二の三 下流域の洗浄 〜巨塊〜

 なぜ不思議で堪らない。


 第一汚水枡の洗浄時は正月前でもあり、ウェブで調査したとはいえ実物での初めての、文字通り手探りの作業であったから仕方ないとはいえ、その後ひと月の間まったく思いつかなかったのだ。


 公共下水道へ向かう排水管の途中途中にある汚水枡、すべてに汚泥が詰まっている可能性について。


 あるいは、無意識のうちに避けていたのか。

 いかにも醜悪な汚泥を相手取り、悪臭に耐える孤独な作業と。

 手袋に守られた腕に手に指先に、潜り込んだか染み込んだか、あの悪臭それ自体を。


 記憶を蘇らせれば脳は、鼻先にない悪臭まで甦らせる。

 刻まれている。

 食べる物、飲む物、どれほど美味であっても口に含むたびにアレが過れば味どころか栄養価まで半減する臭いが。

 避けていたとて、落ち度より正当防衛。


 とまれ。


 第二汚水枡の中、第一汚水枡から続く排水管出口に鎮座した固まりをスプーン型スパチュラで突いた。


 ぐらり。


 揺れる。

 引き寄せるように力を込める。

 意外に簡単に汚水枡の中ほどまで引っ張り出せた。


 が。


 なんという。

 何という大きさ。


 直方体。

 それは排水管から出てきたとは思えない四角い物体だった。

 スパチュラを底に当てるが、重い上にバランスが悪い。

 ビニール手袋の両手を汚水枡に差し入れた。


 第二汚水枡は直径二十センチ程と広く、しかも、階段上にあった第一汚水枡と異なり、通路上にフタがあるため、浅い。


 固まりはボロボロ崩れるような代物ではないし、臭いも控えめ。安心して取り出せる。


 縦横厚みがおおよそ十七、十、三センチの固まりをビニール袋に捨てる。汚水枡の中が随分とスッキリした。


 入口側から排水管の汚泥を掻き出し、底に溜まった汚泥とともにバケツにセットした水切りネットに入れていく。

 一ヶ月前は狭い汚水枡に腕を肘まで突っ込んで、固まりを崩しながらの作業だったから、引き上げるだけの仕事は非常に簡単だった。


 二袋分の汚泥を処理し、散水ホースで流れを確認して終了。


 続いて、次の汚水枡、第三汚水枡の点検だ。

 開けると今までの汚水枡と違って、溝がY字に切られている。


 見上げると洗面所の窓。

 ここは、洗面台、洗濯機からの排水と台所シンクからの排水の合流地点のようだ。


 Y字の片方、洗面所からの排水管はあまり汚れておらず、第二汚水枡から続く溝にのみ、黄土色の汚泥が堆積している。

 同じ年数使用しているにも関わらず。

 油脂汚れの怖さがよく分かる。


 とは言え、さすがに下流になるためか、第一、第二汚水枡と比べれば、固まりもなく量も少なかった。


 お玉で手早く取り除き、同じく散水ホースで水を流し、フタを閉めた。


 犬走りにある最後の汚水枡は特に異常なく、これにて第一汚水枡からの洗浄は終わった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る