第6話「理想郷?」

 どのくらい進んだかという頃だった。


「夢の世界ってどんな世界なのかなあ」

 ベル殿が独り言のように言われた。

「私が知る限りですと、その方が望む世界が多いらしいです」

「へえ。だとしたらナンナのはまさに理想郷でしょうね」

「そうなのですか? 不謹慎かもですがそれは見てみたいです」

「ええ。あ、出口が見えてきましたよ」


 そして、隧道を抜けた先は……ギャアアア!


「ぐへへへへ、予想以上の理想郷ねえ、ジュル」

 ベル殿がヨダレを垂らして興奮していた。


 あれのどこが理想郷だ!

 大勢の屈強な男が素っ裸で歩いている!

 あちこちでまぐわってやがる!

 おええええ、見たくねええ!

 ギャアアア、野郎がこっち見てるー!

 父上母上吾作さん助けてー!


 そう思った時だった。


「あら、ベルも来たの?」

 いつの間にか姫様がいたが、はしたない格好されているな。

 短い裾に肌が殆ど隠れていない。

 胸がちらちら見えてるぞ。

 だがそのおかげで落ち着けた……私もまだまだだな。


「ええ。ナンナ、なぜあなたこんないいとこに」

「だってお父様がBL漫画読むのやめろって言うし」

「あのね、こっそりやればいいでしょ。私みたいに」

「嫌よ。なんでこそこそしないといけないのよ。むしろ女王になったら国中に広めたいくらいよ」


 やめてください。あなたが言えば押し付けになります。

 というか御二方は腐ったおなごだったのだな……。


「そう言ったら漫画取り上げられて、燃やされたの……もう悲しくて悲しくてベルにも言えずにいて、気がついたらここにいたわ」

「それって、あの本の事?」

「そうよ。二人でお金出しあって買ったあの本」

「そうだったのね……だから」

「うん。ごめんね」

「いいのよ。それより帰りましょ。陛下も充分反省されているわ」

 ベル殿が言うが、

「嫌よ。私ずっとここにいるわ。ベルも一緒にいましょうよ」

「う……い、いいかも」

 悩むな惑うなこら。

 

「おそれながら姫様、ここにいたらいずれお命が無くなります。どうか」

 跪いたら見えそうなので、失礼して立ったまま姫様に話しかけた。

「なにあんた? 新入りの兵士?」

 姫様が私を睨むように言う。

「いえ、旅の侍です。陛下に頼まれて姫様を連れ戻しに来ました」

「そうなのね。ところでこのままいたら死んじゃうってどういう事?」

「姫様は今、魂と体が離れているからです。今は仮死状態のようなものですが、このままでは本当に」

「死んじゃったらどうなるの?」

「夢の源になっている姫様が亡くなられたら、この世界も消えてしまいます」

 本当はどうなるか知らないが、そういうことにしておこう。


「ううう……そんなあ」

 姫様は項垂れてしまった。


「しかしよくこんな世界作り出せたわね。あなたも魔法力はかなりあるけど、これ程だなんて」

 ベル殿が辺りを見ながら言うと、

「……思い出した。そういえば倒れる直前に声が聞こえたわ。『理想の世界を作りたいなら手を貸そう』って」

 

「え、それってまさか」

「関係ないかと思いましたが、今回はどうやら絡んでいたようですね」


「ええ、そうよ」

 そこに現れたのはなんというか、背中に蝙蝠の羽が生えていて、胸と腰周りだけトラ模様の薄布を纏ったはしたない格好をした美しく妖しげな女だった。


「妖魔かと思ったが、もしや淫魔か?」

 たしかこんなやつだって一彦が言ってたな。


「どっちも正解。あたしは淫魔であり妖魔でもあるのよ」

 その淫魔が頷いて答えた。


「そうか。それで何を企んでいる?」

「その娘が言ったとおりよ。初めはこいつが即位した時に取り憑いてやろうと思ったが、いっそこいつの欲望を夢世界で増幅させて現実世界を飲み込んでやろうと思ったのさ」


「う、それいいかも……」

「ベル、一緒に理想の世界を作ろ」

「ええ……」

 気がつくとベル殿の周りにも黒い霧が、いかん!


「ベル殿、姫様! 正気に戻ってください!」

 

「うるさいわね。ねえベル、あいつ結構美少年だし二人でメス堕ちさせよ」

「ええ。ぶち込んでところてんさせて……ふふふ」

 意味はわからぬが、かなりやばい事のようだ。


「あらいいわね。さあ、どうせあいつは抵抗できないから、思う存分」


「鳳凰天舞剣!」


「キャアアーー!」

 お二人を吹き飛ばして気を失わせた。

 ふう、上手く出来た。

 父上から教わったこの技ならと思った。


「ちょっとあんた何すんのさ!? こいつらが死んだらどうすんのよ!」

 淫魔が意外にも本当に心配そうな顔をして言ってきたが、

「死なぬよう加減したが? まあお前は斬るが」

「させないわよ、死ねえ!」

 淫魔の掌から黒い炎が放たれたが、


「はっ!」

 今度は全力で放った技でかき消してやった。


「なああっ!? な、なによそのデタラメな力は! いくらここが夢世界とはいえ、そんな力を優者以外出せるはずが……え、まさかあんたが」

「私は優者ではない、ただの侍だ。それでもお前如きは倒せるぞ」

「ぐ、おのれ……覚えてな!」

 淫魔は捨て台詞を残して退散した。


「逃してしまったか。さてと、姫様とベル殿を」


「ね、戻りましょ」

「……うん」

 どうやら正気に戻ったベル殿が姫様を説得されていたようだ。


「あの、藤次郎だっけ? ごめんねあなたを襲おうとして」

「私もごめんなさい」

 御二方が頭を下げて言われた。


 そして魂だけだった姫様が先に戻られていき、私とベル殿は来た道を歩いて行った。

 ベル殿は少し名残惜しそうにしていたが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る