第2話「城下町に着き宿へ、そして」

 一月十七日(こちらの暦がまだ分からないので、元のまま記す)

 やや曇り空。

 

 朝になり、再び町を目指して歩きだした。

 しかし誰も通らない。

 もしかすると何もないのかと思った時だった。

 遠くの方に塀のようなものが見えた。

 

 近づいてみると、それは塀で囲まれた町のようだった。

 遠くの方には本で見た南蛮の城が見える。

 門があり、そこには南蛮の鎧を纏って槍を持った年重の男性と、同じ格好の若い男性が立っている。

 どうやら門番さんのようだな。

 



「あのすみません。ここ、よそ者は入れないのでしょうか?」

 とりあえず尋ねてみた。

「いや大丈夫ですよ。ですが夜は外出せず、宿でじっとしていてくださいね」

 若い門番さんが丁寧に答えてくれた。

「わかりました。あの、お仕事お疲れ様です」

「どうもありがとうございます。そう言ってくれる人はなかなかいないですよ」


「見ればまだお若いようだが、おいくつだね?」

 年重の門番さんが聞いてきた。

「はい。十五になったばかりです」

「ほう。それで旅に出られたのは、武者修行といったところかな?」

「それもあり、見聞を広める為でもあります」

「うんうん、いい若者だな……おっと、疲れているだろうにすまなかったね。ここを真っ直ぐ行けば宿屋が並んでいるから、そこで休めばいいよ」

「ありがとうございます。では」

 

 町の中を歩くと石造り、いやおそらく煉瓦であろう。

 それで建てられた家ばかり。やはり異界だな。

 っと、宿を探さないと。


 

 しばらく歩いた頃、一見すると他と変わりないが、人が出入りしていない宿があった。

 ん? ……ああ。

「よし、あそこにするか」

「お兄さん、あそこは今やってないわよ」

 近くにいた宿引きの女性が私の手を引く。

「いえ、一人くらいならお願いすれば」

「悪い事は言わないよ。だってあそこは」

「なんかが化けて出て、泊まった客を襲うとかですか?」

 妖気のようなものが感じられるしな。


「わかってんならやめときなって! 以前興味本位で強引に泊まった客が干からびて出てきたんだから!」

「大丈夫ですって。私はこれでも腕に覚えがありますので」

「アレは腕っぷしでどうにかなる相手じゃないわよ!」

「へえ。ところでそんな物騒な宿なら、なぜ取り潰されないのですか?」


「……あそこってね、以前までは他が手を焼くような客でも翌日にはニコニコ顔で出てきてたの。それでいて良い客は他に回すほんといいご主人がやってるの。町の皆も何かとお世話になっていてね……だから皆でそれだけは勘弁してくれって頼んだの」


「なるほど。それなら尚更なんとかしないとですね」

「そうだけどさあ、退魔師呼んできても返り討ちだったのよ」

「私はその退魔師みたいなものでもあるのですよ。どうです、ひとつ駄目で元々だと思ってやらせてもらえませんか?」


「……あんた見た目子供だけど、実はもっと上?」

「十五です。まあお姉さまから見れば童でしょうけど」

「あらお姉さまだなんて、って……うん、あたしからもご主人に話してあげるわ」


――――――


「……本当になんとかなるのですか?」

 ご主人は我が母よりも少し若いかもといった感じの男性だったが、やはりご苦労されているのか、だいぶおやつれのようだ。


「ええ、必ずや」

「ですが、うちはごらんの有様。充分なお礼はできません」

「要りませんよ。『人助けに見返りを求めるな』と両親から教わってきましたので」

「ですが、それでは申し訳なく……」

「では、事が成った暁には宿賃をまけてもらえませんか?」

「まけるだけなんてとんでもない。タダでも足りないくらいですよ」

「うーん、数日はお世話になりたいのですが、それでもですか?」

「勿論ですとも」

「わかりました、それでお願いします。ではなんかが出る部屋に」




 部屋の前まで来ると、邪な気がかなり強く感じられた。

「あの、駄目なら逃げてくださいよ。あなたさえ無事ならそれでいいですから」

 ご主人がそう言ってくださった。

 それを聞いて益々やる気が出てきた。

 この方は聞いたとおりのお方だ、なんとしてもお救いせねば。




 部屋に入った私は、早速刀を抜いた。

「う、あ……」

 スッと現れたのは、ご主人と同じ年頃だろうかという女性だったが、その背に黒いものが……。

「やはり妖魔か。その人に憑いてないで出てこい」

 一人で立ち向かうのは初めてだな。


「ほう、我らの存在を知っている奴がこの世界にいたとはな」

 後ろの黒い影が浮き出た。

「私は異界から来た者だ」

「なるほどな。だがもし儂を攻撃しようものならこの女も死ぬぞ」

「構うものか。その方とてお前如きにいいようにされるくらいなら、いっそ殺してくれと思われているだろうし」

「ハッタリなど儂には通用せ」


「はあっ!」

 かわされたが、まだ小手調べだ。

 それ程でもないな。


「こ、こやつ本当に殺りに来おった!?」

 妖魔が慌てふためいている。


「さあ、苦しまないよう一瞬で木っ端微塵にしてやる」

「ま、待て! その前にこの女の言い分を聞いてやってくれ!」

「問答無用だ、死ね」

「こら待て、お前正義の味方だろうが!?」

「勘違いするな、私はそのようなものではない。武士だ」

「武士なら尚更だろうがあ!」

「阿呆。『武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候』だ」

 私が上段の構えを取ると

「ぐ、おのれえええ! 付き合っておれんわああ!」

 女性から妖魔が飛び出して逃げようとしたが、


「はああっ!」

 すかさず一刀両断。


「ギャアアアーー!」

 そして消滅した。

 以前父上のご友人がこの手で妖魔を追い出したと聞いていてよかった。


「さてと、大丈夫で……そんな」

「あ、あの。彼女は」

 ご主人が部屋に入って尋ねてこられた。


「残念ですが、既に事切れていました」

「そうですか……まさか彼女だったなんて」

「あれ、ご主人はこの方とお知り合いですか?」

「彼女は私の元婚約者だったのです」

「え?」


「ですが私には別に好いた女性がいました。だが許されず……私はその女性と駆け落ちしてこの町にやって来て、夫婦となりました」

「奥様がいらっしゃったのですか。今はお姿が見えないようですが」

「いえ、去年亡くなりました。以前から体調を崩していたせいで」


 違うわよ。私が呪い殺してやったのよ。


「!?」

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