Episode01:グランドールの花嫁

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拝啓

グランドール王国 国王 レオポルド三世殿


貴殿におかれましては、ますますご健勝のことと存じ上げる。


要件を率直に申し上げるが、グランドール王国第三姫君、リーリエ姫を嫁にもらいたい。

彼女がアダブランカ王国に嫁いだ暁には、グランドール王国を支援すると約束しよう。


婚姻は一か月後の花の季節が来る頃に。

国境にて三万の兵と共に姫を迎えに行く。

我々は彼女の顔を知っている。決して替え玉など用意をしないように。


敬具

アダブランカ王国 国王 クノリス


***


 馬車が石に躓いた。車体が大きく跳ねて、激しく揺れる。


「大丈夫ですか?姫」と声をかけてくれる従者がいなくなってから、もう何年の月日が経っただろう。


 国外に金があることをアピールするためだけに、外観だけが立派な馬車の内装は、非常に粗末で座り心地も最悪だ。


 リーリエは、揺れる車体の中で必死に捕まる場所を探しては振動に耐えていた。

 グランドール王国、第三姫君、リーリエ姫。

国王レオポルド三世と数年前に死んだ第四王妃サーシャとの間に生まれた王族であり、今からグランドール王国の南隣にあるアダブランカ王国に嫁入りするところである。


「あと少しよ。あと少しで、私に幸せなことが待っている」


「もうすぐ国境だ」と馬車の運転手に言われた時、自分に言い聞かせるように、リーリエはまだ見ぬ夫の顔を想像した。


 リーリエの夫となるクノリスという男は、アダブランカ王国の英雄王という異名を持っている。


 アダブランカの残酷で無慈悲な英雄王。


 リーリエは、彼の異名と噂しか聞いたことがない。


 しかし、王の入れ替わりの激しい軍事国家の中で頂点に登り詰め、国を安定させている男というのはよほどの実力者でないとできない芸当だ。

 さらに、彼はアダブランカ王国で奴隷制度を廃止させた唯一の王でもある。


 奴隷制度がまだ存在する国がほとんどの中、アダブランカ王国の出来事は世界中を激震させた。

 そんな話題の事欠かないアダブランカ王国から、突然の名指しでリーリエを嫁に寄越せと手紙が届いたものだから、グランドール王国の王室は大騒ぎとなったのも無理はない。


 持参金はほとんど持たせてもらえなかった。

 着ているドレスも、どこから持ってきたのか分からないような、黄ばみのひどいウェディングドレスだった。


「向こうの国が欲しがっているのですから、身一つで伺っても構わないことでしょう」


 継母であるモルガナ第一王妃の言葉で、アダブランカと強いコネクションが出来ると結婚を喜んでいた国王が「それもそうだ」と手のひらを返して同意したのだ。


 国王は随分前から、第一王妃の傀儡になっている。

 ドレスを新調してもらうことなど、母親であるサーシャが亡くなってから一度もなかったので不満はない。


 与えられたドレスは、黄ばみはともかく匂いが酷い。

 一度だけでもいいので、洗濯をして匂いだけでも取りたかった。


 しかし、継母のモルガナはそれすらも許さず「色気づいてみっともない」とリーリエが出発する直前までドレスに触らせもしなかった。


 モルガナが目に見えてリーリエに辛くあたるようになったのは、リーリエの母であるサーシャが、グランドール王国の奴隷達を解放しようとしてからだった。 


 奴隷制度のないノーランド王国から嫁入りしたサーシャは、グランドール王国の奴隷制度にどうしても違和感を拭えなかった。


 疫病が流行し、使い物にならなくなった奴隷達を一気に処分をしようと王国が動いた時に、サーシャを含む奴隷反対一派が奴隷達を解放し、囚われていた奴隷の半分が国外へと逃げて行った。


 中にはまだ働くことができる者も多くいたため、奴隷生産国として稼いでいるグランドール王国にはかなりの痛手となる出来事だった。


 サーシャとリーリエを除いて、事件の共謀者全ての人間が処刑され、母と娘は監禁生活となった。


 監禁されてから数年後、サーシャが流行病で死んでから、リーリエは監視の元多少の自由は確保された。


 生かさず殺さずの状態で、モルガナからいたぶる対象として扱われるようになった。

 反抗すれば、容赦なく暴力を振るわれるので、リーリエはモルガナの機嫌を取るためだけに注力した。


 時には、与えられた痛みから夜眠れない日もあった。

 

 唯一の味方であって欲しい国王に進言しようとした時もあった。


「お父様。お願いです。話を聞いてください。もう限界なのです」


「姫であるお前が、女王であるモルガナに意見するなど、おこがましい。お前は半分あの母親の血が流れている。私が、モルガナに教育をするように言ったのだ」


 王宮に味方はいなかった。


 だからこそ、リーリエは、グランドール王国の誰よりもこの結婚を喜んでいた。


 例えそこに、愛がなくても。

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