第1話 双子と悪魔02

「そこでずっと震えているつもり?」


 アリオは少年に向かって声をかけた。少年の顔はまだ恐怖におののいている。アリオは少し呆れた様子でため息をついた。


「……いつまでそんな演技をしているの? セーレ」

「アレ? やっぱり気づいてた?」


 アリオが親しげに名前を呼ぶと、とたんに少年は口元に笑みを浮かべた。そして、まだ幼さの残る美しい顔をアリオへ思いきり近づける。


「助けてくれてありがとう、アリオ。お礼に一晩くらいなら付き合ってもいいよ♪」

「な、何を言ってるの!? ふざけないで!!」


 アリオはガラリと変わったセーレの態度に戸惑いを隠せない。耳まで赤らめて、ぶっきらぼうに言い放つ。


「ボクはふざけてないよ?」

「そんな格好までして……ふざけてるでしょ」

「これ、可愛いでしょ♪」


 セーレはその場でクルリと一回転してみせた。軽やかなステップに合わせて、フィッシュテールのスカートが宙を舞う。


「この姿、気に入っているんだ♪」

「いいから、もう部屋に入って!!」


 アリオは、はしゃぐセーレを強引に部屋へ引き入れた。すると、セーレはつまらなそうに欠伸をしながら部屋を見渡す。


「せっかく、張り切って可愛い格好をしたのになぁ……ねぇ、もう元の姿に戻ってもいい?」

「勝手に戻ればいいじゃない」


 セーレに振り回されて疲れたのか、アリオは呆れ気味に答える。すると、セーレは自分の首に付けられたかせをまるで紙細工のように引き千切った。次の瞬間には部屋全体がガタガタと揺れてきしむ。


 やがて……。


 アリオの目の前には、漆黒の翼と鋭いつのひたいから生やした悪魔が現れた。しかし、人々が恐怖する悪魔が現れても、アリオに恐れる気配は全くない。それどころか、無邪気に微笑む悪魔の頭を優しく撫でた。


「その姿が一番、セーレらしいよ」

「アリオ、本当?」

 

 セーレは赤い目をキラキラと輝かせてアリオを見上げた。


 セーレ・アデュキュリウス・ジュニア。それがこの悪魔の名前だった。セーレはゼブが説明した通り貴族である。ただ、貴族は貴族でも、魔界の貴族。つまり、魔族の御曹司だった。人間では計り知れない力を持ち、まるで影のようにアリオに寄り添っている……今は自分の正体を隠してヴィネアの街へ潜りこんでいた。


「アリオ……この街には不自然に滞留する黒いオーラがある。その源泉げんせんは、さっきの奴が言ってたが仕切るクラブ、『ネオ・カサブラン』」

「へぇ~、クラブだなんて……素敵じゃない」


 アリオが面白そうに微笑むとセーレもつられて口の端を上げる。それは、セーレが悪魔だということを再確認できるほど、残虐な微笑だった。


「『世界時計エディンの欠片』を集めるボクたちは、それを取り巻く事象に必ず巻きこまれる……アリオ、面白くなってきたね♪」

「そうね」


 静かに頷きながらアリオは窓の外に広がる夜景へと視線を送る。その耳元には、ヴィネアの歌声が微かに届いていた。

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