エメラルドはダンジョンの鍵
翠川稜
第1話「え⁉ エメ、また振られたのかよ」
どうしてこうなった……。
カウンターに突っ伏したあたしに同情の視線を向けるのは、同じ孤児院出身のシエラだ。ダンジョン攻略者達がその日のシノギに歓喜し、疲れを癒しにくるこの酒場の看板娘。
引く手数多で、言い寄る男が引きも切らない。
実際とてもいい娘だから、すでに結婚してますけれどね。
結婚二年目の若妻を酒場に通わせるなんて、どんな甲斐性なしだよ? と周囲の男どもがわーわー言ってたけど。
勤め先の酒場は、旦那の実家だから。
それでもって、シエラ自身が。
「あら、だって、あたし、みんながお酒飲んでるところ見てるの好きなの、元気で楽しそうで、だから旦那にお願いしたのよ?」
と小首をかしげて、そうのたまえば、だいたいが脳筋のダンジョン攻略者なんてイチコロですよ。「うおおおおお!! シエラちゃーん! ばんざーい!」の喝采がやんや、やんやですよ。
かー、くっそ羨ましい。
モテるから羨ましいってものあるけど、結婚してるってのが羨ましいのよ!
ああ、やっぱり女は見た目よね。
いえね、あたしもね、決して、決して、目も当てられないような不細工でもない……はずなのに……。
深緑の森を思わせる瞳って、シエラに言われてるぐらいは、容姿だって褒められるところも少しはある……はずなのに。
どこがダメ? 愛嬌? 告る度胸か?
「どうしたーエメ。付与魔法が失敗したとか?」
「誰かに占ってやった占いがはずれたとか?」
比較的若い連中が声をかけてくれる。いずれも同じ孤児院出身の攻略者達だ。
いずれも既婚者か彼女持ち。
おまけに同じ孤児院で育つと、家族のような感じになって、恋愛には発展しない。
口の悪い兄と弟がたくさんいる感じよ。
「付与魔法も占いも絶好調よ、絶好調だからこその、この状態と思って」
シエラの言葉に連中は頷く。
「つまりは、いつものか」
「ええ、いつものよ……」
シエラの言葉に、一人が声をあげる。
「え⁉ エメ、また振られたのかよ」
やかましいわ! 誰だ! 今、あたしのメンタル確実にえぐったの誰だ!?
「あほじゃないの? いいと思ったら告っておかねーと、相手がダンジョン攻略者ならなおさらだろ、俺等の親みたいにいつダンジョンで命を落とすか、わかんねーんだし」
「そうそう、ここはダンジョンの国と呼ばれて名高いウィザリア王国東側辺境伯爵領だぜ?」
ウィザリア大陸のウィザリア王国東側辺境伯爵領。
迷宮都市とも、ダンジョンの国とも呼ばれている。
ダンジョンを攻略し踏破した者にはアダマント・ペンドラゴン辺境伯爵様からダンジョンマスターの称号を認められ、踏破したダンジョンを領地のように譲り受け、西側や他国の貴族にも劣らない富が約束される。それゆえに、ここの領民……住人の生業がダンジョン攻略者として圧倒的な割合を占めている。
けど、ダンジョン攻略は命と天秤にかかる職業。
巨万の富はロマンだろうけど、住民の全員が攻略者ではない。
衣食住の商いはもちろん、迷宮都市の治安や行政なんかも職業としてある。
たとえば、あたしは孤児院出身で親をダンジョンで亡くした子供だ。その孤児院の運営も辺境伯爵様が取り決めた施政のもとで管理されている。
そんなあたしでも、孤児院を出てまっとうな職にありつけるぐらいには、いろいろと施政がしっかりしてると思う。
文化水準はウィザリア大国の西側や、他国よりも、進歩的かもしれない。特に同じ国なのに、西側なんて100年、いや、200年ぐらい遅れてるって言われている。
これも全部、辺境伯爵様のお力によるもの。
ちなみに、あたしの職業は護符や雑貨を扱っている店舗の店長2年目。
店長代理として雇われているけど、攻略者相手に販売する護符を作ったり、時には依頼で武器や防具に付与魔法を施したり、あとは若い女の子からも人気はあるの。恋占いとか、すっごく当たるって評判を貰ってる。
ここにいるシエラだって、今の旦那と上手くいったのは、あたしの占いのおかげって言ってくれてるんだけど……。
「安定のいつもどおりの結果のようよ。武器に付与魔法をかけて欲しいと武器を持ち込んできた攻略者に片想いしたのはいいけれど、見てるだけで胸いっぱいになっちゃって」
「ああ、そして、恋占いにやってきた女子がその攻略者といいことになってしまうという……アレか」
「それよ」
だって、だって、可愛い子だったし応援したいし、告白したいけど勇気がでないとか言われちゃったら、占いでアドバイスするしかないじゃないの。お金ももらってるし。
それに、やっぱカッコイイ人はダンジョンで命散らすなんてことはやめてほしいわけで、武器や防具に頑張って付与魔法をがっつりつけて、無事の生還をしてほしいじゃないですか。
けど、あたしの目の前で告白してハッピーエンドとか、なんなの?
それ。ありなわけ?
「あんまり、言いたくはないけど、この迷宮都市じゃ結婚はだいたい、他所の大陸の国のお貴族様達と同様、女なら婚期は10代後半だぜ? エメはいくつになったよ?」
「オレ知ってる19」
「……やべーな、エメ、崖っぷちじゃねーの」
そうよ、やべーのよ、まさに崖っぷちです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます