5‐15 決死の作戦


(姐さん…大丈夫なのか?)


ディークはレイノアのことが心配だった。いつもは飄々とした余裕を持って物事に望む彼女の表情がやけに険しい。

それでいて、調子はいつもと変わらず軽口を叩いて周囲を和ませる事もする。彼女が居るだけで周りの人間は士気が上がる。

そうだ、いつもと変わらないレイノア・ミレイスそのもののはずなのだ。しかし、この胸を抉る様な不安は一体何なのだろう?


(もしかして、指揮を任された後に犠牲者を出してしまった事が重荷となっているのか?)


レイノアには男女問わず人を惹きつける何かがある。それは彼女の親友でありディークの姉代わりでもあるノエルと同じだ。

彼女は同じハンターとしても人間としても、ディークにとって性別を超えた目標であり数少ない尊敬できる人物であったのだ。

そんなレイノアが焦燥に駆られている。まるで何かに追われる様に…いや、彼女が自分自身を追い込んでいるかのようだった。

突然の指揮官の離脱、そして指揮官への就任、特別指定種ジャイアントグリズリーの度重なる襲撃、切り札と目されていたバニッシュの死…

偶然にしては何か意図的に操作された思惑を感じる。まるで意地悪な運命がレイノアを追い詰めているようにディークには思えるのだ。

彼女は人の見えない場所で苦労していた。五十人の荒くれ共を束ねる現場指揮官になってからは殆ど一睡もしてないように見えるし、

自分の身を削ってまで他のハンター達の要望を聞き入れて纏め上げていた。その事はディークにとっても辛かった。

まるで荒野に堂々と咲く野花のようにくっきりとした美貌は、痩せこけている癖に目だけは異様な輝きを放ち人が変わってしまったようになっていた。

彼女の顔に目に見えて痩せこけ、死相が見えるようになった。責任感やプレッシャーがレイノアを疲弊させているのは明らかだった。


(姐さん、あなたはノエル姉さんと同じように俺の大切な人なんだ

だからどんな事があっても力になる。リベアや今の俺が居るのは姐さんのお陰なんだから)


焚き火の前でディークは事前にレイノアに任された準備を終え、彼女から渡された武器の調整を寝ずに済ませた。

自分の考えている事が単なる予感であると彼は信じたかった。後にして思えばそれは予兆だったのかもしれない。

ジャイアントグリズリーの最後の襲撃がキャンプ場を震わせる三十分前の出来事であった。








グオオオオオオオオオオオオ――――!!



地より響き渡るような野太い咆哮が凍った空気を震わせ、聞くものを戦慄させる。

まるで大気だけではなく、大地すらも震撼させているようであった。

移転したキャンプ場のハンターの中にはそれだけで失禁したり、パニック状態に陥って発砲する者や、呆然とするものも居た。

彼等とて、今まで幾度と無く危険な変異種を狩って来たハンターの中から選び抜かれた精鋭たちである。

しかし、今回のこの事態は異常だった。そもそも十メートルに迫る変異種の存在なんて目撃数が極端に少ない海の中の存在以外で聞いた事が無いのだ。

地上で生息する変異種で小山のような巨体を持つジャイアントグリズリーはそれだけで記録的な存在なのだ。

そんな規格外かつ、文字通りの『怪物』に臆して戦闘意欲を無くした者が居ても仕方の無い出来事なのだろう。


「お…おい! 奴が出たぞ!!」


「お、お前…早くしとめて来い!」


「うるせぇ! あんな規格外のデカブツとやり合って勝てるわけがねぇッ!!!」


一部の肝の据わったものを除いて、現場は騒然としていた。

逃げ惑う者、訳の判らない怒声を大声で放つ者、恐怖で泣き叫ぶもの、あまりの重圧で狂ったように笑い声あげる者…

皆が皆、大なり小なりあの『黒き巨獣』によって心に恐怖心を植えつけられているのは確かであった。

しかし、混乱の渦中にあっても声を張り上げて皆を激励しようとするものが居た。

凛々しく、それでいて屈強な男達の中でもくっきりと、存在感を確立させている彼女は討伐隊のリーダー、レイノア・ミレイスである。



「よし、奴はBブロック方面に出てきたようだね。範囲内に入ったら誘導をかけつつ作戦を開始するよ

エクステンダー隊は所定の位置で待機、指示があるまで動くな!」


『了解!』


無線の向こうから、威勢の良い返答が帰ってくる。

レイノアは胸の内で密かに安心する。とりあえず士気は上々のようだ。

運よく化け物との遭遇はしなかった無傷の二体のエクステンダー『ガドゥム』そして『カイザー』それらが欠けていたら作戦の成功率が絶望的に下がってしまう。

彼等にはもっとも過酷で重要な役回りを引き受けてもらうことになるのだが、二体のパイロットはそれを快く引き受けてくれたのが有難い。

本来ならばガルガロンも使えれば万全なのだが、機体はコクピット周辺の中枢部が破壊され起動出来ない。

ならばその武装だけでもと思い、スタッフに打診したのだが、機密保持を名目に拒否されてしまい現在に至るのだ。

プライドの高いバニッシュがまだ健在だったとしてこの作戦に協力したかどうかは判らないのだが。


その犠牲になったバニッシュの仇を討つという思いもあるのだろうが、二人のパイロットはこれ以上の死者を出したくないと望んで志願したのはわかる。

二人とも気の良い若者だった。開発者やパイロットとしての能力は一級品だが傲慢で、冷静なバニッシュとは対称的だった。


(どいつもこいつも…お人好し過ぎるんだよ)


みなが皆、ディークや彼等のように人格者というわけではない。

むしろ、利害で動く側面の大きいハンターというカテゴリで見た場合彼等の存在は異端なのだろう。

しかし、レイノアはそんな連中と一緒に戦えるのが嬉しかった。

不謹慎かもしれないが、そんなバカな連中と命を懸けて人を守る仕事ができるのが楽しいのだ。

そんな命の佳境に身をおく彼女だから、何人もの恋人とも破局を迎えたこともあるし、同姓に混じって身なりを整えるより野郎共の中に入って声を張り上げている方が性にあっていた。

彼女自身、男勝りと呼ばれる事について気になっていた事もあった。親友のノエルの方が自分よりよっぽど『女』として優れているとも…

そもそも物心付いた頃から野郎共ばかりのレイノア自身の経歴を見れば仕方の無い事と言えよう。

恋愛だって数多くは無いがこなしたことがある。だが、二度の流産を経て最終的には男の方が彼女から離れて行ってしまうのだ。


どの道、この荒れた世の中では子供なんてもう産む気が無いし、今までどおり振舞っていたほうが気が楽であった。

仲間達とハンターとしての仕事をこなして、終わった後は酒を飲んで騒いで馬鹿騒ぎするのが母親としての仕事より気楽ではある。

そんな彼女にとってディークを含めハンターの仲間達は家族も同然であった。

女だてらにトップクラスのハンターと呼ばれる彼女を疎む物も多かったが、雑音を気にしても仕事の効率が良くなる訳ではない。

だからこそ、今ここにいる仲間達を死なせたくなかったのだ。


(後はあのエクステンダー達がクマ公に何処までやってみせられるかだけどねぇ…)


「ガドゥム」と「カイザー」が夜の森林を進み、その巨大な脚部を一歩踏み込む度に大地が揺れる。

中に入っているパイロット達には作戦を伝えている。作戦に参加する他のハンターたちも同様だ。

撃破された『ガルガロン』には遠く及ばないものの、相応のカスタマイズが施された機体とパイロットの活躍は期待したい。

あれに乗り込むパイロット達は、『ジャイアントグリズリー』程にないにせよ巨大かつ凶暴な変異種を何匹も仕留めた実績を誇るベテランなのだ。

それに彼等はプライベートでも仲がよい。そこから生み出されるチームワークを見込んでレイノアは二人に声をかけたのであり、

バニッシュの性格もあってか、当初はガルガロンを抜きで二対を作戦の中核に据え様とした事もある。


後は指定のポイントまであの怪物を誘導するだけだ。それが出来ればこそ『爆炎の魔女』と異名を持つレイノアの独壇場になる。あそこならば最小限の爆薬で奴を仕留められる。だが、その作戦は自分以外巻き込みたくはなかった。

