第7話・元勇者対元剣聖

 突然の乱入者を相手にも、動じず対応したデマンは流石と褒め称えられるべきだった。


 咄嗟に鉄棍を手にしてクィネの凶刃から見事に己の身を守った。長柄の鉄棍から伝わる痺れるような衝撃。そう多くない回数だが、確かに味わった経験のある衝撃であった。体勢を上手く制御し無ければ、頑丈な得物でさえもへし折れるか切断されていた。

 斬鉄の域に達した者の放つ一撃。人魔戦争時代に、他国の勇者との交流や魔族の将と戦った際ぐらいにしか覚えがない。



「デマン様!」

「来るな! 貴様らの敵う相手ではないわ! 副官を中心に戦場に集中せよ!」



 デマンは駆けつけようとする私兵や副官を押しとどめる。

 この奇妙な敵を相手に生半可な数で当たっても仕方がない。そう判断してのことだった。これは人魔戦争の経験によるものだ。この域に達した者は弓を並べてすら意味が無い。


 甥のことが気にかかる。コレと出会していなければ良いが……気を回せるのはそこまでだった。

 再びの剣閃が誰を狙っているか、考えるまでもない。集中を途切れさせればその瞬間に冥府へと誘われるのは己になる。



「下郎! 名を名乗れぃ!」



 危うく腕を飛ばされそうになった剣から逃れて、デマンは大喝した。これほどの敵。全くの無名ということはあり得ないことだろう。



「クィネ。駆け出しの傭兵です」

「戯言で戦いを汚すか! 報いはこの鉄棍でくれてやろう!」



 まさか、これほどの実力を持つ敵が単なる雑兵にいるなどとデマンには思えなかった。帝国軍の軍装でないことから傭兵というのは嘘では無かろうが、駆け出しなどというのは嘘臭いにも程があった。


 名前以外は本当のことではあったのだが……それこそ想像できる者はいないだろう。


 かつて勇者だった男とかつて剣聖であった男が戦闘を開始した。


/


 本来の前線であるトリド王国軍と帝国軍の衝突地帯、そこでは泥沼の戦闘が続いていた。帝国軍も重装歩兵を押し出して来たのだ。

 帝国側の使い捨て傭兵たちにとってはありがたく……は無かった。ライザがクィネに語ったように戦場では圧死する者が非常に多い。駆けつけてきた歩兵達が望んで傭兵達を叩き潰すとまでは思わないが、うっかり踏み潰しても謝るほど礼節に富んでいるとは思えない。


 元々戦場に慣れているタンザノ達は、戦線の端の方にさり気なく移動しながら戦闘を続行している。

 幾らか危ない場面は当然にあったものの、やはり概ね楽な戦であった。



「あの間抜けを除いては無事に済みそうだな」



 彼なりの哀悼なのか、ホエスは捻れた短剣を転がった敵兵の喉に突き立てながら言った。

 魔法使いであっても体力は重要だ、とホエスは考えている。神秘の力はここまでかなり温存できていた。

 戦も後半へと推移しつつあり、変わり者を悼む余裕が出て来る。



「いやぁそれはどうかなっと、クィネは何か生き残ってそうな気がしてならないんだけど……」



 近付いてくる敵に石弓を叩き込んでからライザが呟いた。石弓といっても、古来の罠のことではなくハンドルを回して弦を張り、引き金を引くことで石か矢を放てる物だ。ライザのソレはかなり小型であり、弦を巻き上げるのが比較的容易な反面、一般的な物よりも威力は劣っていた。

 それでも一度放てば再装填に少しばかり時間がかかる。ライザは専ら味方の陰からこそこそと攻めるのだ。そしてそれを自分でも似合いだと思っていた。


 ……クィネが矢を切り払ったのをライザは見ている。詩や物語の中では一般的な光景とさえ言えるが、実際にそれを行えるのは余程の達人に限られる。自身が小さいとはいえ矢を放つ得物の使い手であるライザはそれを知っていた。



「得体の知れないところがあるからな、あいつは」



 タンザノも同意した。

 クィネが敵陣へと踏み込んだ後に聞こえた奇妙な笑い声。狂気を伝染させるような高音が耳にまだ残っていた。身が竦むが、戦うものを寄せ集めるような狂い笑い。


 即席の3人編成は今のところ上手く回っている。

 相手の勢いが弱いところを選んだとは言え、タンザノを先頭にした3人一組はトリドの兵を淡々と処理していく。

 時折正規兵と出くわすこともあったが戦慣れしたタンザノは絶妙な距離を取って、中距離からはめ殺した。わざわざ強い相手と真っ当にやりあうこともない……


/


 なんだ。なんなのだ、一体。

 なぜ……なぜ……

 こんな化け物がこんな戦場にいるのだ!



「ぐぅっ!」

「実に精妙なる受けの技。やはり本物は違う」



 ――抜かせ!

