる冒険者の数は少ない。よって騎士団が訓練も兼ねて見回りをすることで、魔獣の増えすぎを押さえ、かつ貴重な素材を国が確保するという一石二鳥が成立する。

 次兄レヴィは部隊長として最前線に立っているので強かった。

「わたくしもダンジョンに入れる?」

「え、エレミアは冒険者になりたいのかい?」

 夕食時、今日は王太子フェリックスと次兄レヴィ、そして第一王女フィオナが共にいた。

 レヴィの問いにエレミアは首を振る。

「そういうわけじゃないんだけれど、ダンジョンには魔獣がいるのでしょう?わたくし魔獣を見たことがないな、と思って」

「見たいの?」

 今度はフェリックスに問われ、頷く。

「興味があるわ」

「じゃぁ私と一緒に行こうか。低階層なら護衛騎士でも問題ないし」

「フェリックスの仕事は大丈夫?」

「大丈夫だよ。明日の午前中にでもさっそく行くかい?」 

「嬉しい!ありがとう!」

「どういたしまして」

「明日は儀式があって、一日ダンジョンは閉鎖だからちょうどいいな」

 レヴィの言葉に、首を傾げる。

「儀式?」

「ああ、各国のダンジョンには結界が張ってあるんだが、知ってるかい?」

「聞いたことはあるわ。…ダンジョンから魔獣が出て来ないように、だったかしら?」

「そう。魔王や魔族クラスの強さならどうかわからないけど、魔獣くらいなら出て来られない結界を張っているんだ」

「住人も安心ね」

「ああ。その結界を張るのが聖王国の聖王と、王太子の大切な仕事なんだよ」

「そうなんだ?」

 フェリックスを見れば、頷いていた。

「聖女の家系だからね。毎年各国を回って結界の延長をしているんだ。まぁ、ついでに色々と外交もこなすんだけどね。それも良かったら一緒に行かない?儀式は各国の王宮で行うんだけど、見学したいなら手配するよ」

「見たい!見られるなら、ぜひ!」

 即答だった。

 自国にダンジョンはないので、聖王国から結界を張りに来ることもない。

 貴重な機会を逃してはならない、と意気込めば、三人は笑顔で頷いてくれるのだった。

「明日の儀式は俺も聖騎士として参加する。午前中は…打ち合わせがあるから一緒には行けないんだが」

「わたくしも午後には参加するけれど、さすがにダンジョンは許可されないわ…一緒に行けなくて残念…」

 フィオナの悔しそうな表情に、エレミアは笑みを返す。

「気持ちだけで十分嬉しいわ。王族が二人も動くとなれば護衛も大変だもの。おまけにわたくしもいるし。フェリックスが一緒に行ってくれるだけでもありがたい話よ」

「フィオナは王宮で待ってて。私も午後の準備があるし、長時間いるつもりはないよ。…それでいいかな」

「ええ、もちろん。どんな感じかがわかるだけで嬉しいわ」

「うん、じゃぁ話を通しておくよ」

「低階層とはいえ、気をつけるんだぞ?」

「ええ、レヴィ兄様。ありがとう」

「儀式が終わったら、お茶しましょうね」

 フィオナの提案に喜んで頷く。

 自国の屋敷へ帰宅し、時間が早ければ必ず長兄家族と妹には挨拶をするようにしている。遅くなった場合は、長兄の執務室へ行って、長兄に挨拶をするのが日課のようになっていた。