自分は敵を仕留められる段取りさえ付けられればそれで良いとレイノアは思っていた。

今まで自分に付き従ってきてくれた彼等を信頼してこそ作戦の成功にたどり着けるのだ。それでも、あの怪物を仕留めきれなかったとしてその時は…


「…あのヒヨッコを信じて後を任せるしかないようだね」


白い鉢巻を額にまいたお人好しの青年の顔が思い浮かぶ。万が一を考えて彼に渡したものが役に立つといいのだが…

レイノアは果たして何を考えているのか? それは誰にもわからなかった。




「何だ…?」


森から音が消えた。まるでその場所それ自体が、今から此処に出でる以上を感じ取り沈黙しているかのようだった。

地面が揺れる。先程に比べてそれは大きく近くで発生したものだとわかる。

まるで世界そのものが蠕動しているかのような振動に、ハンター達の間に電流のごとく驚愕が走った。

彼らとて、これを経験するのははじめてのことではない。それでも恐怖に震えるというのは仕方の無い事なのだろう。

しかし、地に足をつけた大地そのものを砕かんばかりの現象には地震など滅多に経験がない欧州出身者が多い中では慣れないのも仕方のないことかもしれない。


「か、各員…配置に付けえぇぇぇッ!!」


そこを任された隊長の男は自信を鼓舞させるように声を張り上げる。

それに応じるように率いられたハンター達も士気を高めていった。

彼等は元来協調性に長けた者が少なく、個々の技能は優れた集団であったが報酬の奪い合いや、他者が持つ名声を妬んで策謀や騒動を起こすものも多く

砂漠化の進む大地は、人々の略奪などによる治安悪化を招きハンター同士であっても互いに競争相手であるがゆえ連携を取れないものは多かった。

だが、此処に来て彼等はレイノアの指揮を得て団結し、とうとう追い詰められて背水の陣に挑んだと言う訳だ。


「お…お前、ビビッて逃げるんじゃねぇぞ!」


「て、てめぇこそ!!」


ハンター達は自前の火器や、事前に配備された装備を持って来るべき死闘に備えていた。

ホバーバイクに軽装備の重火器や、トラックやジープに固定された中口径の機関銃。

地雷は地中を進むジャイアントグリズリーには効果的なのだが、必要以上にシベリアの森にダメージを与えてしまう。

それを危惧して、アウター政府…その代理人たるアイエン・ワイザードから威力の大きい爆薬の使用は禁じられていたのだった。

爆発物の扱いを得意とするレイノアが後方支援に回ったのはその影響もあった。


準備は万全。しかし、どこまで地球環境の変貌が生み出したあの怪物にか弱き人類が太刀打ちできるのだろうか?

これまでも何十人単位で少なくない数の犠牲は出ている。そして逃げ出したものも少なくは無い。

誰が生き残り、そして誰が死んでいくのか? 此処に居る全員が不安と緊張で胸が締め付けられていた。


「な、なんだ…?」


「急に静かになりやがった…」


森が静かになる、静寂が戻ったという事だ。

しかし、それは嵐の暴風雨の前の静けさだという事に誰しも気付いていた。


『奴は来る』


皆が皆そう確信していた。此処に来て無駄な期待を持つ人間は殆ど居なかった。

此処で流れを食い止めなければ、また新たな犠牲者が出てしまう。



地響きと共に、大地が割れた。そして黒い巨獣がその小山のような姿を現す

前兆の後、先程の何倍も…いや、それ以上の揺れがハンター達の足場を揺らした。


「撃てーっ!!」


指令を受けたハンター達のが発砲。白い森に重たく連続する銃撃音がいくつも、いくつも重なり轟音となる。

そして銃弾の壁に黒く、巨大な怪物はやや怯んだ様であった。

獲物であったはずのか弱き人間達の決死の抵抗。それはあのガルガロンの脅威的な物には及ばないが侮れないと本能が悟ったのか、

はたまた右目を失った警戒からなのか、怪物は一時的に退く事を選んだかのように見えた。


「逃がすな!」


今此処で逃がすと、戦いが長引くという事になってしまう。長期戦はハンター達の士気を挫きや武器や食料の更なる浪費を招く。

そして、近隣の村にも被害が出る可能性もある。だからこそ此処でしとめなければいけない。

グリズリーよりやや小さいが二体の巨大な影が、薄雪の積もった大地を踏みしめつつ前進してゆく。

この作戦の要にして虎の子のエクステンダー…黒い『ガイガー』と赤い『カイザー』の二体である。

どちらもダイキンが使っていたビルド系列の機体であったが、施されたカスタマイズと塗装の影響もあってか、

外部装甲や装備にも細かい差異が見受けられるために、詳しいものでも無かれば同系統の発展期である事は見抜けないだろう。

二体ともあの『ガルガロン』には劣るものの、中の人間の実力と堅実な改造によって水準以上のスペックを示している。

それがハンター達の援護を受け、あの怪物に挑もうとしている。今考えられる中で最大かつ最高の戦力であった。

二体の勇士が中々拝められなかったのは、バニッシュがガルガロンの格闘戦の邪魔だと出撃を許可せずごねた為でもあった。

バニッシュにとって、一連の騒動は自分の手がけた機体の力を示すデモンストレーションに過ぎなかったのだろう。

しかし、彼は死にバニッシュの力を当てにしていた一部のハンター達も逃げ出してしまっていた。

だが、

意気揚々と、二体の巨人が前に出て行く。それはここにいるハンターたちの最後の希望であり切り札であった。


木々の少なく、視界があり程度開けている地帯…レイノア達がBブロックと呼ぶ場所に巨大グリズリーを追い込み格闘戦で仕留める。

今までになかった最大戦力を解禁しての総力戦、消耗したハンター達に余裕はなく短期で決着をつける必要がある。

故に失敗は出来ない。これまでにない重苦しい空気が寒空の下で彼等に重圧となってのしかかるのであった。

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