解決案
『君の話を聞かせて欲しい』
俺はそう問いかけた。
『……ゴホッゴホッ!!』
『っ、大丈夫?』
『……大丈夫、ちょっと喉の調子が悪いだけ』
急に咳き込んだ井川君が、ふぅと呼吸を落ち着けるようにゆっくり息を吸って吐く。
しばらく、沈黙の時間が続く。
時間にしてほんの数秒ほどだ。
しかし俺にはそれが1分にも10分にも感じるほどの沈黙に思えた。
彼が重い口を開いた。
『……聞いて、どうするの?』
なんとか絞り出されたようなその言葉を、決して取り零さないように返答する。
『もし君が悩んでいるなら、手を貸したい』
『……余計なお世話』
『お節介、余計なお世話は大人の特権でね。ついつい口を挟みたくなるんだ』
どこぞのヒーロー漫画のようなセリフを口にする。
でも、本心でそう思う。
大人は子どもにお節介を焼きたがるものだ。
『もう一度言うよ。君の話を聞かせて欲しい』
重ねて、その言葉を口にする。
『……はぁ、わかった』
俺が引かないとわかったのか、諦めた様子で井川君はそう答えた。
そして少し間を置いて話す内容を整理しながら、彼はポツリポツリと自身のことを話し始めた。
両親がすでに亡くなっていること。
今は祖父と一緒に暮らしていること。
男子中学生であること。
人と話すのが苦手なこと。
それを克服するためにVTuberを始めたこと。
──そして、今は学校に行っていないこと。
ゆっくりと、しかしはっきりと、彼は他にも自分のことを話してくれた。
俺は下手に口を挟まず、話が終わるのを待った。
『……いま話せるのは、このくらい』
と、井川君が話を区切った。コホンという咳と共に。
言える範囲の中で、彼は俺の質問に応えてくれた。
彼が話してくれた内容を頭の中で整理する。
知らない話も多くあったがつまり、ネット記事に彼が書いた内容は本当のことだったわけだ。
彼が現在中学2年生で、不登校中だということが。
まさか事実を書いているとは思わなかったから素直に驚いた。
ではなぜ本当のことを書いたのか。
円さんの話題を希釈するための記事なら、別に誇張した嘘を書いたっていいはずだ。
それにも関わらず、あえて事実を書いたのには理由があるはずだ。
嘘が思い付かなかったから?
事実を書かないとミサキさんと円さんに対して不公平だから?
いや、違うと思う。
それはきっと、口下手な彼が無意識の内に
学校に行ってないことが良くないことだと彼自身分かっていて、でも動けないでいる。
そういうことなんじゃないかと、そう思った。
もちろん、こんな考えは全部妄想で、本当の答えは別にあるのかもしれない。
ただ俺には、そうなんじゃないかという確信が自分の中に生まれていた。
『君はどうしたい?』
『……わからない』
きっと井川君はひとりで考えることの難しさに直面して動けなくなってるんだと思う。
それはご両親が亡くなられて頼れる人が少なかったから。
彼のおじいさんは孫可愛さに自由にさせてくれると言うが、それだと一緒に考えて悩んでくれる人がいなくなってしまう。
すべて自分で決めていかないといけないって、重荷を感じてしまう。
それはとても辛いことだと思う。
だから、いま彼と話をしている俺がちゃんと向き合ってあげるべきだ。
親代わりなんて大それたことは口が裂けても言えないけど、彼の少し年上の友人として、相談に乗ることぐらいならできるはずだ。
相談相手ならいくらでもなれるから。
『学校に行かなくなった理由はなんだい? 話したくないなら、無理に話さなくてもいいよ』
学校に行かなくなった理由はいったいなんだろうか。
イジメにあっているのか。大きな怪我でもしたのか。勉強が嫌になったのか。
いろいろ予想はついたが、彼の口から明かされたのは全く違う理由だった。
『……サッカー部の陽キャに身バレした』
『え?』
『……クラスカーストトップのやつにぼくが井川#111ってことがバレた』
『それは……どうして?』
『……わからない』
明かされたのは、自身の身バレについてだった。
この問題は俺にも身に覚えがある。
俺が勤めていた会社をやめる切っ掛けになったのも、身バレだったから。
井川君は話を続ける。
『……ある日の昼休みに
こういう場合、バレているという事実事態がストレスとして身に降りかかってくる。
秘密がバレるということは、弱みに繋がるからだ。
『……その言葉を聞いて、頭が真っ白になった。……ちょうどその時チャイムが鳴って逃げられたけど、そのあとの授業中もずっと怖くて、最後の授業が終わってすぐ学校から飛び出して家に帰った』
──そこからはもう、学校に行けなくなった。
井川君はそう言うと口を閉ざした。
口に出すことも勇気がいることだったんだろう。
『ありがとう、話してくれて』
お礼を言う。
彼が学校に行けなくなった理由は、これでわかった。
クラスの人気者に自分の秘密がバレた。
これから脅されるんじゃないか、イジメられるんじゃないか。
そう思って、怖くなって逃げてしまった。
『そのサッカー部の子は、どんな子なの?』
『……頭は良くないけど運動神経が良くてクラスのムードメーカー的なやつ。……だいたいアイツの回りに人がいて、みんなに好かれてる』
『井川君的には、その子のことをどう思ってるの?』
『……悪いやつじゃないと思う、頼れるやつだとも。……でもアイツの影響度が一番怖い。……悪気はなくてもアイツがぼくの秘密を口に出しただけで、きっと学校中に広まる。……休んでる間にもう広まってるのかもしれないと思うと、怖くて仕方がない』
きっと、彼の一番の敵は不安なんだろう。
不安で不安で、悪い方向に考えが向いてしまう。
でも、話を聞いている感じだと、サッカー部の子は悪さを考えているようには聞こえない。
わざわざお昼休みの終わりの時間に、
これはきっと誰にもバレたくない話題なんだとその子が考えていたからだと思う。
いつも回りに人がいる人気者のその子が、お供も連れずに1対1で話をしようとしてたなら、なおさらだ。
どういうニュアンスで井川君と話をしたのかはわからないが、きっと悪意を持って話をしていたわけじゃないように思える。
でもそう感じたのは客観視点の俺であって、当事者である井川君じゃない。
だから俺がこうなんじゃないかと言っても、彼には響かないだろう。
それなら別の方向からアプローチするしかない。
『その子は、君が「井川#111」だって確信してるような感じだった?』
『……いや、まだ探ってるような感じだった。……けど半分くらいは確信してたと思う』
『そっか』
井川君視点で、サッカー部の子が100%の確信に至っていないという認識があるのなら、そこを崩してやればいい。
つまり「井川君(仮名)」と「井川#111」が全くの別人なんだとサッカー部の子に誤認させられればいいわけだ。
その子はきっと井川君の配信を見てるはずだ。
──それなら。
『それなら、こうしてみるのはどうかな』
俺はひとつ、解決案を提示した。
炎上騒ぎを終息させ、かつ、サッカー部の子を誤認させる方法を。
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