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嫌な雰囲気が儀式の間に流れていた。
「本人を目の前にして話す内容でもない。一旦落ち着いてくれないか?ダットーリオ」
クノリスの提案にダットーリオは「本人も入れた方がよいのではないか?帰国の準備を伝える手間が省ける」と言い捨てるようにして、儀式の間を後にした。
クノリスはリーリエの顔を一瞥した後、何も言わずにダットーリオの後に続いてその場から去って行った。
入れ替わるように、血相を変えたミーナが儀式の間にやって来た。
ミーナはリーリエの姿を見つけると「ご無事ですか?」と儀式の間にいる司祭に一礼してリーリエに声をかけた。
「無事よ。ミーナ」
「よかったです……儀式の間からダットーリオ殿下のお姿が見えたものですから」
ミーナの言葉を聞いて、ダットーリオがこの結婚に反対をしていることを彼女は知っているようだった。
「私は、この先席を外した方がよろしいですわね。リーリエ様また明日の授業でご一緒しましょう」
「いいえ。メノーラ様もご一緒に来ていただきます。口止めの書類も記載していただきたいですし」
ミーナが強い口調で言うと「あら、ではご一緒させていただきますわ」と好奇心を隠しきれない表情でメノーラは返事をした。
もしかしたら、歴史に残る出来事に出会たのかもしれない。
口には出さずとも、メノーラの顔にはそのように書いてあった。
「よろしいでしょうか?リーリエ様」
「ええ。メノーラもいてくれた方が安心するわ」
「承知しました。司祭。あなたは大丈夫でしょうが、このことは一切他言無用でお願いいたしますよ」
「もちろんです。神に誓って」
司祭はミーナに頭を下げた後、リーリエにも向かって頭を下げた。
一体どうなってしまうのだろうか。
リーリエの頭の中は不安でいっぱいだった。
グランドール王国に帰国することだけは何が何でも避けたい。
万が一今帰国したら、一体どんな目にあうのだろうか。
「単刀直入に言おう。私は、この結婚に反対だ」
ダットーリオの言葉が脳裏に蘇る。
グランドール王国の継母であり、第一王妃であるモルガナと同じ目をしてリーリエを見ていた。
憎しみ、嫌悪が入り混じった眼差しは、リーリエを同じ人間として見ていない。
リーリエが一番嫌いな視線だ。
「大丈夫ですか?」
心配そうな表情でミーナが顔を覗き込んで来た。
「ええ。大丈夫」
やせ我慢だが、リーリエは精一杯の笑みを作ってミーナに答えた。
***
部屋に戻ると、急にリーリエはめまいがして景色が横にぐにゃりと歪んだ。
ミーナとメノーラが抱きとめてくれなかったら、床に頭を打っていたに違いなかった。
「リーリエ様!」
「大丈夫でございましょうか?」
ベッドに横になると、心配そうな表情を浮かべたミーナとメノーラの顔が見える。
「大丈夫……と言いたいところだけど、話を聞くのは横になりながらでも大丈夫かしら」
「問題ございません」
ミーナは、ダットーリオがアダブランカ王国に来た理由は、リーリエとクノリスの結婚を阻止しようとしているからだと言った。
元々、自分の妹とクノリスの結婚を推していたダットーリオは、奴隷生産国のグランドール王国であるリーリエをよく思っていない。
更には、アダブランカ王国の反対派も、ダットーリオと同じ意見の者も多く、中にはクノリスよりもダットーリオのことを支持している者も少数派ではあるがいるという。
「ですから、お気を付けください。ダットーリオ殿下は手段をあまり選らなばいお方ですから、今後はクノリス様か、私と一緒に行動しますように」
ミーナの言葉に、リーリエは頷いた。
もしかしたら、ダットーリオはクノリスがグランドール王国の元奴隷だということを知っているのかもしれない。
クノリスの背中の印を思い出す。
古く焼けただれた、やけどの跡は、未だに彼の背中を大きく支配している。
彼が湯あみの時に誰にも背中を見せない理由も、一度も怪我しないように細心の注意を払って戦ってきた理由も、全て背中の印が見えないようにするためだ。
「にしても、おかしいですわね。なぜ、ダットーリオ殿下が、こんなにもアダブランカ王国の中に入り込めるのですの?いくら隣国で、元々イタカリーナ王国と一つの国だったといえども、あまりにもクノリス様と関係が近すぎますわ」
メノーラが納得いかないといった様子でミーナに尋ねる。
それはリーリエも同じことを考えていた。
アダブランカ王国が再建したのは、ここ数年だ。
そこから外交を築いたとしても、クノリスの婚姻に口出しをするなんてあまりにも不自然すぎることだった。
「これは、口外されていない一部の重要機密事項なのですが……クノリス様が反乱軍としてご活躍できたのは、ダットーリオ殿下が裏から資金を援助していたからなのです」
「まあ!」
メノーラが興奮したように大きな声を上げたので、ミーナが「もう少し声を落としてください」とメノーラをたしなめた。
「だから、結婚を認めないといったような発言ができるのね」
リーリエは起き上がって呟いた。
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