第7話「で、武器はどれがいい? 全部持ってく?」



 鍵付きダンジョンはエメラルドが亡くなって二日後に出現した。

 早朝に家の近くで大きな振動を感じ、あたしは飛び起きた。

 振動は大きく長かったけれど、このエメラルドの家は落下防止の付与がついていたのか、キッチンの食器が床に投げ出されることはなかったし、エメラルドの本も研究道具も同様だ。

 アダマント様が言っていたとおり、これがダンジョン出現なんだ……。

 玄関を開けて、庭に出ても、ダンジョンらしい入口は見当たらない。

 もう少し、森の方に出現したのだろう。


『深緑の魔女様、大丈夫ですか?』


 スカートのポケットからアレクの声が聞こえる。

 アレクの声は、昨夜渡された攻略者達が使うダンジョンカードからだ。

 この迷宮都市以外では、冒険者カードとかギルドカードなんて呼ばれている。

 あたしも一応護符屋の店長だから身分証明書であり、銀行ギルドと一体化した商業カードは持っていたけれど……。

 学校のダンジョン攻略科に進むと、これを持たされて、実習としてダンジョンに潜る。

 ダンジョン攻略中に不測の事態に面した時は、個々の状況がわかってとても便利らしい。

 魔法使いゴリゴリのパーティーだと、念話があるから、このカードの通話機能はあってもなくてもって話だけど、攻略の為に映像も残せるから、絶対に持ってるとか。

 大きな未踏破ダンジョンの深層階攻略の配信とかもこれで流して研究対象にしてるとか。


「大丈夫よ」

『すぐそちらに向かいますね』


 家の方の左側を見ると、街が見える。

 すでにスタンピードを想定し街を防衛する防壁が見える。仕事速いなー……。

 召喚術師もゴーレムを遠隔操作して防壁の建設を進めているのか……。

 あたしが、ダンジョン中層にまで行くなんて、無理だもんね。


 は~結婚したかったな~。

 せめて彼氏が欲しかった。

 あと、エメラルドと一緒に暮らせばよかった。

 お母さんって、今際の際じゃなく、いつでも、そう呼べばよかった。

 ほんと、後悔ばっかりよ……。


 家の方に視線を向けると、小さなアレクサンドライトが立っていた。

 ……すぐにこっちに来るとは言ってたけど……早すぎない?

 瞬間移動とかそういうのなんだろうな。

 きっとこの子ダンジョンに潜ったことあるんだろう……こんなに小さいのに。

 アダマント様があたしに言ってた「育ちすぎ」ってそういうところかな。

 魔女の後継はこれぐらいからダンジョンに入って当然で、攻略レベルの伸びしろがある方がいいんだろうね。

 それに比べてあたしときたら、婚期も崖っぷちの、しがない付与魔法使いですよ。



「ご無事で何よりです。深緑の魔女様」


「……エメって呼んで『様』なんてガラじゃないから……」

「えっと……じゃあ……エメさん」


 そう言うと、アレクからきゅるきゅるって可愛いおなかの音が鳴った。

 アレクは顔を真っ赤にする。


「ご、ごめんなさい!」


 そうよね、朝早くここまで飛んで駆けつけてきたら、おなかも空くわね。


「おいで、たいしたものはないけれど、朝ごはん作ってあげる」




 アレクに朝食を食べさせて、お昼近くに深紅の魔女と一緒に辺境伯爵様がやってきた。

 確かに二人並んでるとお似合いだわー……。

 辺境伯アダマント様とはダンジョンにまつわる契約もあるけれど、お二人からダンジョンに潜るレクチャーを受ける。

 お二人とも、学校でも時折教鞭をとっているようで、とてもわかりやすい。

 攻略科の一年生に教える初歩的なものみたいだ。

 休憩を挟んで、持っていく道具の確認や使い方を教えてもらう。

 ダンジョン攻略者が着るような服に、ローブなんかも用意してもらった。

 深紅の魔女が一つのリュックをアタシの前に置く。


「だいたい、中に入ってるから確認して」


 リュックを開くと、黒い空間になっている……これ……アイテムボックスとかいうやつ?

 商人でも使う人はいる。大型商品を取り扱う人は、一つは絶対に持ってる。

 あたしは護符屋だし店舗での営業しかしないから、こんなの必要なかったけれど。


「あと、ダンジョンカードもそこに保管しておくといいわね」


 深紅の魔女様の言葉に、ポケットからダンジョンカードを取り出すと、彼女はそれを渡すように指先を振るので、渡した。

 二人はダンジョンカードを一緒にのぞき込む。


「思ったより魔力の数値はあるな。ラピスラズリは何もなかったから」

「エメラルドが目をかけたのよ。素養はあるに決まっているでしょ」

「だが物理攻撃が低い」

「その分、回避は高いんじゃないの?」



 お二人が言うには、あたしって、従来のダンジョン攻略パーティーでいえば、後方支援型に属する数値なんだとか。

 そしてこのカードは特別仕様で、カメラも付いてるんだって、モンスターと戦闘に入っても、アイテムボックス内で映像が撮影できるらしい。他にもマッピング機能や、暗い階層ではカンテラやライトの代わりに光源にもなるとか。とにかくダンジョン潜るまではそれに触れて使い方を覚えろと言われた。

 これはアダマント様がランク上位の攻略者達に対して貸与の形で渡していて、一般にはあまり出回らない。

 攻略中に亡くなる人だって普通に出てくるから、そういう映像だって撮れてしまう。ダンジョン攻略科の一年がそんなの見たらビビッて転科とかする子も出てくるだろう。


 エメラルド・ダンジョンは鍵付きで魔女しか入れない……。

 アダマント様がエメラルド・ダンジョンを攻略するとしたら、スタンピード後だ。

 つまり鍵である魔女……あたしがダンジョン内で死んだ時。

 その時の為に攻略の資料が必要というところだろうか。


「で、武器はどれがいい? 全部持ってく?」



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