第11話 五千年周期で現れる滅びの化身

「……ふう。困ったものね、叔父様の短気にも」


 嘆息して見せる姉さん。

 その気配は、既に穏やかなものに戻っている。


「あんなんで公爵が務まるものなの?」


「昔はね、ああではなかったの。もっと思いやりがあって、優しい方だったのだけれど」


 姉さんはうつむき、寂しげな表情になってつぶやいた。

 とても信じられないが、姉さんにこんな顔をさせるということは、昔は本当に良い人だったのだろうか?


「何でまたあんな性格に?」


「……積年せきねん、かしらね」


 積年? 長年のストレスでってことか?

 俺が知らないだけで、やはり領主としての心労は計りしれないものがあるのだろうか。


「でもあの言いぐさはないわよね。お姉ちゃん、ちょっと怒っちゃった」


「ハハ……。それにしても、まさか俺を本当に王様にする気?」


「ユー君は、いや?」


「考えたこともないな。それに、やっぱり俺じゃ〈結界〉は作れないし、みんなを守ることもできないよ」


「そう……」


 分からないな。

 俺を僻地へきちから召喚した理由は、弟を王座に就けることだったのだろうか?

 国王代理として追放した弟を呼び戻すことはできても、いくら何でも王位を継承させるのは無理だと思うが……。


「えっと、そういえば始祖だっけか? 昔のご先祖様ってどんな人だったの?」


 話題を変えたくて、さきほど聞こえた単語を姉さんに尋ねてみる。


「どうしたの? 急にそんなこと聞くなんて」


「いや、俺って一応王族なのに家系のこととか何も知らないなって思ってさ」


 前世では代々伝わる鍛治師の家で育った以上、伝統を知らないのはよろしくない。

 なまじ魔術関連で無知を指摘された分、余計に知識欲に火が付いていた。


「始祖様よ」


 始祖? そりゃ国をおこした最初の人間なんだから、そりゃそうだろうけど……。


「最初の人間。旧文明を滅ぼして、五千年前にヒトという種族を初めて生み出されたお方」


「……は?……ぁ、え……っと……?」


 なにそれ。どういうこと?

 いきなりスケールがでかすぎないか?

 でも五千年前に人類がスタートしたって歴史は、なんとなく浅く聞こえるが。


「な、なんか……すごい伝説の人っぽいね!」


「いまは英雄歴の五〇一七年でしょ? この〈英雄の時代〉を興したのが始祖様。すなわち、人間族の――〈魔王〉よ」


「ま、魔王?」


 急に恐ろしげなキーワードが出てきて困惑する。


「文明を滅ぼしたとか物騒なこと言ってたけど。それもその、魔王とやらが?」


「ええ。ただ、具体的にどこから話したらいいかしら……」


「一番最初。最初から頼むよ。おおざっぱで良いから」


「そう? じゃあ本当に最初から話すけど……いまから二万年前、この世には黄金の天使たちが暮らしていたの。伝説にある〈黄金の時代〉と呼ばれていた頃の話ね」


 天使ときたか。話が壮大な神話じみてきたな。


「じゃあ、その天使を滅ぼして〈黄金の時代〉を終わらせたのが、ご先祖の魔王なんだ?」


「いいえ? 天使を滅ぼしたのは確かに〈魔王〉だけれど……それはドラゴン族の〈魔王〉だったわ」


「ドラゴン!?」


 ドラゴン族って、この世界にそんな種族がいたのか?

 あるいは単純に地球でいう白亜紀の恐竜みたいなものだろうか?


「〈黄金の時代〉が栄えて五千年目に〈魔王〉という存在は現れたの。そして、天使を焼き尽くしたドラゴン族の〈魔王〉によって、次なる〈白銀の時代〉が訪れた。新たなる種であるドラゴンたちが地上を支配したのね」


 天使が栄えた黄金の次は、ドラゴンの栄える白銀の時代か。


「じゃあそんな強そうなドラゴン族を倒して、人間が栄えたんだな……」


「ううん。違うわユー君。ドラゴン族を倒したのは、また別の種族……妖精族の〈魔王〉だったの」


「ええ? ちょっと待って。魔王って、そんないっぱいいるの?」


「〈魔王〉というのは一種の自然現象でね。先行文明の破壊者にして、次なる世代を生み出す新種族の始祖。旧文明からすれば滅びの化身だろうけれど、新しい種族からすれば自分たちの庇護者だわ」


 突飛な話題だ。

 隕石や氷河期のような災厄そのものを、〈魔王〉と呼んで擬人化しているのだろうか?

 いや、話の脈絡的にめちゃくちゃ強い個体が本当に突然出現していたのかも。


「ってことは、天使がいた〈黄金の時代〉があって、ドラゴンのいた〈白銀の時代〉があって、次に……」


「妖精族の栄えた〈青銅の時代〉があったわ」


 妖精族。

 その言葉を聞いて、少し肝が冷える。

 それは俺にとって決して神話の住人ではなく、これまで十年ほど共に過ごしてきた隣人そのものであるからだ。


「その……エルフやドワーフが繁栄してた時代があったってことだよね?」


「ええ。でもやっぱり、ほとんどの妖精族が滅ぼされたわ。五千年前に現れた人間族の〈魔王〉。私たちの始祖様によってね」


「はぁ……じゃあ非人間族って呼称は、人類が地上の主役になったから相対的に使われるようになったわけね」


 マジかよ。

 つーか、流刑地でよく人間の俺に妖精族の生き残りは優しくしてくれたな。


(五千年周期……か)


