三の九 静かなる終焉 〜幕切〜

 もうすぐ、終わる。


 足元に転がるホース、引き出したホースの蜷局がぐるぐると重なる。真っ直ぐな排水管の中を這い回ってきた黒蛇は、整形せずとも再び丸まっている。やれやれ草臥れたと少しばかり大きな円を描いて、細い体躯を太々しく横たえて。


 九十度の曲がり角も微かな手応えとともに手前側に超えて、四方向に水を噴出する鎌首の先端ノズルも無事に帰って来れそうだ。

 作業前の懸念のひとつ、繰り入れたホースを引き出せなくなる事態には陥らなかった。

 もうひとつの懸念は、曲がり角を曲がれるかどうかだったから、どちらも見事にクリアして、四メートルの床下排水管洗浄を終えられる。


 メデタイ。


 真っ直ぐの排水管からホースを少しずつ手繰り寄せる。もうすぐ作業は終わる。なんと喜ばしいこと。

 喜ばしい、こと。


 


 ほら、ホースの先端から一メートルほどの位置に付けられていた白いテープが見えた。

 トリガーを握る手は緩めない。終わりを歓迎しないわけではない。

 

 音が近い。ゲリラ豪雨がすぐそこ。

 横穴近辺は最初に丁寧に洗浄していたから、戻りで洗う汚れはない。

 ホースの横から流れ出る水色は透明。透明、透明。

 引き出す手も緩めない。

 いよいよ床下排水管の入口から水が噴き出す。

 飛沫が掛からないうちにトリガーを緩めた。駆動音が止み、水音が止む。

 吹き出す水も止み、ちろちろと水が縦穴に流れ落ちた。

 ちろちろ、ぴちょん。

 止んだ。


 


 宴の後のような静寂が、住宅地に訪れる。何もかもの音が消えてしまったわけではない。ごく近くで行われていた宴、ドゥルン、ゴーッという馴染みのない音が止んで、そこに元からあった生活音や少し先にある公園から微かに聞こえてくる子どもらの歓声が戻ってきただけだ。


 ただそれだけで。

 寂寥感。

 取り残されたような。

 

 物事の終わりは、あっけない。

 突然に訪れた幕切れも、予想されたお仕舞いも、どちらも振り返れば数多ののひとつで、日々の生活、続いていく生活の中で、ほとんどが埋没してしまう。

 楽しければ楽しいほど、いや、むしろ準備に時間が掛かって大変なほど、苦しくて辛くて早く終わって欲しいと念じていることでさえ、過ぎてしまえば何と言うこともない。

 ただ、たった今終わったばかりのできごとに対しての感情は、それがどのような感情であれ、心の幾らかを占めてしまうものだろう。


 ふぅ。


 小さくため息を付いた。

 呼吸と気持ちを整える。


 床下排水管の清掃は、まだ終わっていない。幾度も観た動画を思い出す。

 高圧洗浄の次は、通水確認だ。

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