第13話 閑話



 深緑の魔女エメラルド・ベリルの訃報を受けて、迷宮都市、セントラル・エメラルド地区は、森と街の境界にあっという間に防壁が建築された。

 それはアダマント・ペンドラゴンが、ウィザリア大国東側辺境領において絶対的に権限を持つことを、住民に改めて認識させるには十分だった。

 後継の魔女のダンジョン発生は、スタンピードの直結を意味する。

 各ダンジョン地区から最下層の攻略をするクランの代表がエメラルド地区に集結していく。

 スタンピード襲来についての打ち合わせの為だ。

 魔女が亡くなり、二日後にダンジョンが発生してから三日経過している。


「予想なら今日にでもスタンピード発生だろう」


 その言葉を聞いて、エールの給仕をしていたシエラは息をのむ。

 街の酒場にはこの地区の攻略者の上位ランカーがちらほら見える。

 酒の肴として語られる話題は新たに出現した鍵付きのダンジョンの件ばかりだ。

 普段は新人から中堅どころと、それなりの攻略者が客としてくるのだが、現在は数が少ない。いずれもパーティーやクランから、新人は他のダンジョンに潜るように指示が与えられているらしい。

 これは新人が鍵付きのダンジョンに入らないようにの措置だと、客の会話からシエラは耳にした。

 シエラやエメの幼馴染達の姿が見えないのはそのせいだとシエラは思う。

 攻略者となって5年目の彼等は新人のサポートをしなければならないのだ。

 だから現在、シエラの酒場に顔を出しているのは地元の攻略トップクランメンバーの姿が多かった。


「魔女の後継が新規ダンジョンに入ったって? ド素人が入って持つのかどうか」

「エメラルドの魔女に後継なんていたのか。あの人、博愛主義というか、分け隔てなくって感じだったよな。誰だよ後継」

「それが護符屋のエメさんらしいよ」

「はああ!?」

「攻略者じゃないのか!?」

「スタンピード待ったなしか……」

「アノヒト、腕は確かだけど、付与魔法専門だろう!? ていうかスタンピード前に、俺は武器の付与を頼もうと思ってたんだけど!? 護符も欲しかった……まじかよ、鑑定も持ってるから、ダンジョン入ったら危機察知はすぐに習得しそうだし、敏捷重ね掛けとかで逃げようと思えば逃げれるよな!?」

「逃げ切れることができればな……20年前のアクアマリン・ダンジョンなんてそれがいい例だったと言われてるし……でも、あそこは階層がそんなにないダンジョンだ。後継の魔女も攻略者で斥候だっただろ? 踏破済で解放してた旧エメラルド・ダンジョンは、かなり深層ダンジョンだからな」

「まじか~やめてくれよ~エメさん無事でいてくれ~」

「それな! くそー俺がもう少しランクが上で権限もってたら、新規の発生ダンジョン対策会議に出られたんだがっ! エメさんっ……!!」

「お前、嫁いるだろ!」

「嫁は嫁で! いやーエメさんがうちの嫁に恋占いしてくれて、消極的な嫁が俺のアプローチに気づいてくれたっていうー……つまりなんだ、恩人のような」

「わかる、わかるぞ! オレもだ! エメさんに告りたかったが、嫁の可愛さにやられたクチだ!」

「同志よ!」


 シエラの酒場は地元の深層ダンジョン攻略者トップランカーがダンジョンから恋バナに話を流していく。


「しかし、今思えば、エメさん、魔女の素養はあったよな」

「俺は階層超える度に武器の付与を頼むのはエメさんだ。とりえはこの付与魔法だけとか本人言ったけれど。あの付与魔法はなんなんだよ」

「もしかして一階層攻略は案外すぐじゃないのか?」


 そんな攻略者達の会話を耳にしていたシエラの肩を叩くのは、この酒場の大将でシエラの義父だった。


「シエラ」

「お父さん……」


 彼が商業カードをシエラに渡す。

 通話機能になっていた。

 自分の旦那――大将の息子からかと思って手にとってカウンターの隅にしゃがみこみ、耳に当てる。


『……シエラ……』


 ひゅっとシエラの息が短く吸い込まれ一瞬止まった。

 いまこの酒場で、いや、この地区でエメラルドの魔女の後継と噂されている自分の幼馴染の声だった。


「エメ!! 無事だったのね!?」


 小さく本人の声に語り掛ける。


『悪いけど……店、時々、埃とかあったらちょっと掃いておいて……開けなくていいから、あたし、そこに戻れない。エメラルドの家からは出ること禁じられてるから……』

「そ、そんなことでよかったら! 怪我は?」

『うん……大きな怪我はないよ……擦り傷ぐらいはあるけれど……ごめん……こんなこと頼んで……』

「何言ってるのよ! あたしにできることがあったらなんでも言ってよ!」

『ありがたい……持つべきものは幼馴染ね……』


 失恋してやけ酒煽った二日酔いの朝よりも、なお掠れて低いエメの声にシエラは自然と涙ぐむ。


「怖かったよね、エメ、怖がりだもんね」


 カードの向こうから聞こえてくる微かな笑い声も疲れきっているようで、シエラは胸を詰まらせる。


『中層までいけるかわからないけれど……やるだけやるから……じゃあ……』


「エメ!!」


 カードの向こう側はすでに通話機能は終了になっていた。

 シエラの叫びに、その場はシンと静まり返る。

 誰もがシエラに注目する。大将がシエラの持つカードをそっと取り上げる。


「シエラちゃん……エメさんだったのか? いまの」


 あふれそうになる涙をシエラは拭って、頷く。


「エメ……中層までいけるかわからないけどって……ダンジョンには潜るみたい……。逃げないでやる気なのよ……逃げたって、誰も責めないのに、みんな無理だってわかってるのに……遅いか早いかだけなのに……バカだし、無茶よ……エメ……死んじゃう……」


 シエラの呟きは、その場にいる誰もが一度は思った。

 鍵付きのダンジョンの中層階ソロ到達は、過去の例からみても、八割で失敗しているのだから。





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