『伊崎ミサキ』

「はぁ……」


 この広い自室で、ため息をつきます。


 時刻は夜の9時を回った頃。


 いつもなら人狼ゲームの配信をしている時間ですけれど、あいにく今日の予定はありません。


 ありませんと言うよりも無くなったという方が正しいでしょうか?


 それも、今日だけでなくこの先数週間の予定すらも……。


 わたくしが『伊崎ミサキ』という名前でVTuberとして活動を始めて、早1年と半年ほど。


 これまで大きな炎上もなければ、話題に取り上げられることもなく、地道に活動を続けて参りました──。


 ──ほんの数日前までは、ですけれどもね。


 なぜわたくしはVTuberになったのか?


 それは、本音を言い合える友達が欲しかったからです。



◇◇◇



 わたくしの父は日本有数の資産家の1人であり、その一人娘として生まれたわたくしは、いわゆる『お嬢様』として大切に育てられました。


 礼儀作法から始まり、茶道に習字、ピアノやバイオリンといった楽器の習い事まで一通り叩き込まれましたが、わたくしにとっては何も苦ではありませんでした。


 わたくしにとって嫌だったのは、学園で会うお友達と本音で会話できないことでした。


 わたくしは当然のようにお嬢様学園へと入学しました。


 周りにいるのは、わたくしと同じ御令嬢ばかり。


「いいかい? 学生のうちはまだいいが、彼女たちは近い将来ライバルとなる者たちだ。蹴落とすべき存在だ。だからこそ相手に付け入られる隙を与えてはいけないよ。そして逆に、相手の真意を理解し、いつでも利用できるようにしなさい」


 それが、父の言葉でした。


『本音は隠し、建前で会話しろ』


『相手の本音を探り出し、将来の布石とするべし』


 わたくしは、父のそんな言い付けをしっかり守ることにしました。


 でも、なかなか上手くいきません。


 建前という名の嘘をつくのも、相手の本音を探り出すことも小さい頃のわたくしには難しいことでした。


 どうすればいいのか。


 考えても答えは出てきません。


 そんな中出会ったのが、ワオチューブで偶然見かけた人狼ゲームでした。


 時に嘘をついて議論を誘導し、時に相手の発言矛盾を看破しつるし上げる。


「これです!!」


 父の言い付けを守る修行をするのにピッタリでした。


 学園の中等部時代からゲームを始め、ほとんど毎日のように修行をすることで力をつけていき、高等部に移る頃には当時のランキング上位に入るまで上り詰めていました。


 現実でもその実力を遺憾なく発揮し、教師も学友に対しても本音を隠し、表面だけを取り繕って、仮初めの交遊関係を続けていました。


 相手の本性を垣間見る機会も増えましたが、それを利用したことはいままで一度もありませんし、今後も使うことはないでしょう。


 ここだけは、父の言い付けを守るつもりはありませんでした。


 結局のところ、わたくしはこれまで誰にも心を開くことはありませんでした。


 でもある日ふと、そんな日常に嫌気が差しました。


 建前だけでなく、本音を言い合える友達が欲しい。


 そう思い始めたのです。


 きっかけはそう、本音でぶつかり、楽しそうにゲーム配信をしている企業VTuberたちの姿を見たこと。


 あんな風になりたいと、理想を抱いてしまいました。


 でも、現実では資産家の令嬢という立場がそれを許してくれません。


 だったら、わたくしのことを誰も知らないインターネットの中なら?


 現実では無理だけど、彼女たちと同じバーチャルの世界なら?


 そんな理想も叶えられるかもしれない、そう思いました。


 そう思ったが吉日とばかりに伝家の宝刀『おねだり』を発動しました。


 個人で準備するには高価で手が出にくい3Dモデルを用意してもらい、配信環境を整えるための設備を導入。


 当時の界隈に、お嬢様キャラクターがあまりいないことと現実のボロが出ても誤魔化せるように、モデルとキャラ設定は『アニメに出てくるようなお嬢様』にすることにしました。


 普段現実では絶対に使わない『ですわ』という語尾をわざと使うのも、キャラクター性を強調付けるためです。


 実況するゲームは、修行で得意になった人狼ゲーム。


 動きを見せたいVTuberと、動きの少ない人狼ゲームは組み合わせとしては相乗効果を生まなそうですが、他に得意なゲームもないので、ここから始めることにしました。



◇◇◇



 客観的に見てマイナーなジャンルである人狼ゲーム。


 ただ、それでも見てくださる人は意外といらっしゃったようで、1年半かけてコツコツとチャンネル登録者を積み上げてきました。


 最近では仲良くなった2人とユニットを結成し、登録者数の伸びも良くなってきました。


 その数およそ5000人。


 でも、とあるネット記事がアップされたことで、それがこの数日で2000人まで減ってしまいました。


 一気に半数以上の減少。


 数字を見るたびに、減っていくのがわかります。


 もう一度、ため息をつきました。


「はぁ……」

「お嬢様、一体どうされたのですか? 先ほどからずっとため息ばかり……」


 部屋に控える使用人から、わたくしを気遣う声が上がりました。


 いけません。


 これでは構ってちゃんみたいじゃありませんか。


「いえ、何でもありません」


 先日の人狼ゲーム配信において、わたくしの誤解を生むような行動によってゴースティング行為を疑われてしまいました。


 ゴースティング行為は、特に人狼系のゲームにおいては最も忌避される行為です。


 それは、ゲーム事態を破壊する行為ですから。


 わたくしのチャンネル登録者は、人狼ゲームの配信によって増えてきた経緯があります。


 人狼ゲームで積み上げてきた登録者だからこその、この減少幅……。


 堪えますね。


 これでに対する注意が少しでも逸れてくれればいいのだけど。


 それにしても……。


「結構、いろんな人とコラボしてきたつもりなんですけれど……助けてくれる人はいなそうですね……」


 これまで、多くの人と人狼ゲームないし他のゲームでコラボをしてきたつもりなのですが、記事が上がってから今日に至るまでで、連絡が誰からも来ません。


 ネット記事でわたくしと一緒にまとめられている2人は置いておくとしても、その他の人たちからはちょっとくらい心配のDMくらい来たって良いじゃないですか。


 ……いけません。


 これではやっぱり構ってちゃんみたいじゃありませんか。


「結局、わたくしに友達なんて……」


 自ら火に向かって飛び込む人なんてそうそういません。


 それは、自分が火傷を負ってでも火の中にいる人を助けたいという気持ちが強い人だけができる行為です。


 普通の人は自分可愛さに静観するでしょう。


 そう、普通の人なら──












ピコンッ!!


『Vすきアキラからメッセージが届きました』






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