第7話 信仰のはじまり②

 寝坊してしまった。

 購買で、目覚まし時計を貰わなかったのが敗因だろう。

 わたしは、寝起きはいいのだが、それは寝坊しないという事ではない。

 もう8時。下働きの起きる時間は7時だ。

 ドンドンと、扉が叩かれる

「大丈夫ぅ~?」

「どうぞ入って!」

 この部屋には簡素な鍵があるが、わたしはそれをかけ忘れていた。

 ガチャリと扉が開く。エアリーさんが顔をのぞかせる。

「失敗失敗ぃ。目覚まし時計を貰っておくべきだったわねぇ。これから、すぐ貰いに行くべきねぇ。」

「昨日の服に着替えるんですか?」

「そうよぉ。あと、正式に働くときは、これを着けてね」

 Coll Meの腕章。

「これでぇ、天使棟やぁ、庭を回るのぉ。トラブルが起きるから、他の棟はダメよぉ。困ってる人がいないかどうか、林や湖を見回るのもありねぇ」

 今日は、と彼女は言う

「あなたの見聞を広めるってことでぇ、あちこち回ってみようと思いますぅ」

 だから、と彼女は別の腕章を取り出した

「研修生」と、腕章には書かれていた。

 よく見るとエアリーさんの腕章は「指導中」になっています。

「まだろくに仕事出来ないでしょう?」

「………たぶん」

 わたしは困惑気味に答えた。自分が何をできるのか、よく分からなかったのだ。

「じゃあまず目覚ましを、貰いに行くわよぉ」

 エアリーさんの勢いに押されて、とりあえず服を着る。次に―――と思ったらヘアブラシがない、鏡も。

「エアリーさん、鏡と櫛がないので、購買で貰っていいですか」

「いちいち私に確認を取らなくてもぉ、購買で貰っちゃっていいのよぉ。化粧品コーナーがあるからぁ、そこで貰ってね」

 とりあえず、わたしが手櫛で何とかしようとしていたら、エアリーさんがメイド服のポケットから小さな櫛を取り出して、私の髪をすいてくれた。

「ありがとうございます」

「患者さんの髪が乱れた時ぃ、すいてあげるのよぅ。貴女も持ち歩きなさいなぁ」

「な、なるほど。小さい櫛も一緒に貰います」

 あ………私はその時、あることに気付いた。修道服には収納がない!

 エアリーさんに聞いてみると、

「鞄を持てばぁ?」

 との事だったので、かばん屋さんに行くことも決定。

 あ、それと、とエアリーさんが何でもない事のように付け加えます

「下働きはぁ、そのままじゃ呼びにくいってことでぇ、メイドぉ、またはボーイって呼ばれていますぅ!いきなり呼ばれてびっくりしないようにぃ、ですぅ」

 重要な事じゃないですか!いきなりぶっこんで来ないでくださいよ!

 私はメイド………私はメイド………。


 とりあえず、エアリーさんが破天荒なのはいつもの事だし(昨日会った私でも分かります)呼び方の件は、抗議せずに胸にとどめておきます。

 部屋を出たら、まずは購買(商店街)に向かいます。通り道ですし。

 まず電気屋さんで、可愛いウサギ型のピンクの目覚ましをゲット。

ちなみに何故か、無料なのにレジがあります。人気調査と貰っていく人の統計が目的なのだとか。名残なのか「お買い上げありがとうございます」と言われます。

 化粧品屋さんで、綺麗な櫛と鏡をもらって。

 その後はかばん屋さんに。本革で仕上げている一品なのだとか。

 昔の書類鞄のような、古風なものを選びました。金属のカギがついているタイプです。しかし、今までの所もそうでしたが、一体材料はどこからきているのでしょう。

そう聞いてみたらエアリーさんは、

「なんでもぉ、院長先生に申請したらぁ、次の日には用意されてるって話だよぉ」

不思議だよねぇ、と笑っています。

確かに院長先生は不思議です。でもとても「あたたかい」方です。

それは彼女の魂の中で3千年も癒された私だから言えることです。


エアリーさんが、他の地区に行くよぉ、と私を急かしています。

「まずはぁ、病棟だよねぇ」

と言って、天使棟の一階。看護婦さんの住まいと、色々な道具が置いてあるフロアに来ました。

そこには、昇降用の大きな吹き抜けがありました。

そう、階段ではなく、大きな吹き抜け。私にどうしろと?

「飛べないよねぇ」

エアリーさんが、汗をひとしずく垂らして言いました。

「………飛べません」

「うんっ「飛行フライト」の呪文、封じた指輪貰ってこようかぁ!コマンドワードで簡単に使えるからぁ!」

その指輪を使ったとたん、私は急激に疲労してしまいました。これは何でしょう。

「大丈夫、魔力の使い過ぎだよぉ、貴方の魔力、出身が出身だから仕方ないけど低いのねぇ。これからは魔力も上げる訓練しましょう?で、なんでぇ、宙に浮いたままなのかなぁ?」

「どうやって飛んだらいいか分からなくて………」

泣きそうな私の台詞に、慌てたエアリーさんは、ばさり、と翼で飛んで私の横にホバリングし、

「「飛ぶ」感覚を感覚球で伝えるからねぇ」

「感覚球って何ですか?」

「私が持ってる感覚を、そのまま相手に伝える魔法ねぇ。今回は飛ぶ感覚よぉ。大丈夫、そんなに難しくないからぁ」

球、という名そのままに、光の球がエアリーさんの手から出てきます。

わたしは不安に思いながらも、その光が胸に吸い込まれていくのを見つめます。

結果、私は少しふらつきながらも、自由に飛べるようになりました。

エアリーさんの「感覚」は、まるで実体験のように、私に染み渡ってきたからです。

ただ、羽で飛ぶのと、「飛行フライト」の呪文で飛ぶのは、感覚がちょっと違うので、もたついてしまいましたが。多分すぐに慣れると思います。

ですが、「飛行フライト」の使用で、私がかなり疲れてしまったので、今日の実習はこれまでになりました。

「魔力が増えるまでは、私が運んで上がるねぇ」

とエルシーさんには言ってもらえましたが、早くひとり立ちしたいので頑張ろうと思っています。

この日も、実感のない祈りと、泣き続けの懺悔で一日の幕を閉じました。

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