第2話:憂鬱なお茶会


クリスティナ・シルキア、六才の春 ――


この体に生まれ変わってから約一年が過ぎた。なぜこうなったのか色々考えてみたが、最初の一ヶ月で考えるだけ無駄だと気がついた。

前世では死んでるし、元の世界に居場所なんてない。毎日寝て起きたら当たり前のようにクリスティナだしこれはもう受け入れるしかないと腹をくくったのだ。


「お嬢様、今日のドレスはこちらでよろしいですか?」

「うん、それでいい」

「お嬢様、御髪は編み込みにしてお花を飾りましょうね」

「うん、それでいい」


エメラルドグリーンのドレスは胸の下の切り替えからチュールレースがふんわりと重なっている。プラチナブロンドの緩いウェーブがかった髪は編み込んでドレスと同じエメラルドグリーンの花を飾られた。

鏡に写る私の姿は超絶可愛い。まぁ子供時代天使、大人になったら普通以下なんてことはざらにあるだろうけど前世の私とは大違いだ。特にこの年の頃なんか毛玉のついたトレーナーにおばさんみたいなひとつまとめの髪型でも何とも思わなかったわ。


ふわふわ~も、キラキラ~も、ひらひら~も、全っ然興味ない。


(あーあ、どうせ転生するなら剣士とか武将とかなんか強そうなのが良かったな…)


愛読書は「友情・努力・勝利」を象徴するような漫画雑誌だったから少女漫画の部類はほとんど読んだことなかった。確かに令嬢に転生、なんて物語が流行っていたような気もするが一冊も読んだことがない。


「今日は貴族のご令息、ご令嬢がたくさん来られるようですよ」

「そうなの」

「楽しみですね」


楽しみなもんか、と思わず口から出そうになるのを堪えた。今日はとある侯爵家の庭園で貴族の令息、令嬢が集まり交遊…お友達作ろう会、みたいなものをやるらしい。

謎のお茶会とやらに時間を割くくらいなら部屋の片隅で埃の観察でもしてる方がマシだわ。いや、毎日掃除してくれてるから埃なんてないけどね。


「さぁお嬢様、可愛く出来上がりましたよ」

「…ありがとう」


改めて鏡の中を覗くと超絶美少女がいる。中身は平凡な元OLだというのに騙しているみたいで申し訳ない。今は精一杯クリスティナを演じるしかないか、と小さくため息を吐いたのだった。


**


(良いとこの坊っちゃん嬢ちゃんってのは本っ当に下らないな!)


年端もいかない子供のクセにやれドレスがどうのとか髪飾りがどうのとか自慢話ばかりが始まり、私は開始10分で心が折れそうになっていた。友達なんか一人も出来そうにない、否、いらない。


(帰りたい…部屋で新訂版『漢の地獄道』読みたい…)


先程から愛想笑いしながらサクサクサクサククッキーを齧ることしか出来なかった。何の興味もない会話を繰り広げられ、口を挟むのも面倒だ。


(よし、今世では人見知りな無口少女を貫こう、そうしよう)


そう決意し、サクサクサクサククッキーを齧り続ける。そうだ、クッキーに入ってるチョコチップの数でも数えてたら時間稼ぎになるかもしれない。そう思いつきなるべくチョコチップが入ってそうなクッキーに手を伸ばしかけた時、庭の端の方から言い争う声が聞こえた。

む、ドレスの話には興味はないがケンカには興味がある。なるべく平静を装いそちらに耳を傾けた。


「何だコイツ女みたいな物持ってるぞ!」

「はずかしいヤツだな!」


女みたいな恥ずかしい物とは何ぞや?とそちらの方に目を向ける。貴族の子供のくせに恥ずかしい振る舞いをしてるのはどっちなんだよ、と思いつつ。


(ほわぁ…可愛い男の子…)


ふわふわした金髪ヘアの天使みたいな男の子を三人の女の子が囲んでいる。そこに他の男の子が茶々を入れ出した、という形らしい。

凝視するのはお行儀よくないので紅茶をちびちび飲みながら視線だけはそちらを向ける、あくまで自然に。


「男のくせにぬいぐるみなんか持って」

「あ、ぼくのくまさんっ」


ぬいぐるみ、というよりは手の平サイズのクマのマスコットのようだ。茶色いほわほわのテディベアは意地悪いガキによって取り上げられた。


「返してっ」

「返して欲しかったら取ってみな!」

「あっ!」


意地悪少年がマスコットを金髪少年の手に届かない位置に上げる。取り返そうと必死に手を伸ばすが背が低いため届かない。意地悪少年は更に届かないようにマスコットを振り上げる。その勢いでマスコットはすっぽぬけ…


