5.変わったら変わったでちょっと怖い……

「エヴィ、おはよう」


 はぁ。


 待ち構えていたエドワードを見て、思わずため息が出た。


 行きたくないと駄々をこねたけど失敗に終わって、ユーリックに手を引かれながら渋々階下に降りたら待ってた。迎えに来るって言ってたけど、本当に来るとは思わなかった。


「ごきげんよう」

(はぁ、ほんとにいるなんて)


「今日も美しいね。これから毎日迎えに来ようと思うんだが、どうだろう?」


 冗談じゃない。毎日エドワードと一緒に登校なんて。


「エドワード様はお忙しい身なのですから、そんなことなさらずとも結構ですわ。学園までは専属騎士が2人もおりますし、学園に着けばわたくしにも友人がおりますので」

(なんていうか、過保護じゃない? レイリーとユーリックがいるし、着いちゃえばルリミエもリーチェもいるから大丈夫だって)


「そうか……。なんだか寂しいな」


 そう言いながら、エドワードは私のことをじっと見つめた。


 その表情は本当に寂しそうな顔をしていて、いつもの王子スマイルの微塵も感じられない。どうしてこんなに人間味があるというか、完璧じゃない姿をエヴァリアに見せるようになったのだろう。


 原作では、エドワードのこの表情を見れるのは聖女であるプレイヤーだけだったのに。


「エドワード様、そんなお顔もされるのですね。わたくし初めて拝見しましたわ。学園でもいつでも会えるのですから、そう気を落とさないでください」

(くぅ~、寂しそうなその憂いを帯びた表情もまたイケメンで、目に毒! どうせすぐ会えるんだし、寂しがらなくたっていいのに)


 私がそう言うと、ふっと微笑んで一つコクンと頷いた。


 それがとても子供じみた動作で、本当にエドワードかと疑いたくなるほどだった。


「それではそろそろ学園へ連れて行って下さらない? いくらわたくしとエドワード様でも、遅れていくのは申し訳ないですわ」

(わかったから、そろそろ学園に行かないとさすがにマズイでしょ)


「そうだな。では参ろうか」


 エドワードにエスコートされ、馬車へと乗り込む。


「お嬢様、気をつけて行ってらっしゃいませ」


 家中の者が見送りに出て頭を下げている。私が戦場に向かうような面持ちで見送られ、余計に気が滅入った。



―――――



「エヴァリア様! おはようございます!」


「エヴァリア様、今日も麗しゅうございます」


「エヴァリア様の美しさに、空模様も祝福しているようですわ」


 馬車を降りると、ルリミエやリーチェをはじめとした、エヴァリアを慕う生徒がずらりと並んで私を待っていた。デジャヴ……。


「ごきげんよう。皆さん、お早いのね」

(お、おはよう)


「エヴァリアのこと、みんなで待ってたんです」


「そうですわ。私達、エヴァリア様のことが大好きですもの」


「まぁ! エヴァリア様はエドワード王子と一緒にご登校だったのですね。素敵ですわ!」


「エヴァリア様、こちら今までの授業の写しですわ。ぜひ、お使いください」


 待ち構えていた令嬢達に取り囲まれ、お祭り騒ぎのような賑わいになってしまった。


 レイリーとユーリックに目配せをすると、レイリーはウインクをして、ユーリックはぺこりとお辞儀をした。レイリーは絶対この状況を面白がってる。他人事だと思って!!!


 はぁ。これじゃ本当に悪役令嬢とその取り巻きじゃない。


 でもこれが彼女達なりの行動なのだろう。私が久しぶりの学園で浮かないように、寂しくないように、普段通りで居られるように。……山田ハナコはそんなことを気にするような年齢でもないんだけど、彼女達の一生懸命さを素直に喜んであげよう。


「では皆さんで参りましょうか」

(ほらもう行かなくちゃ。いつまで喋ってるの)


「そ、そうですね。行きましょう」


「皆さん、それではエヴァリア様が歩けませんから、道を開けてください」


 ルリミエとリーチェが言うと、令嬢達はさっと道を開けた。


 花道のようになったその先に、ワカナがいた。私を真っすぐに見つめている。王城でのあの出来事が思い出されて、寒気がした。


 と、エドワードが私の肩を抱いた。えっ? 見上げると、いつもの王子スマイルじゃないスマイルでワカナを睨んでいた。ちょっと不穏な顔をしているのに、私は心臓が早くなった。エドワードが触れている肩のところが熱い。ってこんなこと気にしてる場合じゃないでしょ!


