第30話 時の流れは止まらない


「ここをもう少し軽量化すれば・・・・・・」

「まだやってんのかよ。そんなもの作ったって何の特にもならんだろ」

しつこいようだが、今日も月の部屋に来ている。いい加減月がブチ切れないか不安になってきた。

ちなみに今日、日菜は不在です。

「別に何の得もしないけど、興味のあるものを作りたくなったから作った。それだけだよ。・・・・・・よし! 完成した!」

「出来たか!」

月は一回り大きめの腕時計を手にして叫んだ。

「『時間操作時計』! 早速使ってみよう!」

「私にも見せてくれ」

私たち二人でゆっくり談笑していると

「実ちゃーん!」

「出たな、怪人日菜」

「仮面ラ○ダーかな?」

随分古いやつ知ってんだな。まぁ私は初代から全部視聴済みだ。

「何それ? 私にも貸して」

「流石にこれはまずい! 今までの開発品とは訳が違うんだよ!」

「いいじゃん別に」

「こうなったら・・・・・・、実! そこにあるベルト腰につけて!」

「は? これか?」

「早く!」

訳が分からないまま、私は床に落ちていたベルトを腰に装着する。結構重い。

「ぽちっとな」


「・・・・・・え?」

日菜が時計のスイッチを押した瞬間、全てが止まった。比喩ではなく本当にだ。さっきまで騒がしかった声は一瞬にして静まり、机から落ちそうだった月の論文は空中で静止している。

「なんじゃこりゃ・・・・・・」

「『時間操作時計』は確かに時間を止められるけど、このベルトを巻いてないと使用者の時間も止まるんだよ」

「不良品じゃねぇか」

持ち主の時間まで止まるって、そんなの特撮ヒーローで時間停止系怪人登場したらその時点で番組終了じゃん。

「ていうかこのベルト、どういう仕組み? あと腰が痛くなってきたから外していい?」

「外した瞬間に君の時間も止まるよ」

ベルトを外しかけていた手を慌てて上に上げる。

「このベルトは、今いるこの世界との時間を切り分けてそのベルトの使用者にのみ、新たな時間軸を作り出す装置なんだ。だから、今この時間は止まっているけど私たちのいる時間軸は停止していないから動けるってわけ」

「どういう仕組みかはさっぱり分からんけど、とにかくこれを装着していれば大丈夫だということは分かった」

「つまりだね・・・・・・、私たちは現実世界にいながら時間軸だけ別世界にいるってこと」

「これ以上話を難解にするな!」

私の頭でも理解が追いつかなくなってきたんだが。

「月さん、また何か完成させたんですか?」

ドアから入ってきたのは綾目だった。いつも通り白衣を着用している。

「だからここに来るなって言ってるのに・・・・・・ってあんた何で動けてるの!?」

「確かに! 時間が止まっているはずだろ!?」

「いや・・・・・・、多分私ゾンビなんで時間とか存在しないからじゃないですかね。それでもなんか体がバグったみたいな絵面なんですけど」

「ほんとだ。お前大丈夫なのか?」

綾目の体はバグが発生した、もしくはコンピューターウイルスに感染したコンピューターのようにグリッジが発生している。

(グリッジとは、バグを起こしたコンピューターに偶に発生する現象であり、一般で言われる「画面がザザっとしている」という意味)