 長いのか短いのか分からないが、いずれにしてもおとぎ話だ。

 だって人類史は五千年を過ぎているのに、人間族はまだ滅んでないしな。

 地球にいた頃だって、五千年前の歴史なんてよく知らなかったし。

 せいぜいピラミッドにロマンを感じるとか、そのレベルだ。


(けれど、この世界の人はそれを歴史だと思っているんだな)


「始祖様はたくさんの子供を作られたけど、とりわけ直系の血族は強い力を持つとされた……それが魔王の末裔である私たち、王族なの」


「ははぁ、なるほどねぇ。魔王の血を引いてるから王族って呼ぶのか」


 まあ人類皆兄弟みたいなもんだけどな。

 当然、最初は近親者同士で子供を作っていたんだろうし。

 でもそういう話題を姉さんの前で続けるのは何となくはばかられたので、俺はそこで適当に頷くことにしておいた。

 最初のつがいをどうやって得たのかとか、色々とツッコミたい部分はあったが。


(それにしても……)


 妖精族を駆逐した人間族の魔王。

 〈青銅の時代〉を終わらせ、〈英雄の時代〉を興した始まりの人間か。

 それこそが王家のご先祖様らしい。


(はぁ。そうなると、やっぱ俺の存在は大問題じゃないか?)


 神話では人類の祖とか言われているのに、その末裔である俺はこの魔術社会で無能の象徴。

 まさに一族の面汚しだ。 

 やはり人格に問題はあれど、カロン公爵に王位を継承してもらうのが一番良いのかもしれない。

 少なくとも〈結界〉の維持で姉さんが酷使されることはなくなるはずだ。


(俺に〈エゴ〉があれば、人柱としての役目を代わってやれるんだが)


 たとえ望んでもできないなんて、こう言うときにこそ本当の無力感を感じてしまう。

 ダメ人間に思えたカロン公爵が重宝され、俺にできることは何もない。

 この世界において確かに俺はゴミ……役立たず同然なのだから。


(ゴミ……か)


 急激に湧いた劣等感に、ついついそのキーワードを独りごちる。


 ――本当に? ではゴミ以下のあいつは何なんだ?


 ドクン、と脳裏に心の声がささやく。


 ――女をモノのように扱い、そのくせ自尊心だけは無駄に高い。王族に生まれたからといって全てが許されて良いのか?


(うっ……!?)


 ぐつぐつと腸の奥底で黒いものが煮えたぎっていく感覚。

 それは俺にとっての積年だったのか。

 辺境の地で過ごした経験が、すさみきった生活が、持たざる者の怒りが、突如公爵に対する嫉妬の炎となって猛然と俺をきつけた。


 ――誤魔化すなよ。奴が本当に重宝されるほどの逸材いつざいか?

 ――同じ血族でありながら俺は苦汁くじゅうをなめさせられたというのに。

 ――どしがたいクズが……!


 自分でも驚くほどの凶暴さの発露

 沸々ふつふつと湧いてくる漆黒の情動がゆっくりと鎌首かまくびをもたげる。


 ――鉄槌てっついをくれてやるべきだ。あの男に、己の矮小わいしょうさを知らしめてやろう。

 ――なあ、そうだろう? ……俺。


「ぐ……ぁっ!?」


 ぞわりと何かが這い上がってくる感覚。

 この吐き気には覚えがある。

 そう、まるで背骨の代わりに氷柱を差し込まれたような、底冷そこびえする感覚だ。


 ――ドクン


 全身の血流が脈打ち、体内で何か得体のしれないモノが流れ始めた混入感。

 その異物は俺の全身を支配し、ある一つの意思となって俺に覆い被さってきた。


「ぐぅぅッ、痛ぇ……っ、割れる……!」


 頭を抑える。

 舌がカラカラに乾き、目の奥が燃えるように熱い。

 熱い。熱い熱い熱い!

 身体がっ……きしむッ。

 俺は、どうなってしまったというんだ?


「ユー君? ユー君!? どうしたの!? 大丈夫?」


 姉さんの必死な声が聞こえる。

 俺が気がつかなかっただけで、肩をずっと揺すられていたのか、心配そうにしてくる姉さんの姿が視界に入った。

 いけない。姉さんにこれ以上、無用な心配を掛けてはいけない……。

 俺は姉の手を振り払うと、全力で走り出した。


「え……っ!? ちょっと、ユー君!?」


 空中庭園を抜け、城の回廊を抜け、街に続く外階段を駆け下りる。

 下界の新鮮な空気が吸いたかった。

 ここは空気が薄すぎる。

 息苦しすぎる。


 横目に見える夕暮れは、いままさに太陽が沈もうとする最中さなか

 オレンジ色の空が青と黒に染まり始め、夜のとばりが降りようとしている。

 ぐわんぐわんと揺れる視界の中、ある確かな感触が明瞭めいりょうに脳裏をよぎった。


(……捕まった……)


 ガシリ、と。足首を何かに。

 背後を見る。

 だが、そこには何もない。

 何も見えない、ないのに、確かにいる。


(知って、るぞ……お前……は……!)


 そのままドボンッ! と漆黒の波間に引きずり込まれた。

 水中? 溺れるような感覚に見舞われ、空気を求めてひた喘ぐ。

 そんな馬鹿な。

 ここは夕暮れの外で、足下には地面があるのに。いったいなぜ?

 それが、ただのブラックアウト……

 気絶だと理解する間もなく、俺の思考は奈落の底へと落ちていった。

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