第3話:この病んだ女王達、(愛が)深い!

 かつては多くの戦場を共にして、いつしか背中を預けられる戦友として絆を紡いだ。

 懐かしき戦友ともとの再会はやはり喜ばしい。

 しかし、今日は遊びにやってきたわけではない。

 事の真相を確かめるべく、景信かげのぶは件の書状をすっと取り出した。

 途端にフレインの目がほんの少しだけ見開かれて、そしてすぐに素面しらふに戻る。



「この手紙には国の一大事だ、と書かれていたから慌てて飛んできた。苦楽を共にしてようやく掴んだ平和がまた脅かされるのは俺とて見たくないからな。だけど、これはいったいどういうことだ?」

「……そう、か。そうだな。その書状について真相を語らねばならないな」



 何故かフレインが頬をほんのりと赤らめた。

 目を背けたかと思いきや、時折視線をちらちらとこちらに向けてくる。

 ようやく真相を語られるか、と思えば口篭もり何を言ってるかすらさっぱり景信はわからない。

 時同じくして、クアルド、ラニア、キャロの三名もフレインと同様の反応を取った。

 本当に何がなんだか、状況が把握できていない景信は疑問に顔をしかめる他ない。


「……とりあえず、どういうことか聞かせてくれないか?」

「……そ、それはだな――」

「――、ん? おぉ! そこにいるのは景信ではないか!」

「ん? あぁ、これはこれはグズタフさん。お久しぶりです」


 がっはっはと豪胆に笑いながらこの場に現れた大男の存在に、景信も懐かしさから笑みを返す。

 丸太のように分厚い筋肉に覆われた肉体はさながら鎧の如し――実際に、敵の一撃を筋肉で受け止める、というとんでもな偉業をこの大男は見事成しているから、つくづく人外だと景信は思っていた。


 破岩獣はがんじゅう――これほど彼に相応しい異名はまぁあるまい。

 老将グズタフ……記憶が正しければ齢70を迎えていても、強さと活力は未だ健在のようだ。



「相変わらずお元気そうですね」

「がっはっは! ワシから元気を取ったらただのよぼよぼジジイよ!」

「いやいや、その体躯でよぼよぼって言われても説得力皆無ですからね?」

「違いない――おっと、これから国王になられるのに、この態度では失礼であったな」

「……は?」



 さらりととんでもない台詞をグズタフが口にした。

 さすがに自分の聞き間違えだろう……景信は念のため、グズタフに確認を取る――心なしかフレインを含む女性陣が嬉々とした表情かおをしているのは、きっと気のせいだろう。



「あの、もう一度さっきの台詞そのまま言ってもらってもいいですか?」

「ん? おぉ、これから国王になられるのに――」

「はいそこでストップです――誰が、国王になられるんですか?」

「それはもちろん景信、貴公の他に誰がおるのだ?」

「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 


 予想の範疇はんちゅうをあまりにも超えたグズタフの一言に、景信は酷く驚愕した。

 自分が国王になると聞かされて驚かない人間はまずいない。

 一介の鍛冶師がよもや国王になる……そんな日が訪れるなんて誰が予測できよう。

 いくらなんでも急展開すぎる。景信は事の詳細を、元凶たるフレインに問い質した。



「フ、フレイン! 俺が国王ってどういうことだ!?」

「……まずは貴殿に嘘を吐いたことをどうか許してほしい。だがこれには深い理由があるし、そもそも貴殿だって非があるのだぞ!」

「なんで!? 俺が何をしたっていうんだ!?」



 これにはさしもの景信も追及しなければ気が済まない。

 3年前フレインに対して無礼を働いたことはない、そう自信をもって断言できる。

 当時でも彼女は王族であったし、これでもそれなりの礼儀は弁えているつもりだ。

 接し方についても、フレインから「私には普通に接してほしい」とお願いされている。

 従って、彼女がいう非とやらについて皆目見当もつかない。



「景信よ……貴公は何も理解しておらぬのだな」

「理解もなにも、本当にわからないんだけど……」

「3年前だ!」

「え?」

「内乱が終わって間もない頃、貴公は私になんと言ったか憶えているか!?」

「えっと……なにかあったか?」

「――、本当に憶えてないのだな」

「って言われてもなぁ……」



 なんと言いわれようと、記憶にないものはない。

 すると何故かクアルド達からもじろりと睨まれる。

 本気なの、とそう今にも言われそうな雰囲気に景信は静かに両手をあげた。

 要するに降参だ。いくら考えてみても、この娘達の機嫌を取れそうにない。



「はぁ……3年前、内乱が終わってすぐに我は貴殿に対してこう言ったのだ――“これからずっと我の隣でこの国を再建するのを手伝ってほしい”、とな。そうしたら貴殿はなんと言った?」