「これサイバー系の小説じゃないんだけど。早く絵面戻してよ」

「戻せたらとっくに戻してますよ。今の私は停止した時間の中で無理やり動いている状態ですからね」

「絶対体が持たないだろ。あ、死んだ」

体が耐え切れなかったのか、綾目は死んでしまった。

「いや、死が随分と軽いね!? 君の死に対するとらえかたはどうなってるの!?」

「こいつの残機 (ライフ)は無制限だから大丈夫だ」

「あぁぁ・・・・・・。結構痛いですね」

前回同様、綾目はありえない方向に体をひねり復活した。

「お前の残りライフは無限だからな。ストレス発散用具として活用したいよ」

「君はサイコパスなのかい?」

「・・・・・・どうでもいいけどこれいつ戻るんだ? いい加減戻してもらわないと皆に迷惑がかかると思うんだが」

「残念ながら、これはプロトタイプだから一定時間が経過するまで解除されない仕組みなんだ」

「何でそんな機能搭載したし」

「途中で解除したら実験にならないでしょ」

それが今仇になってんだよ。


「こうなった以上、せっかくだしこの時間が止まった世界を満喫しよう!」

「切り替え早いね」

「実も最近ボケに回ってきたからね。あぁ悲しい」

というわけで、早速学園中を観察してみることにした。

「にしても本当に全てが止まってるんだな。誰かの呼吸音すらしない・・・・・・」

「むしろ君には聞こえてるのかい? だとしたら化け物だね」

私は昔から耳が良いんだよ。さゆりほどじゃないけど。


「おー、この男子めっちゃおもしろい格好で止まってるぞ。デッサンで使えそうだな」

廊下を走っていたのだろうか。非常口の人のポーズで静止する男子生徒を見て、私は何故か爆笑してしまう。

だって面白すぎない? 何故面白いかは置いといて。後で写真撮ってこいつに見せてやろっと。

「今なら購買のパンとか食べ放題じゃないのかい? 一緒に行こうか」

「それ立派な犯罪だ」

時間停止している間も犯罪が無くなるわけではないだろ。頭良いんだったらそれくらい考えろ。

「・・・・・・私は正直食べてみたいと思う」

「先輩もですか。ほら実、行こうじゃないか」

「あっ、ちょっと!」

綾目に手を引っ張られ、私たちは購買へと向かう。これで私も立派な犯罪者か・・・・・・


「結局全部売り切れてるじゃないか」

言い忘れてたけど、私たちが月の部屋に来たのはちょうど昼休みの時間だ。そりゃ当然購買のパンも無くなるわけだよ。

「いやー、これは盲点だったね。残念」

「一回食べてみたかった・・・・・・」

「先輩、そんな泣かなくても」

「永本が言ってたんだが、『たこ焼きメンチカツライスパン』というのがあるらしいのだが、やはり人気なんだろうな・・・・・・」

何それ私聞いたことないんだけど。そもそもそれご飯なの? パンなの? どっち?

「まぁ今日は、おにぎりで我慢しましょうよ。私のおごりです」

「結局ちゃんと金出すのかよ」


「静かな時間って良いものだな。いつもはここは騒がしい場所だからあまり好きではないけど、毎日こんな感じだったら通うんだけどな」

私は明太子のおにぎりをほうばる。

「パンなんて何年ぶりに食べたのやら・・・・・・。すごいぱさぱさする」

「美味しいじゃないですか。私にも一口分けてください」

「ゾンビにやるパンはない。あとお前、さらにグリッジ酷くなってるぞ? 大丈夫なのか?」

「正直大丈夫じゃないですね・・・・・・。何か頭が痛くなってきました・・・・・・」

綾目は突如過呼吸になりだした。

「やっぱりね。止まった時間の中で生身で耐えられるはずがないんだもの」

「どういうことだ?」

月はサンドイッチを一口食べ、話す。

「綾目、お前また自分の体で人体実験しただろ」

「やっぱりばれちゃいますよね~・・・・・・」

「えへへ」と頭を掻く綾目を睨みつけ、月は話を続ける。

「何の薬品を使ったかは知らないが、おそらく『時間停止した世界でも行動可能』になる薬品でも投与したんだろう」

それもはや科学じゃないよね?

「いやー、その後先輩たちがちょうどよく時間止めてくれたんでいい実験になりましたよ。ありがとうございます」

「私たちは一体どういう会話をしているんだ?」

会話の中に『時間停止』とか『人体実験』とかって。中二病の会話だよこれ。

「とにかく早く時間を戻さないと。それにこのベルトのバッテリーも残り少なくなってきているから、早く時間を進めないと私たちも危ない」

「最初からフルで充電しておけよ」


再び月の部屋

「でも時間を進めるってどうするんだよ。一定時間たたないと元に戻らないんだろ?」

「だから破壊するんだよ。どうせプロトタイプだから未練はないよ」

そう言い、月は部屋の隅から巨大なハンマーを引きずりながら持ってきた。

「せーのっ!」

月は勢いよく時計目掛けてハンマーを振り下ろした。あ、時計は日菜が装着したままです。


「・・・・・・あれ? 私今まで何を・・・・・・」

「洗脳されてた仲間みたいなセリフだな」

時計を破壊したことで、世界の時間はまた進みだした。

「実ちゃん! これすっごく面白いよ! 今度は実ちゃんが時間止まってみてよ!」

だからどんな会話だよ。

「プロトタイプならまだあるよ。ほら」

「ちょっ! 勝手に装着させるな!」

「スイッチオーン!」

再び世界の時間が止まり、私はその場で停止してしまうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る