 そう吐き捨てたかったが、そんな暇も体力も惜しい。

 眼前に立つは鎖帷子を着た男。無骨……というよりは粗雑な造りの大剣を手に自然体で、それでいて隙がわずかにしかない。

 その小さな隙は罠だ。僅かに漏れ出る光に飛びつけば、そこを切り裂かれるだろう。古今東西、優れたものにはわざと欠点が設けられているという。ならば優れた剣士にも……

 

 思考をさせまいと振るわれた一剣を何とか受け止める。その衝撃たるや! 膂力においても自分デマンを上回っていると考えて間違いはない。

 僅かに見える肌の色から敵が南方蛮族と判断できる。背丈こそ自分と同程度だが、ひょろりと細長い手足のどこにそんな筋力が秘められているのか、デマンには分からない。


 今やデマンは完全に進退極まっていた。

 一枚上手という言葉があるが、クィネとデマンの差は10枚はある。無論のこと、上手なのはクィネの方であるのだが双方が人魔戦争経験者ということから“退く”という手をデマンから奪っていた。

 魔族は大概が人間よりも遥かに優れた身体能力を持っていた。故に、たかが10枚程度の差で済むならば勝ち目が残ってしまっている。諦めれられない。

 クィネの側から見ても、自身の優位はたかが10枚。全力をもって当たるに不足なし…となってしまうのだからこれは人魔戦争を生き抜いた者達に共通する悪癖・・であった。

 


「ふっ――!」

「怪物めが!」



 鋭い呼気と共に放たれる神速の3連撃。振るっている得物が分厚い大剣であることを考えれば冗談のような速さである。腕で弧を描く動きから、体軸を持ってして直線へと動きを切り替えたデマンをして何とか間に合うほどであった。

 元々振るっていた大曲刀の癖がクィネにはある。その動きは基本的に大群や巨体を相手取るためのもので曲線気味なのだ。いわば薙ぎ切る範囲を重視した最長の動きである。当然、同じ人間かつ1人を相手取るのには迂遠な動きのはずなのだが。


 剣聖にそんな常識が通じる筈もなし。


 最長の動きが最短と同等の速度を保って鉄棍を痛めつけていく。

 未だに武器としての機能が健在なのは、デマンの並々ならぬ技量の証拠であり、勇者上がりの看板に偽りがないことを証明していた。しかし、それも終りが近い。


 ――見守るトリド兵たちは言葉もなく、破壊の少竜巻に魅入られていた。

 戦場に集中せよ、というのが下された命令である。だがこの光景に視線を注がずにいられるだろうか? 圧倒的な力量の戦士たちが織りなす渦。少しでも武に触れたことがある兵たちの胸に響き、熱を与えていく。

 いつか、自分達もあのように破壊の力を手に入れたいと。

 ……しかし、これも終りが近い。内部に混乱を抱えたままのトリド軍は決壊寸前なのだから。


/


 一族に伝わる鉄棍が砕けるのと同時にデマンは地面へと叩きつけられた。それが鉄棍に向けられた力の余波でしかない、などとは考えられない程の勢いで。全身を打ち据えられたデマンの肉体が悲鳴を上げる。もはや先程までの勢いで動くことは難しくなった。

 勇者にせよ、剣聖にせよ、人間である。その肉体は時に酷く脆い。

 攻撃へと完全に振り切った性能。それが英雄達の正体だ。


 力量差を考えれば、終わりは順当だった。デマンの胸にはもはや賛辞しかない。


 特に決め手となった腰だめの横薙ぎ!

 隙だらけとしか言いようがない、技と呼べるかどうかすら怪しい剣技。その隙をデマンは完全に突いたが、後から放たれた・・・・・・・一閃の方が速かった。

 ここまで来れば、もはや結果に文句を言う方がおかしいだろう。

 武威を誉れと感じていた男が全てにおいて及ばなかった。それだけのことだった。



「いやぁ、負けたか!」

「いや、まだだ・・・。その首はまだ付いてる」



 それでも欠片も侮らない敵に、デマンは苦笑を贈った。

 どう考えても狂人の類だが、達人というのはそうしたものだ。

 自惚れかもしれないが、自分デマンも他者から見ればそうした人間に見えていたはずだった。

 ――悔いは無し。

 

 腰の剣を抜いたデマンだったが、それはあくまでも未だに対等の戦闘をしているつもりのクィネに向けたポーズだ。

 油断、一切無し。既に死に体の相手に対して放たれた一撃はそれまでで最速。どこまでも全力の剣がデマンの首に届く――



「叔父上!」

「……は?」



 その瞬間、クィネに高速の刺突が襲いかかる!

 呻きとともに、デマンの首から取って返したクィネの剣がなんと防御へと回った。

 響く鉄が噛み合う音。誰にとっても予想外の事態……クィネ、デマン共に生存。



「――ジェダ!?」



 元より決闘ですらない戦い。

 割り込んでも文句は無いが、只人が割り込める域の戦いではなかった。

 そこに割り込んだのは、勇者上がりに似た若者だった。

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