「高橋嬢、何か御用でしょうか」


 あれ? エドワードって、ワカナのことを呼び捨てで呼んでなかったっけ? なんだか他人行儀な感じ。呼ばれたワカナも驚いているようだ。そしてすぐに、ほんの一瞬だけ無表情になって、すぐにしおらしい笑顔を見せた。


「エヴァ……あ、レトゼイアさん。あの、お城で私を助けて下さったと聞きました。学園にも来られなかったので、お礼を言うのが遅くなってしまってすみません。本当にありがとうございました」


 そう言って、頭を下げるワカナ。私の周りの令嬢達は困惑の表情でワカナを見ている。


「それで、あの、私はこの世界に来てまだそんなに経ってないじゃないですか。だから礼儀とか、魔力の使い方もまだ上手にできないです。なので、礼儀作法も魔力の使い方も上手なレトゼイアさんに教わりたいなって思ったんですけど、お願い」


「お断り致しますわ」

(やだよぉ)


 あっ。心で思ってるだけのはずが、声に出てしまっていた。ワカナはまだ喋ってたのに。食い気味に断ったように思われちゃうじゃん……。感じ悪ぅ……。


「教えて差し上げたいのは山々ですが、あの日王城で起きたことを思い出しますと、わたくし怖くて怖くて……」

(いやぁ、無理だよ。あなた私のこと嫌いでしょ? 絶対一緒にいない方がいいから)


 するとワカナは目にいっぱいの涙を溜めて、うるうるとした瞳で力なくこちらを見つめた。これがか弱いヒロインというやつか。守ってあげたくなる態度というやつか。


「そんなこと言わないで。……ねぇ、エドからもお願いしてくれない?」


 私ではなくエドワードを落とす作戦に変更したようで、今にも零れそうな涙いっぱいの目を、エドワードに投げている。


「…………」


 なにか言いたそうな顔をするものの、何も言えないでいるエドワード。


 ずっとエドワードだけを見つめ続けるワカナ。


 これじゃ、らちが明かなそう。


「失礼、わたくしに向けた頼み事ですのに、どうしてエドワード殿下にお聞きなさるのかしら。殿下は関係ありませんわよねぇ? それに、他人様ひとさまの婚約者を愛称で呼ぶような方はちょっと、ねぇ?」

(エドワードに取り入って自分の思い通りにしようとしてるの、バレバレだよ)


「そうですそうです、関係ございませんわ」


「エヴァリア様の言う通りですわ」


 私の言葉に、周囲の令嬢が同調してくれている。ね、ちょっと、気持ちはありがたいけど、これじゃワカナをいじめてるみたいじゃない。


「甘いお菓子と、血がしたたるステーキは、同時に食しませんでしょう? わたくしと高橋嬢も同じですわ。もう一度、お伝えしますわね。わたくし、この話はお断りします」

(私とワカナはどう頑張っても仲良くなんてできないんだから、関わらない方が絶対にいいって)


「私がこんなに頼んでるのに聞き入れてくれないなんて、レトゼイアさんは心が狭くて甲斐性なしの人なんですね! そんな人だと思いませんでした! もういいです!!!」


 ヒステリックのように叫ぶと、ワッと駆け出してしまった。その後ろ姿を呆然と見送る、私達。


「……エヴィ、そろそろ行こうか」


 いち早く我に返ったエドワードが私を促した。


「ええ、そうですね。皆さんも一緒に参りましょう」

(あ、うん、そうだね)


 ハッと気がついて、ゾロゾロと歩き出した。


 ワカナのあの態度はなんなんだろう。原作のシナリオにはあんな行動はなかったはずだ。


 私が、エヴァリアが原作と違う動きをしたから、みんな予想のつかない事態になってしまったのだろう。もうこれはそうだと断定するしかない。


 でもきっとキャラクターの性格や、ロジックはあんまり変わらないはず。まだ原作を知ってるから回避できたりすることがあるはずだ。


 そう自分に言い聞かせながら、教室へと向かった。

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