2.身支度って大変なんだね……

「……こんなものを私に食べさせるつもりなの?」

(ちょっと待って。これはさすがに、若くてもムリでしょ……)


 部屋に運ばれてきた料理を見て、私は絶句した。


 イリナに言われて、エヴァリアの記憶を辿っていると、部屋にテーブルが持ち込まれ、真っ白なクロスがかけられた。今が15歳の誕生日目前の時期だということを思い出しながら黙って見つめていると、その清潔な布の上に並べられたのは、赤々とした肉料理だった。ディナーで食べるような濃厚なソースの匂いが漂っている。寝起きの胃袋には強烈すぎる。


「お、お気に召しませんでしたか? こちらは子羊、そちらが以前お嬢様がお気に召していた子牛、その向こうが子豚なのですが」


「私の食べたいものも把握できないなんて、使えないメイドね」

(料理の説明じゃないってのが斬新なんだけど……。美味しそうだけど朝はムリ……)


「もっ、申し訳ありません……!」


 土下座でもしそうな勢いでメイが謝り倒している。どうやって伝えたら別の物に取り換えてもらえるだろう。


「こんなもの、食べられないわ。もっと口当たりが良くて、軽いものを用意しなさい」

(これはディナー用ですよね? 朝ご飯って、もっとこう、胃袋に優しいものがいいんですけど)


「かっ、かしこまりました!」


 私がそう言うと、メイは慌てた様子で皿を下げ、部屋から逃げ出した。


 エヴァリアはいつもあんな重たそうな朝ご飯を食べていたんだろうか? 悪役令嬢の日常なんてゲームでは描かれていなかったから、本当のことはわからない。食べていたとしたら、とんでもなく強靭な胃袋の持ち主だ。考えただけで胃がもたれてくる私とは大違い。


 それにしてもこんな朝ご飯を出すなんて、レトゼイア家のシェフは一体どうなっているんだろう。サラダとか、トーストとか、シリアルとか、スープとか、そんなものが朝食に相応しいと思うのだけれど。


 それとも、私が知らないだけで、今のがこの世界の標準的な朝ご飯なのかな? 


 仕事に追われていた現実では、ゼリーや栄養ドリンク、カ〇リーメイトなんかで済ませていた。だから誰かが作ってくれた食事が並ぶだけだって、本当はありがたいことなんだけど。でもきっと、食べたら体調を崩してエドワードに会うどころの話ではない。


 エヴァリアの婚約者、エドワード・イグラント。彼は聖女伝説でも一番出番の多いキャラクターで、この国の第三王子だ。レトゼイアと政略結婚をすることで地位を確立させようと目論んだのは、エドワードの母で彼女があれやこれやと手を回していた。その結果幼かったエヴァリアが「王子様」という響きに憧れて両親に彼との婚約をねだったのが決定打となり、婚約に踏み切った訳だがエドワードからしてみればエヴァリアのことなんて元々ヒトカケラだって興味を抱いていないのだ。


 エヴァリアは何かにつけてエドワードとお茶をしたり、花を贈ったり、好意を全面に出して押していたけれど、優しく微笑む甘いマスクのエドワードは内心なんとも思っていなかった。誕生日だけはさすがに婚約者という立場上プレゼントを贈ってくれたが、何一つ特別なことをしてはくれなかった。


 エヴァリアの記憶を辿っていたら、無性に腹が立って来た。なんでエヴァリアはこんなに冷たくされているのに、エドワードのことを信じ切って追いかけたんだろう。エドワードにちょっかいを出す令嬢たちや聖女に意地悪をしまくって、そのせいで悪役令嬢認定されたのに当のエドワードは庇ってなんかくれなかった。


 確かにエドワードは中世的な美しさと、洗練された言葉選びと、完璧な礼儀作法と、それまで何にも興味を抱かなかったのに聖女にだけは一途に追いかける姿が、ゲームの中では格好よく見えたけど。今の私は聖女ではなく、悪役令嬢のエヴァリア・レトゼイアなのだ。


 あれだけエヴァリアがあの手この手で迫っても落とせなかったんだから、私なんかにエドワードが攻略できるわけがない。エドワードに好きになってもらうより、嫌われた方が楽だったりして。


「お嬢様。それではお支度をさせていただきます」


「朝食が済んでいないのにおかしなことを言うわね」

(ちょっと、まだご飯食べてないんですけど!?)


「これ以上押しますとエドワード様を大変待たせることになってしまいますので」


「いいじゃない、ちょっとくらい待たせたって」


「そういう訳にはいきません。相手は王子なのですから」


 私の抗議の声なんてものともせず、イリナが何人かのメイドを連れて支度を始めてしまった。一向に帰って来ないメイを思うと、最初から仕組まれていたのかもしれない、なんて思ってしまう。あの食事を食べるしか、最初から選択肢がなかった……? だとしたら、ノベルゲームらしく、選択肢を出しといてよね!!!


 ぐうぐう鳴る私のおなかを無視して、メイドたちはテキパキと服を脱がせ、湯に入れ、身体をマッサージして、髪を梳き、また服を着せていく。着せ替え人形ってこんな気持ちなんだろうか。一つ一つの作業を丁寧にされていると感じる。ギリギリまで寝て、爆速で顔を洗って化粧と呼べない化粧を施して家を出ていたあれは、身支度とは言わないのかもしれない。


 なんでもやってもらえてラクではあるけど、同性とはいえこんな人数の人に裸を見られて少し恥ずかしかった(エヴァリアのプロポーションは15歳にもなっていないのに完璧だった)。何もせず、ただ身を任せているだけで完全な姿の美人ができあがった。化粧もしていないのにここまでとは。またもやまじまじと鏡に見入ってしまう。


「さぁ、ここからドレスとお化粧をしますからね」


「さっさとなさい。あんまりモタモタされると気分が悪いわ」

(へっ? まだあるの? もう疲れたんですけど……)


 さっきよりも一層テキパキと動き出すメイドたち。動画の1.5倍速を見ている感じ。


 ふと、時間が気になった。今は一体何時なんだろう。お風呂に入って髪を乾かしただけで結構な時間が経っているんじゃないだろうか? 現世ではあんなに時間に追われて一分一秒を争っていたのに、今の今まで気にしなかったなんてなんだかおかしい。


 今が何時か、エドワードは何時頃来訪するのか、イリナに聞いてみたかったけど、また口を開くと思ってもない言葉が飛び出て、きっとややこしくなるから諦めた。


 YouTubeのおススメ動画を流し見している感覚で、空腹を抱えながら目の前の光景をぼんやり眺めることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る