『一円。』(3)

 配信を始めて、数ヶ月が経過した。


 登録者はもうすぐ500人に到達しようかというところ。


 猫又イスナの頃と比べれば、その1%にも満たない人数。


 それでも、あの時よりもずっと楽しく配信できていた。


 前はクール系でカッコいいキャラクターという設定だったからあまりマイナークラフトがプレイできなかったけど、あたしはガブGよりもマイクラの方が好きだった。


 変にプレッシャーを感じることもなく、好きなゲームをまったりプレイする。


 基本的に生配信をして、面白いと思ったところは編集して1本の動画にする。


 どういう編集の仕方をすればいいのかは前世の経験が生きた。


 批判されることはなく、ゲームをクリアすれば誉められる。


 ストレスもなく、毎日が楽しい。


 こんな日々がこのまま続けばいいなって、素直にそう思った。



コメント:《Vすきアキラ》¥1000「悲しい事件でしたね。頑張ってください」


「う、うぅ。『Vすきアキラ』さん、スパチャありがとうございますぅ。がんばります……うん。くよくよしても仕方がないね。よーし、村まで最速ダッシュだー!!」




◆◆◆




 VTuberの友達とユニットを結成することになった。


 ユニット名は『アイキュー部』。


 なんとも可愛いらしい名前だ。


 あたしの他にメンバーが2人。


 全員の名前の頭文字が『い』だから、iの3乗でアイキューブ。


 部活動っぽく名前を変えたら完成だ。


 ミサキちゃんとシャーくんとは何回かコラボして仲良くなった仲で、登録者が少ないVTuber同士、頑張っていこうという意味も込めてユニットを結成した。


 仲良くなったきっかけは、とあるVTuberの切り抜き動画だったみたいだけど、その動画をあたしは見てなかった。


 最初に声を掛けてくれたのはミサキちゃんだったかな。


 そこからミサキちゃんを通してシャーくんと知り合って、いろんなゲームを通じて仲良くなった。


 もともとあたしに友達がほとんどいなかったこともあってか、何ヵ月もコラボをしていくうちに2人には他人とは違う絆のようなものを感じていた。


 仲良くなっていくうちに、後ろ暗い気持ちが胸を圧迫してくる。


 0からのスタートじゃないのに、0から始めた2人と一緒にいる。


 ボイスチェンジャーで声を変えていても特に詮索なんてしてこないし、普通に、対等に接してくれる。


 嬉しいと思う気持ちが、罪悪感を大きくしていく。


 このまま秘密を隠したままだと不公平な気がして、2人にはあたしの過去を打ち明けることにした。


 2人はそのことを口外しないことを約束してくれたし、秘密を打ち明けたその日から、より結束が強まった気がした。


 コラボ回数も増えていって、登録者も少しずつ増えていった。



「お2人はマーダーミステリーってご存知ですか?」




◆◆◆




 Vすきアキラ。


 2人の他では初めてコラボする相手だ。


 どこかで見たことある名前だなーとは思ったけど、全然思い出せなくて、すぐに思い出すのを諦めた。


 父親くらいの年齢の人と遊ぶなんて、VTuberになる前は想像もしてなかったことだ。


 コラボ前に少し調べてみたけど、もともと普通にワオチューブで活動していた妻子持ちの人で40万近い登録者がいたらしい、けっこうすごい人だ。


 でも、突然1年間活動休止して、その後VTuberとして転生?したみたい。


 活動を休止した理由は明かされていないけど、ネットでは不倫したんじゃないかって言われてちょっと前まで叩かれてたみたい。


 今ではその疑惑は晴れたみたいであの男性Vのバビさんともコラボしてる。


 勝手に噂して、それを元に誰かを叩いて、疑惑が晴れたら無関係を装って、また次の石投げ先を見つける。


 ネットなんてずっと変わらないんだなって呆れちゃった。


 批判されてた頃の配信を見てみたけど、コメント欄も荒らしが沸いててひどいなって思った。


 でも、批判を受けてもそれを気にせず配信してて、それを2ヶ月くらい続けててすごいなぁって思っちゃった。


 あたしはそれに耐えられなかったから。


 コラボ当日。


 配信前に少しお話した感じだと、本当になんかTHEお父さんみたいな人だった。


 あたしの中のアキラさんの評価が『すごい人』から『お父さんみたいな人』に変わった。


 初めて大人の男性とコラボして、不安だったけど意外とすぐに打ち解けられた。



「はい、ということでマドカさんは、5ポイント、5ポイント、0ポイントで合計10ポイント獲得になりますわ!! おめでとうございます」

「おめでとう!!」

「……っふ」

「あぁ!? いま、鼻で笑った!! アキラさん、ひどいと思いませんか!?」

「え、あ、いやぁ、ははっ」




◆◆◆




 4人でのコラボが終わって、いつもの個人配信に戻る。


 休憩から戻って椅子に座った時、手がにぶつかった。


 特に気にもせず、配信を再開する。


『よーしっ、じゃあ次のステージやっていこー』



コメント:え?

コメント:この声、誰?



















 え?




◆◆◆




 ──1週間が経過した。



 いやだ いやだ いやだ。


 ネットを見るのが恐くてたまらなくて、ネット環境はほとんどすべて遮断した。











 ピコンッ!!


『Vすきアキラからメッセージが届きました』



 いまは、誰の声も聞きたくない。





















 ──2週間が経った。


 『Met a Live』から直接メールが来た。


 要約すると『猫又イスナ』との関係をほのめかすような発言をしないでくださいとのこと。


 そこさえ守れば、後は一切関与しないという。


 そういえばミサキちゃんとシャーくんにあたしの過去を打ち明けたの、今思えば守秘義務違反だったのかな。


 あー、やっちゃったかも。


 だめだ。











 ピコンッ!!

 ピコンッ!!


『井川#111からメッセージが届きました』

『伊崎ミサキからメッセージが届きました』


 2人からは定期的にメッセージが送られてくる。


 この1週間、ほとんど毎日。


 でも、2人に関わると迷惑がかかるかもしれない。


 返信できない。


 誰にも頼れない。


 





















 ──1ヶ月が過ぎた。











 ピコンッ!!


『石突ミカサからメッセージが届きました』



 ミカサ……さん?










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