十八夜 有明の月 (No side)

(No side)



 パタンと、椛が去った後暁は暫く入り口ドアを見つめていた。廊下の直ぐ近くから彼らの遠ざかる足音が静かに聞こえてくる。



(一緒に学びたい。かぁ‥)



 暁はそう心の中で呟いた。と同時に彼の目には、あの日の記憶が今でも鮮明に映り残っていた。


 それは、暁が九州にいた頃の忘れもしない日々。それは、彼にとってかけがえの無いないものになり今でも暁の記憶の一部となって残っている。


 あの日暁は、異動先が決まったため東京へと帰る事になった。


 新幹線を待つ中、暁と交流を深め合った者達が涙を流したり別れを惜しんでいる中、1人の少年は暁を見つめて溢れそうな涙を出さんと必死に強がっていた。


 そして、とうとう新幹線が来て暁が乗り出そうと足を歩み始めた時先程の少年が暁の足にしがみ付き大粒の涙を流した。



 "行かないで"

 "さよならしたくないよ"


 そう言って少年は、暁が帰るのを拒んだ。






(でも、他の人達に宥められて俺はあの後帰った)



「そう言えば、‥‥」



 独り言を吐く彼にとって椛が去った後の名残りは少し切なくなった。いやいや、これから彼とは長い付き合いになると言うのに何を感じているのか。おかしな話だ。


 けれど、何故かそう感じてしまっている彼自身にとってとても不思議な事だった。




 椛の姿が、あの少年の姿とリンクして見え‥‥



(今、どうしてるかなぁ‥)


 過去のことをぼんやりと振り返っては懐かしい気持ちに浸っていると、背後からの笑い声で現実へと戻される。


「クッフフフ、随分と愛されておるのぉ‥。良かったじゃないか」



「‥‥いやぁ、参りました。誰かにこんなに尊敬の眼差しを直接受けるのは久しぶりですよ。やっぱり、期待の念を向けられるのって照れますね」



「ふっ、いつもお前さんは誰かから頼られているだろう? そんなに慣れない事じゃか? 贅沢な悩みだ」



「違いますよ! ただ‥‥、少しって思っただけです」



‥? あぁ。確かにそうだな」



 初めは、暁の言葉に理解が出来ない顔をするも直ぐに表情を変えゆっくり顔を縦に振った。すると、ヒスケは何かを思い付いたのか彼に問う。



「あやつも春夏冬と同じくらいの歳じゃなかったかい?」



「そう言えば、そうでしたね。確か‥、今年で受験生だとか‥」



「もしかしたら、来年此処に入学してきたりしてなw」



「あははは! いやいや、それは無いですよ。高校進学先は、地元にするって決めているらしいですし」



「しかし、あやつの家系からして不可能と言う訳ではないじゃろう?」



「またまた〜。ご冗談を」



「‥‥まぁ良い。お前さんも戻ってきたことじゃし、儂はお前さんと話をしたい。なぁ? 



 あきら。 

 

(あぁ、それは自分の名前だ)


最近は、"源先生"と呼ばれる事が多いから下の名前で呼ばれるのは何処か新鮮さを感じる。そして、"暁"と呼ばれるのは自分が学生以来の時だ。


 何だか、過去に戻ったみたいだ。

 暁は微笑んだ。


「‥‥ふふ。その呼び方僕が生徒の時以来ですよ。何だかあの頃に戻ったみたいですね♪」


なに喜んどる、大の大人がジジイの儂に対してなんちゅー顔してんるんだ」


「だってヒスケ先生は僕の担任だったじゃ無いですか〜! 元担任のヒスケ先生に再会できて嬉しくてつい‥」


「‥‥まぁな。元々儂と暁は教師と生徒の関係じゃったからのぉ」


「わぁ〜! ふふふ、僕も貴方と再び話す事が出来て光栄ですよ。ヒスケ先生」


 暁がそう言って笑った後、ヒスケも軽く顔を緩ませゆっくりと頷いた。

 

 


 世界は、人間と人ならざる者が共存して生きる世の中になった。過去は、血と涙を流しながらの戦争が絶えなかったが、時代を超え彼等はここで生きる者同士力を合わせて国を作っていくという形になった。


 人と人ならざる者。昔の価値観と今の価値観がすれ違ってイザコザが今日こんにちでも起きるのは当然のこと。


 だから、いつ、何処で、何が起きようとも仕方のない事なのだ。




 それは、此処生徒指導室で感動(?)の再会を交わした暁とヒスケにも。



「「久し振りです/じゃな」」


♫♫♫


 それは、先程保健室で治療を受けていた椛のクラスメイト達にも。


「ねぇ‥椛帰ってくるの遅い。もしかして、変な輩に絡まれた‥?」


「何処かで、"オカルトひゃっほーい!"って道草食ってるんじゃね?」


「ちょっと、俺様子見てくる!」


「鈴お前落ち着きなよ!」


(どうして春夏冬くんは、こんなにも信用されてないのでしょう?)


♫♫♫


 それは、新入生の引率後職員室で話し合う教師達にも。


冷泉れいぜい〜。取ってー」


じゃ分かる訳ないだろ」


「ショコラ、この日誌の事かな?」


「そーそー! 鴉やるぅ〜! どっかのサイボーグとは違って」


「‥悪かったな(しばくぞ)」


柯楓かふうせんせーって凄いよなー」




♫♫♫


 それは、霊組の噂を聞きつけた他クラスの生徒達にも。


「知ってますカ!? 霊組の人達のこト!」


「‥うん、行事中に変な怪物が出てきたんでしょ。本当大変ね」



♫♫♫


 それは、図書室にある大量の本を黙読しながら外を眺める彼にも。



「‥‥へぇ、中々面白い新入生が来たみたいだ」



♫♫♫


 それは、廊下を1人歩いて誰かの帰りを待つ者にも。

 

「ん〜。ケンちゃん遅いなぁ〜」



♫♫♫


 それは、冥界を絶賛満喫中の方にも。


「アッハ☆ やっぱり、冥界は最高〜☆」



♫♫♫


 それは‥。


「‥?」


「どうしたー? 春夏冬くん」


「あ、いえ‥!! 何でもないです、すみませんさがん先輩」


! かぁ‥。俺ももう2年生になったんだなぁ。‥‥さ、もうすぐ着くぞ」


「はーい!」


 目の後に着いていく中、椛は制服にしまった"本"を取り出しペラペラとこれまで語られた話をざっと振り返った。


(うん‥。どの話も全て綴られてる)


 次々に重なる本の成長に彼は目を細めた。

 

(もしこの本が完成したら一体何か起こるのかなぁ。もしかしたら、自分が予想もしない事だったりして‥‥?)    



「ふふふ、これからが楽しみだ!」


 

 そう呟いて嬉しそうに本を抱き締める、妖に好かれた少年にも。






 例えこの先、彼等にとって想像を覆す様な出来事が起きるのだとしても‥‥


 

 誰も知らない。



 いや、誰も知る訳がないのだ。






                第1章 完





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