「あ」


放物線を描いて……


バチャンっ


「……」


―― 私のティーカップの中に、ダイブした。


紅茶はまだたくさん残っていたため溢れた紅茶はエメラルドグリーンのドレスに盛大に茶色いシミを作っていく。

紅茶がぬるくなっていたのがせめてもの救いだ。向こうの方からメイドたちが血相を変えて走って来た。


「っ……お、俺は悪くない!」


いや、完全にお前が悪いわ。


「クリスティナ様っ、大丈夫ですか!?」

「早くお着替えをいたしましょう!」


メイドが慌てて屋敷内に連れて行こうと手を引いた。着替えるよりもうこのまま家に帰らせてくんないかな。あ、ここで泣いたら帰れるかも。


「お前がそんなもの持ってるから悪いんだぞ!」

「え、ぼく…?」

「それにその女もそんな所で紅茶なんか飲んでるのが悪いんだぞ!俺のせいじゃない!」

「…………」


アホすぎて目眩がした。

いやいや、紅茶飲む場所で紅茶飲んで何が悪いんだよ。素直に謝るならまだしも、何の非もない私を責めるとはどんな言い掛かりか。

…おそらくこのドレスはもう着ることはないのだろう。興味がないとは言ってもメイドさんたちが一生懸命選んで着せてくれたドレスだ。それにたった一枚のドレスだって仕立ててくれた職人さんやお金を払った両親の思いが詰まってる。そう考えると体のどことも言えない所から怒りがふつふつと湧いてきた。


「せきにんてんかもはなはだしいわ!誰がどう見てもからかったヤツが100パーセント悪い!」

「っ…!?」

「だいたい今どき男のクセにとか女のクセにとかしょーもないこと言うな!昭和か!このじだいおくれヤローが!!」


庭園がシン、と静まり返った。

それはもう半径一キロくらいの全ての音が消えたんじゃないかと思うほどの静けさで。


「う…うわーん!!」


事もあろうか意地悪少年が泣き出してしまった。泣けば許されると思うなよ!


「泣くぐらいならさいしょから人をからかったりするな!」

「ク、クリスティナ様、もうそれくらいで…」


メイドが戸惑っているが私としては間違ったこと言ったとは思っていない。

ムスっとしていると盛大な笑い声が聞こえてきた。何事かと振り返れば金髪少年その2が現れた。かなりのイケメンだが顔に自信が現れている、悪く言い換えればエラソーな顔をしている。

その2は私の前まで来ると、エラソーに言い放った。


「お前、おもしろいヤツだな!」

「………」

「決めた!お前を俺のフィアンセにしてやろう!」

「……はぁ?」


頭おかしいんか。


「誰だか知りませんがおことわりします」

「なっ!俺はこのリュクセ王国の第一王子だぞ!ぶれいもの!」

「上から目線でかってにこんやくを決める方がぶれいです」

「う……ぐすっ」


あ、また一人泣かせてしまった。段々酷くなってくる事態にメイドたちは真っ青だ。そして異様な空気に泣き出す女の子たち。


春の日差しに包まれたぽかぽか陽気の中始まったお友達作ろう会は、私の暴走のせいで地獄と化してしまったのだった。



(あーあ…帰ったら怒られるだろうな…)


怒られるだけで済めばいいが、最悪シルキア家の恥さらしとして処分されるかもしれない。


「はぁ…」

「あ、あの…」


ため息を吐きながら馬車に向かおうとすると、後ろから声を掛けられた。先ほどからかわれていた金髪少年その1だ。


「…さっきはごめんなさい。それと、ありがとう」

「……」


俯いたまま言葉を紡ぐその1のクリクリの茶色い瞳は今にも涙を落としそうだ。手にはまだ乾ききっていないテディベア。


「…好きならどうどうと。自分にほこりを持って下さい」

「っ…」

「それがあなたらしさだと思います」

「……うん!」


顔を上げ口をグッと引き締めるとその1は力強く頷いた。これできっともうからかわれることはないだろう。


「ぼくはスレヴィ。スレヴィ・ロイヴァス」

「!」

「また、会えるかな?クリスティナ嬢」


天使の笑みを浮かべた金髪少年その1はまさかの第二王子だった!ここで嫌だと言ってまた泣かせてしまったらたぶん父親に抹殺されるだろう。


私はドレスの裾を軽く摘まみ、喜んで、とお辞儀する外なかったのだった。


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