第4話 戸塚さくら

「お兄さん、良かったらご友人と一緒にさくらの握手会に参加されてはいかがですか? そちらのご友人がさくらの大ファンだと言うのが聞こえたもので」


 この状況ではもう隠しようがない。


「お兄さん? 戸塚くん、こちらの方は……?」

「戸塚さくらのマネージャーの近藤さん。実は俺、戸塚さくらの義理の兄なんだ」

「!?!?!?!?」


 柚月さんは驚きのあまり声を失っている。


「近藤さん、こっちはクラスメイトの柚月さんです」

「柚月さん、良かったら握手会参加してみます?」

「……はいっ!」


 それから何故か無言のままの柚月さんと最上階の握手会会場に向けて、エスカレーターを登っていく。

 いきなり大ファンのさくらに会えることと、俺がさくらの兄だったことで、頭の処理が追いついていないんだろう。


「あの、戸塚くん。もし良かったら、私と一緒にさくらちゃんと握手してくれませんか? いきなり一人でさくらちゃんに会うのは荷が重すぎます」

「うん、いいよ」


 最上階の列に並ぶと、握手会はもう終わりかけで、俺達が最後のようだった。


「次の方どうぞ!」


 俺達の番だ。

 衝立の向こう側へと歩いていく。


「え!? おにぃ? それになに? その横の超絶美少女……」


 そう言うさくらこそ、超絶美少女と言って差し支えない。

 黒髪のミディアムボブは艶めいていて、アルバムの衣装であろう、ピンクの技巧を凝らしたデザインのドレスはさくらの美しさを引き立たせていいる。


「さくらちゃん、初めまして。葵です。デビューの頃からずっと応援させて貰っていて、出演作品は全部何度も見返しています。ファンレターも何度か送らせてもらっています。えっと、それから……」

「さっき入口で近藤さんに偶然会って、入れて貰ったんだ」

「そう、帰ったら詳しく聞かせてよね?」


 そう言うと、さくらは営業モードに切り替わった。


「葵さん、来てくださってありがとうございます。二年前から応援してくれていたなんて本当に嬉しいです。ファンレターも全部読ませて頂いてますよ。今度アルバムのツアーもやるので、ライブにも来て頂けると嬉しいです。あと、兄のこともよろしくお願いします」

「はい! 本当に幸せです。さくらちゃんとお話しできたこと、一生忘れません」


 柚月さんとさくらが握手をして握手会は終わった。

 俺は当然握手はしなかったが。


「夢みたいです。さくらちゃんに会えたこともそうだし、それよりも戸塚くんがさくらちゃんのお兄さんだったなんて」

「俺もまさか柚月さんがさくらのファンだとは思わなかったよ」


 目的の場所にも行けたし、そろそろ帰ろうかということで、山手線に乗って、目黒に帰ってきた。

 時刻は16時を過ぎた頃。


 別れるのにはちょっと早く、もうちょっと柚月さんと一緒にいたいなと思っていた。


「戸塚くん、さっきもお店で言いましたけど、今から一緒に買ったエロゲやりませんか?」

「ええ!? あれ本気だったの?」

「本気です♡」


 女の子の部屋にお邪魔するのはさすがに気が引けたので、俺の部屋でやろうと提案した。

 目黒駅から権之助坂を下って、家の方へと向かっていく。


「あれ、戸塚くんの家、私の家と一緒の方向ですね」

「そうなんだ」

 

 暫く歩くと俺の家の前に着く。

 すると、柚月さんは向かいにあるマンションを指さした。


「私の家、このマンションです」

「ええ!?」


 まさかの家が向かい同士だったらしい。

 話によると、柚月さんの両親は仕事でフィンランドに帰国していて、今はこのマンションで一人暮らしをしているようだ。


 そのことに驚きつつも、これから柚月さんを自分の部屋に入れなければならないことに緊張感が高まってくる。

 今は両親は仕事、さくらもまだ帰って来ないだろうから、家の中で柚月さんと二人きりだ。


「どうぞ、入って」

「お邪魔します」


 柚月さんは、丁寧に靴を並べて家の中に入ってくる。

 それから一緒に階段を登り、俺の部屋へと迎え入れた。


「ごめん。片付けせずに出たから、散らかってるよね。こっち座って」

「………………」


 柚月さんはパソコンデスクの方を見つめて、黙ったままでいる。


「どうしたの? やっぱ俺の部屋に来るなんて嫌だったかな、ははは……」

「……間違ってたらごめんなさい。戸塚くんってもしかして、バーチャル彼氏のるかくんですか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る