 今日は談話室へ行き、長兄家族と妹に帰宅の挨拶をする。

「おかえり、エレミア。今日は何をしたんだい?」

「ただいま、ダニエル兄様。今日は冒険者ギルドを見学に行って、冒険者について学んだわ」

「へぇ」

「お姉さま、冒険者ギルドって他国にしかない制度のことでしょう?」

 妹がソファで隣に座り、三歳の甥は逆隣に座って興味津々の表情で見上げてくるので頭を撫でる。生まれたばかりのもう一人の甥は、義姉に抱かれて眠っていた。

「そうよ。冒険者、という職業があってね。冒険者ギルドは彼らが働きやすいように動いてくれる場所なのよ」

「へぇ~!冒険者ってダンジョンに潜って魔獣と戦うんでしょう!?」

「そうね、仕事は多岐に渡るみたいだけど、それも一つね」

「すごいわ!勇者ジーンの冒険物語だと、冒険者がダンジョンですごいお宝を見つけたりするでしょう?秘境に踏み入って貴重な薬草を採取したり!」

「そうね、大変だけれど、夢のある仕事ね」

「いいなぁ…!私もお宝を見つけてみたいわ!」

「リリーは冒険者に興味があるのか?」

 ダニエルの問いに答えるリリーは満面の笑顔である。

「ええ!」

「そうか。冒険者はソロじゃ厳しい。仲間を見つけてパーティーを組んだりするんだよ」

「素敵!信頼できる仲間と冒険するのよ!」

「…うーん、そうだねぇ」

 ダニエルが苦笑しているが、隣に座る義姉は見守るような瞳で妹を見ていた。

「何でもやりたいことはやってみるといいわ。あなたの可能性は無限なのだから」

「そうよねノーマお義姉様!私、他国に出られるようになったら冒険者として活動してみたい!」

「それは父上と母上に許可を取ってくれよ」

「もちろんよ!」

 期待に輝く妹の瞳はとても美しい。

 純粋に選べる未来はたくさんあって、それを疑問に思うことなく楽しみにしているのだ。この年頃にはエレミアはもう、この国の王太子と出会って夢も希望も失っていたから、妹の前途洋々な未来が眩しく思う。

 エレミアはようやく妹と同じ土俵に立てたのだった。

 出来るならもっと早く希望を持っていたかったと思わないでもないが、間もなく十八を迎えるエレミアの未来もまた明るいものとなったのだ。

 この国、あの王家と関わらなくて済むようにしてくれた家族に感謝である。

 妹のように無邪気ではいられないが、エレミアも将来に期待を持ちたいと思う。

 冒険者については職業選択の一つとして、どんなものかは知っておきたい。

「…明日、ダンジョンに実際に入れてもらえるみたいだから、どんな感じだったか教えてあげるわね」

「えっお姉さますごい!ダンジョンに入るの!?いいなぁ、羨ましい!」

「エレミア、大丈夫なのか?ダンジョンは魔獣がいるんだろう…?」

「大丈夫よダニエル兄様。低階層のみで、フェリックスと護衛騎士もたくさんついて来てくれるみたい。明日の儀式の為に一日ダンジョンを閉鎖するらしくてね。誰もいないから気兼ねすることもないって」

「ああ、結界の儀式か。エレミアはどうするんだい?」

「それも見学できるように手配してくれるそうなの。レヴィ兄様も聖騎士として参加するんですって」

「そうか、なら安心だな」

「各国を回るらしくてね、それにも一緒に参加させてもらえるみたいなの。聖女の結界なのでしょう?とても楽しみだわ」

「いいなあ。俺もいつか見られるかな」

 羨ましそうな表情の長兄は、儀式を見たことがないようだった。

「頼めば参加させてくれるんじゃないかしら?」

「うふふ、わたくしは帝国の儀式に参加していたから、知っているのよ」

「あ、そういえばそうか。息子達がもっと大きくなってからかなぁ」

 義姉の言葉に、長兄はますます羨ましそうに溜息をつく。

「私は来年になったら、見られるかしら?」

「リリーはお父様とお母様と一緒に各国を回るのだから、お願いしてみたらいいんじゃない?」

「そうね、そうするわ!」

「頼めば見せてくれるなら、俺達が回っていた時にも頼めば良かったな…」

「今更よ、ダニエル兄様」

「違いない」

 明日万全の体調で臨む為、休むと言って早めに談話室を辞す。

 妹も一緒に辞し、部屋で別れた。

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