10.魔導灼熱!ヴァルディーガ!

 黒と灰色のヒロイックなモーターマシンを、トレスは見上げた。


「ははっ。何だか強そうな奴が出てきたが、動けもしねえじゃないか」


 魔導減滅空間に引きずり込まれた対象は、その実体は別空間にあるが、この現実空間にも映像が映る。


 煤と灰でぼろぼろにみすぼらしくなったトレスは、魔導減滅空間にあるマッターンの足が自分を踏み潰そうとしても、避けもしない。ホログラムみたいにすぽっと、被さったマッターンの足は抜けていく。


 トレスはあの空爆でも奇跡的に無事だった仲間のサイボーグたちを引きずって一ヶ所に集める。


「やっちまえマッターン! ははははは!」


          ◯


 やばい。かなりやばいやつだ。


 アリスは近づいてくるマッターン二体を見る。しかも腕の取れたやつまで起き上がった。


 魔力が足りない。

 どうすればいいんだ。

 俺の魔力が足りないせいなのか。

 それとも別の何かか。

 魔力を流し込む。

 魔力を――。


 そのときガン! と、コックピットに振動が響く。見れば片腕のマッターンが拳をヴァルディーガに突き付けていた。さらにそこから、拳を超回転させて押し込んでくる。

 魔法障壁と言われたバリアとマッターンの拳が、激しく火花を散らす。


「あと3分」


 無常すぎるドロシーのカウント。


 どうする?

 どうしたらエンジンがかかる?

 かかる?

 魔法にかけたら?


 俺の中で一つの方法がひらめく。魔力を与える方法、魔法にかける方法!


 そうだ、魔法にかかれ!

 ヴァルディーガ!


「エンチャント・ウェポン! ヴァルディーガ!」


 俺は詠唱した。腰のオートマチックが光り輝く。


 俺は、ヴァルディーガという武器に魔法をかけた!

 魔力が、その本流が、流れ込んでいくのが分かる!


 ヴァルディーガの各部に備えられた、水蒸気機関が動き出す。魔力を伴った水が、まるで血液のようにヴァルディーガの体を駆け巡った。その魔力の本流は強く、余剰となった魔力水が水蒸気となってダクトから排出される。


 生き物が、息をするように。


 魔力を伴った水で動く水蒸気機関は魔力を伴う電気を生じ、その電気は巨大なモーターの心臓を動かす!

 ドロシーは上昇しまくるメーター類を見ながら、力強い笑みを浮かべた。


「魔力量オールオーケー。対魔導減滅空間機関発動。いけるわよ、アリス」


 魔導減滅空間に捕らわれてから、減少していた魔力がどんどん膨らんでいくのが分かる。俺はそれを、ヴァルディーガへと流し込んだ。


 ヴァルディーガの双眸に瞳が輝き、顔の下半分をフェイスガードが覆う。魔導減滅空間を軽減する機能を発動し、アリスからとめどなく流れる魔力を受けるヴァルディーガが、マッターンごときに後れをとる言われは無い!


「うおおおおっ!」


 拳を当てて回転させていた片腕マッターンを、裏拳でヴァルディーガは弾き飛ばす。すさまじい威力にマッターンは、ぐるぐるきり揉みながらぶっ飛んだ。


 途轍もない威力に、アリスは高揚し、ニヤリと笑った。


 すげえ強いぞ!


 もう一体のマッターンが、素早く距離を詰めてくる。さらには拳の突きを、蹴りを、連続して放って来た。25メートルの巨体からは想像も出来ない速さの攻撃だったが、ヴァルディーガはそれをいなし、ガードし、躱す!