「……さぁ?」

「“いや俺一度故郷に帰るから、まぁお前なら大乗だろ頑張れよ~”……貴殿はこう言ったのだ」

「あ~……そんなこと言った、かも?」



 フレインの言葉を聞いても、やはり身に憶えがない。

 それだけ当時の自分には記憶に留めるだけのものではなかったのだろう。

 だが、フレイン達は違ったらしい。

 増々不機嫌さを露わにしていく彼女らに、グスタフだけがげらげらと愉快そうに笑っていた。


 何を笑っているのだろうかこのジジイは……今にも各々が得物を抜き放たんする状況下に立たされる景信の心境は、穏やかとはとても程遠くある。

 フレインも含めてこの娘達はどうも加減というものができない。

 修練の手合わせでも数多くの怪我人が続出して、一時戦力不足に陥ったなんてこともある。

 仕置きと称した暴力沙汰にでもなったものなら、その時は千珠院景信せんじゅいんかげのぶにきっと明日は訪れまい。


 それはさておき。



「それで、俺がどうして悪いことになってるんだ?」

「我のい、一世一代の告白を貴殿は断ったのだぞ! どう考えても重罪であろう!」

「あれ告白だったのか? いや俺じゃなくてもそう聞こえないぞあれだと」



 例え自分でなくとも、そう捉えてしまう者は圧倒的に多いはず。

 だが実際、フレインはあの時1人の異性として思いを告げていたのは事実である。

 長き時が経った現在いまでも、その気持ちが彼女から損なわれていないのは景信も驚きを禁じ得ない。同時に、自分はかなりの幸せ者だとも実感する。

 

 誰に対しても分け隔てなく優しく、戦場に立てば誰よりも武功をあげて士気を高める。

 女性としても騎士としても、これほど完璧な女性は早々見つかるまい。

 葦原國あしはらのくにならばフレインは正に撫子と呼ぶに相応しいだろう。

 それでも景信の結論は変わらない。

 あの時と同じように、女性として想いを告げてくれたフレインに真正面から答える。



「気持ちは嬉しいけど、俺はフレイン……お前の想いには応えられないよ」

「何故だ!? はじめて貴殿を目にした時から我の心は惹かれていた。共に戦場に立ち、背中を預け合うことでその想いはより強いものとなった! 我は……景信、貴殿を心から愛しているのだ」

「フレイン……」

「すべてはこの時のため。私の夫として景信を迎え入れるために、粉骨砕身で国の再建と発展に務めた。かつてよりもずっと豊かになり、人々の顔から笑みの絶えないほどの大国と謳われるほどにまで成長した! それなのに、どうして……!」

「…………」



 なんと答えればよいかがわからない。

 女性を泣かせた、その責任としてフレインの想いに応えることが正しい選択なのか。

 少なくとも景信は、そうは思っていない。

 3年前、はじめて邂逅を果たした時フレインから何か心惹かれるものを感じた。

 それが恋愛なのか、別の感情か――今となってもよくわからない。

 だがあの時の景信はフレインに「微力ながら俺の力も使ってほしい」と公言している。フレインならきっとこの内乱を終わらせ、よりよい国にできる。そのための手伝いをしたい……この気持ちは嘘偽りない景信の本心であった。



「そうですよ景信さん!」

「クアルド……!?」



 ここで傍観していたクアルドが声を上げる。

 声質から察するに彼女もフレイン同様不服を抱えている。

 今度は何を言われるのやら……景信は傾聴の姿勢を整えた。



「私だってずっと景信さんのことが大好きだったんですよ!」

「え? そうなの?」

「そうですよ! さりげなくアピールしてたのに全然気付かないんですもん!」

「え~……」

「アタシだって同じよ!」

「景信様、このわたくしもキャロやクアルド、フレイン様と同じ気持ちです」

「ラニアまで……」

「景信よ、改めて貴殿をこの国に招いたのは他でもない。今度こそ我々の想いを成就するため、愛する貴殿と結ばれるため……改めてここに結婚を申し込む」

「本気か……?」

「本気も本気だ。貴殿は絶対に逃がさん。必ず我々と結ばれてもらうぞ景信よ」



 ここまで凄烈に愛されることを、素直に喜んでいいものやら。

 にこりと微笑むフレイン達は美しいはずなのに、景信の目にはさながら飢えた猛獣のように映っていた。

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