『一円。』(1)

 あたしは自分の声が嫌いだ。


 あたしは、いわゆる『アニメ声』呼ばれる声質を持って生まれた。


 初めて会う人はあたしの声を聞くとまず驚き、困惑の表情を浮かべる。


 大人であればすぐに表情を隠すくらいの配慮があるけど、子どもの場合はそうじゃない。


 子どもは好きなものは好きと言い、嫌いなものは嫌いと言い、気持ち悪いものを気持ち悪いと言う生き物。


 あたしが声を出せば、子どもはみんな口を揃えておかしいと言った。


 だから、小さい頃のあたしは、自分の声が『おかしいんだ』とすぐに気が付いた。


 小学生の頃、あたしは自分の声が原因でクラスで浮いていた。


 男子からはからかわれ、女子からはぶりっ子扱いされる。


 あたしは普通に話をしているだけなのに、先生からは「真面目に話して」なんて怒られることもあったっけか。


 音楽の授業と国語の朗読の時間が特に嫌いだった。


 みんなあたしと距離を置いた。


 あたしも、みんなと壁を隔てた。


 いじめとまではいかなかったけど、積極的に話しかけてくれる子は少なかったし、あたし自身も、なるべく声を出さないように心がけていたせいで友達は少なかった。


 声が大きくなるとどうしても高くなってしまうから、なるべく感情を表に出さないようにして。


 自分の声を隠して小学生時代を過ごした。


 それが自分の武器になると気付いたのは中学に上がった後だった。


 中学時代は、将来のことを真面目に考え始める時期。


 高校、大学、社会人と、自分がどう人生を歩んでいくのか悩む頃。


 そんな時、あたしは声優を目指したいと考えるようになった。


 きっかけはすごく単純で、あたしがアニメにハマったから。


 アニメ声と言われることの多かったあたしがアニメに興味を持ち、見始めるのはごくごく自然な流れだった。


 そこであたしは自分の声が『おかしくない』ことを知った。


 おかしくない。


 これは『個性』なんだって。


 その時初めて気が付いた。


 自分と同じ声質を持つ人がいる。


 嫌いだったこの声を、武器にしている人がいる。


 それを知れただけで、世界の見え方が少し変わった気がした。


 この人たちみたいにキャラクターに命を吹き込む仕事をしてみたい。


 声優と呼ばれる職業にあたしは憧れた。


 家で好きなアニメの録画をして、自作の台本を作って声をあててみたり、声優の勉強をしてみたり。


 嫌いだった自分の声を、密かに磨いたのが中学時代。


 ただ、それでも人前で声を出すのはやっぱり苦手なままだった。


 中学を卒業した後は、声優育成の専門学校に進学することにした。


 独学で勉強するのも限界だったからね。


 両親は最初、あたしが専門学校に通うことに反対していた。


 声優として成功できる人間は、ほんの一握りだと言われているから。


 でも、あたしが本気であることを感じ取ってくれたのか最終的には折れてくれた。


 専門学校では、独学では足りなかった基礎の部分や応用方法を分かりやすく学ぶことができ、またオーディションを受けるためのサポートも充実していた。


 何より、アニメ声を持つ人が他にもいることが嬉しかった。


 ただ、その中でもあたしの声は特殊だったみたい。


 アニメ声というのは多くの場合が「作られた」声、つまり地声とは少し違うんだけど、あたしの場合、地声がそのままアニメ声になっているから専門学校の中でも少し珍しいタイプだった。


 あたしは自分の声が『特殊』であることを悟った。


 そして、特殊だからこそ厄介な問題に直面した。


 声がキャラクターに合わない。


 この理由でオーディションに落ちることが多かった。


 アニメには当然、登場人物──キャラクターがいて、そのキャラクターのビジュアルと性格から「このキャラクターならこういう声かな」というイメージが生まれる。


 だから、そのイメージに合った声を演じる必要があるんだけど、自分の声が特殊過ぎて合わせようとしても地声が強すぎて邪魔をしてしまう。


 どんなキャラクターを演じようとしても、演じることができない。


 アニメの声優にはなれそうもないと、ようやく諦めがついたのは、3年目の冬─もうすぐ卒業という時期だった。


 せっかく親を説得してまで専門学校に入ったのに、未来がないことを悟ってしまった。


 これだったら、両親が言っていたように普通の学校に通ってた方が良かったんじゃないか。


 不安と絶望で、心が病んだ。


 そんな時だ。


 VTuberという存在を知ったのは。


 これだ!!と、あたしは直感した。


 既存のキャラクターに声をあてようとすると、地声とミスマッチしてしまう。


 それならミスマッチなんて起きない。


 あたしは早速、無名の企業が主宰するVTuberのオーディションに参加することにした。


 オーディションというより、面接って感じだったけど。


 それが、いまでこそトップVTuber企業として名高い『Met a Live』との出会いだった。


 面接で何回か質疑応答があったあと『好きなゲーム、または得意なゲームはありますか?』と聞かれ『オフラインならマイナークラフト、オンラインならガブGです』と答えた。


 人と話をするのが、声を出すのが好きじゃなかったあたしは昔から、ひとりで黙々とプレイできるゲームが好きだった。


 このふたつのゲームは飽きがこないし、やろうと思えば無限にできた。


 特にガブGはやればやるだけ腕が上達した。


 相手がどのタイミングで角から顔を出すのか、ジグザグ走行で次に右に来るタイミングはいつか。


 長距離射撃でどの程度弾が落ちるのか、手榴弾の爆破タイミングはどのくらいか。


 対戦時間が長くなると、そういった経験の蓄積がプレイに如実に現れてくる。


 きっと他のFPSゲームをやったら、下手くそからのスタートになるのかな。


 FPSがうまいというよりかは、歴が長い分、ガブGだけが得意って感じ。


 『プレイ動画などあれば送ってください』と言われたので、家に帰ったあとにガブGのプレイの様子を録画して送付した。


 マイナークラフトよりかはガブGの方がインパクトがあると思ったから。


 送ったのは何時間もプレイして一番キル数をとれた試合。


 数日後には採用の通知が来ていた。


 あの企業があたしの何を評価して採用通知を出したのか。


 後から聞いたら、声でほぼほぼ採用は決めていて、ゲームのプレイはおまけ程度に考えていたみたい。


 自分の声が、初めて通用したと思った。


 この時生まれて初めて、自分の声に感謝した。


 そこから先は、トントン拍子に話が進んだ。


 学校を卒業したタイミングでデビューすることになったのは、自分としても都合が良かった。


 有名なイラストレーターに、自分の声を聞いてもらって、自分だけの特別なキャラクターが出来上がった。


 これからこのキャラクターが─『猫又イスナ』がインターネット上でのあたしなんだと、そう実感するほど胸が高鳴った。






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