 格闘ゲームと3Dアクションで鍛えた俺をなめるなよ。


 それはコントローラーのレバーを相手と逆方向に倒すよりも、回避ボタンを押すよりも簡単であった。脳波コントロールによって、アリスが思う行動を、ヴァルディーガが自動で最適解の動きに変換し実行する。


 この上ない一体感と、自分が強くなったような感覚をアリスは感じた。


 突き出したマッターンの右腕をヴァルディーガは掴む。続けて繰り出した左腕をもヴァルディーガは掴む。マッターンの膝蹴りは、ヴァルディーガの膝で打点をずらされ、威力が削がれる。

 ヴァルディーガは防御に使った脚をマッターンの腹部に当て、左右の腕を大きく後方に引いた。巨大な機械が無理に引っ張られる音がバリバリと発せられ、マッターンの両腕と胴は引き裂かれた。


「魔力供給量安定。各部正常稼働、問題なし。アリス、残りの敵も倒してしまいましょう」


 落ち着いた口調で語るドロシーさん。ブレーメンの奴が「やっちゃえー」とか言っているが、こいつ、何の役目があってヴァルディーガに乗ってるんだろう。


 そんなブレーメンを見ながら、アリスは思った。


 残りの敵を倒すのに、何か決め技を使いたい。


 アリスは脳にインストールされたマニュアルを探る。


 おお! これだ!


 アリスはヴァルディーガの持つ兵装の一つに行きついた。

 使用することを、アリスは脳波コントロールでヴァルディーガに伝える。反応したヴァルディーガは右腕を天に翳した。


 魔力が水と電気を伝わって、右腕に集中する。


 ヴァルディーガは右足を後ろに左足を前にして、膝を曲げ、腰を軽く落とした。下した拳をマッターンに向けた右腕を左腕が支える。


「インパクト・ドライブ!」


 アリスは大好きなロボットの技の名前を叫んだ。その言葉によってより集中度を増した魔力の本流が、右ひじから溢れる。とたん、すさまじい勢いでヴァルディーガの右前腕が切り離され、飛び出した。


「ブレイク!」


 再度のアリスの叫びと同時に飛び出したそれは、途方もない速さだった。

 かろうじて、その発射を確認できたマッターンは回避行動をとるが、途方もない速さのそれは、何と横にスライドするように動き方向を切り替え、マッターンの胴へと迫る。


 鋼と鋼がぶつかり合う爆音が響き、ヴァルディーガの前腕はマッターンの胴を貫いた。




「敵機動力反応無し。魔導減滅空間、崩壊するわ」

 ドロシーが言う。

 ヴァルディーガは戻って来た前腕を連結し、素早く下に振り下し、仁王立ちした。そのヴァルディーガを包んでいた魔導減滅空間はまるでガラスを割ったように砕け散り、現実の映像とヴァルディーガは重なりあった。


 出来た!


 アリスは歓喜した。興奮が冷めやらない。

 異世界に来て、美少女になって、巨大ロボットに乗っている。

 どう考えたって普通じゃ起こり得ないことが、現実に起きている。

 驚きと喜びの笑みを浮かべるアリスに、ドロシーは言った。お姉さん感を出しながら。


「良く出来ました。アリス、これからもよろしくね」


 悪くない。このお姉さん感だって非常に悪くない。こんな可愛い子にお姉さん感出されながら微笑まれるなんて、異世界に来て、美少女になって、巨大ロボットに乗って、本当に良かった!




 有頂天になるアリスは、この後に控える重大な出来事を、まだ知らない。


          ○


 怯えるトレスが跪く前で、その長い黒髪の男は言った。


「失敗した、という訳か」


 黒い長髪が溶け込む、闇色のスーツ。男は長身で、細身だがしっかりとした体つきで、何より美形であった。


「私の到着まで、持たせることも出来なかったか」


 エキゾチックな雰囲気の美しい顔を歪めて、男は笑う。その笑みに、トレスは震えた。


「良いぞ、それでこそだ! ! 私をこの世界でも楽しませてくれ!」


 ブラックヘヴラー幹部、ジャック・ノワールの笑い声が、廃墟と化した倉庫の跡に響いた。

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