3.素敵なお茶会だと思ったのに……

わたくしの快気祝いと復学祝いのパーティーに来てくださって、本当に嬉しいですわ。準備したルリミエはわたくしの一番のお友達ですわ」

(なんでみんな、そんなに目を輝かせているの……)


 ルリミエが開いたティーパーティーで、私は挨拶をしていた。今日起きてからあっという間の出来事で何が何やら。


「いえっ、そんな、光栄です。こんなに素敵なお庭とお茶まで用意してくださって、本当にレト…エヴァリアは心優しい大切な友人です」


 恥ずかしそうに返したルリミエ。


 そう、このお茶会はレトゼイア邸宅の庭にて行われているのだ。


「こちらはカーディアン家のシェフ一番のお菓子、スミレのゼリーです」


 そう言ってルリミエはお皿を差し出した。目の前には透明感のる薄紫色のぷるぷるが、日の光を反射してキラキラと光っている。ぷるぷるの中には可憐なスミレの花がいくつも咲き誇っており、スミレの花畑を閉じ込めたように見えた。


「アテロス家からはベリーのマカロンをお持ちしました」


 水色、ピンク、黄色、オレンジ、緑と様々な色のマカロンタワーを指して言ったのはリーチェだ。マカロンから香るふんわりとした甘い匂いが、私を食べてと誘惑してくる。


「ウェルター家からは自慢のプディングを―――」


「カーター家からは―――」


 令嬢達が次々に自分達が持ち寄ったお菓子の説明をしている。私は微笑を浮かべながら、その説明を真剣に聞いているフリをしていた。


 混乱する頭をなだめながらこのお茶会に至った経緯を思い出す。


『お嬢様、いつまでお休みになりつもりですか? 本日はルリミエ・カーディアン様達とのお茶会ですよ』


 そうやってイリナに起こされたのが、つい数時間前。ルリミエとお茶するなんて約束、した覚えが全くなかった。初めてできた友達なのだから、そんな大事な約束だったら覚えているはずなんだけど。


『お嬢様が元気になったことと、また学園に通われるお祝いだなんて、お嬢様思いのご友人様が多くて、本当に嬉しいです! 今日のために、美味しい紅茶の茶葉を頼みましたので、楽しんでくださいね』


 そう言ったメイの言葉で思い出した。


 エドワードが訪れたあの日、私のお見舞いに来ていたルリミエがお茶会を開こうと言っていた、と。友達想いのルリミエは、私が久しぶりの学園生活で浮かないように、復学前に他令嬢と交流しておくことを提案したのだった。


「エヴァリア様の体調が回復されて本当に良かったですわ」


「ええ、また学園でご一緒できるなんてとても嬉しいですわ」


 お茶会では主催が招待客への手紙や、会場から飲み物、食べ物、飾り付けなど全ての準備を行うのがふつうだ。でも病み上がりの私を心配したルリミエは、参加者への招待状は任せてほしいと言ったのだ。それに私の負担になるだろうからと、参加する令嬢それぞれが自慢のお菓子を持って来る、なんてことも付け足した。


 だから、今開かれているパーティーは、そんな慣習を破った型破りのパーティーになっている。貴族は伝統を重んじるため、そういったことは本来好きではないはずなんだけど、レトゼイアという大きな後ろ盾がある時は別だ。


「本当に美味しい」


「素敵なシェフをお持ちなのね」


 令嬢達はお菓子の感想や、庭の美しさについて褒め称えている。レトゼイア家のシェフの料理だって美味しいけど、令嬢達が持って来たお菓子はどれも本当に美味しい。


「こんな素敵なティーパーティーになるなんて、嬉しい限りですわ」

(こんなことばっかりして、のんびり幸せに生きられたらいいのになぁ……)


「本当に、エヴァリア様のおっしゃる通りですわ。こんな素敵なティーパーティーにご招待いただきましたこと、心から嬉しく思っているんですよ」


「本当にそうですよね。こんな素敵なティーパーティー経験したことないです」


「私もです」


 口々に賛同する令嬢達。それが少し、恥ずかしいけど嬉しい。


 たまにはこんな日があったっていいじゃない。嫌でも学園に行かなくちゃならないんだし。こうして、仲の良い友人や、私のことを認めてくれる人とだけ、穏やかに過ごしていたいのにな。


「これからも仲良くしてくださいね」

(ありがとう、嬉しいな)


「もちろんですわ」


「ええ、もちろんで、……」


「…………」


「……?」


 どうしたのだろう。みんな一斉に黙って、私を見ている。その表情はさっきまでの和やかなものではなくて、緊張でピリピリしている。


 正確には、私の、……後ろ?


「やあ! 楽しそうな茶会だな。我も混ぜてくれ」


 その声を聞いてわかった。でも後ろを振り向きたくない。


 だって、そんなこと、ある?


 いくら大貴族だと言ったって、隣国の王子がわざわざ来る?


 何しに来たのよ! もう!


「エヴァリア、ご友人の皆さん、招待状もないのに突然伺ってすまない」


 この声はエドワードだ。この国の次期国王が案内人なんて。


 はぁ…………。


 椅子から立ち上がり、後ろを振り向いた。


「おぉ、エヴァリア嬢、今日は一段と美しいな」


 目の前にはラジア、その隣にはエドワード。


 ラジアは楽しそうな無邪気な顔で、エドワードは王子スマイルを貼りつけているものの、どこか不機嫌なようだった。


「お褒めいただき、ありがとうございます。ウィジャラ王国のラジア王子と、エドワード殿下にご挨拶を申し上げます」

(なんで来たのよ……)


 私が挨拶をすると、背後でざわめきが広がった。そして数秒遅れて、全員が立ち上がる音。その間私は頭を下げ続けているわけで、ラジアでもエドワードでもいいから何か言ったらどうなのよ。


「そんなにかしこまらずともよい。今日は、そうだな、一緒に学ぶ友人として接してくれ」


 ラジアが人懐っこい笑顔を浮かべて、柔らかい口調でそう言った。


 隣国の王子よ? 機嫌を損ねたら外交に響くかも、と思ったらそんな友人に対するような態度なんて絶対取れないわよ……。


 あーあー、みんな固まっちゃってるじゃない。


 ちらりとエドワードを見る。


「……エヴァリアは、ラジア王子がこの国に来て最初に会った人物の1人だから、親睦を深めたいらしいのだ。学園で、そなた達がエヴァリアのために茶会を開くと小耳に挟んでな」


「エドワード王子、細かいことはいいじゃないか。なんといったか、……そう、サプライズゲストだ」


 そう言って1人笑うラジア。楽しそうなのはラジアだけだ。困惑と怒り?が滲むエドワードと、どうしていいかわからず固まる令嬢達。


 さっきまでの幸せな時間を返してほしい。本当に。


「菓子も用意したぞ」


 ニコニコと笑うラジアを帰らせることなんてできそうになかった。


「……わかりました。今、椅子を用意させますので少々お待ちいただいてもよろしいですか」

(なんで来たのよ……。早く帰ってほしいのに……)


「構わん。サプライズで来たからな。それくらいは大目に見よう」


「寛大なお心、ありがとうございます」

(勝手に来ておいてなんなのよ)


 はぁ……。


 気づかれないよう、もう一度ため息をついた。

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