青球〜美少女エースと車椅子マネージャー〜

六野みさお

第1章 入学編

第1話 美少女天才ピッチャーあらわる

「みなさん、ただ今より新入生の入場です! 拍手でお迎えください!」


 そう僕は言って、くるりと車椅子を一回転させた。


 十人の一年生たちが駆け足でグラウンドに入ってくる。二年生、三年生が六人ずつであることを考えると、かなりの増加だ。やはり去年の好結果が影響しているのだろう。


 でも、今年の一年生たちには、一つ圧倒的にいつもと違う点があった。それは一年生たちの先頭に集約されていた。


 そこにはユニフォームを着た美少女がいた。


 彼女はショートヘアをステップに合わせて揺らしながら、無駄のない動きでこちらに走ってきた。僕は前からその子を知っていたけれど、やはり彼女はユニフォームを着るべきだ、と改めて感じた。彼女の美しさは、野球のユニフォームに身をまとうと、さらに際立つのだ。


 上級生たちはもう彼女に釘付けで、僕としては見苦しいことこの上なかったので、僕はパンパンと手を叩いて、上級生たちをこちらに注目させた。


「えーと、じゃあ今から、一年生への歓迎セレモニーを始めます。まず、僕は一年生のみなさんが、このような田舎の弱小野球部に入部してくれたことを深く感謝します。僕たちは未熟な先輩ではありますが、どうかこれからよろしくお願いします」


 僕は一年生たちに向かって、下げられるだけ深く頭を下げた。


「おいおい中海なかうみ、何をそんなに謙遜してるんだ? 俺たちの去年の成績を忘れたのか? ベスト4じゃないか!」


 上級生たちの列の中央あたりから、野太い声が聞こえた。桐原きりはら部長だ。


「県大会ですけどね。全国大会なら、まだ誇れますけど……」


 やれやれ、と僕はため息をつく。これでは今年も全国に行けないぞ。


「それはともかく、まずは自己紹介です。部長から順番にお願いします。では前にどうぞ」


 桐原部長、僕にとっての桐原先輩は、小走りで僕の横に進み出た。でも、彼は一年生たちの方を向かず、僕に視線を向けた。


「ちょっと待てよ。最初に自己紹介するのは中海でいいんじゃないか? この場の司会者なんだし」


 確かに、桐原先輩の言うことももっともだ。まあ、僕の自己紹介なんてそんなに長くはならないだろうし、最初にやってもいいだろう。


「一年生のみなさん、改めましてはじめまして。もう知ってる人もいるかもしれないけど、マネージャーの中海智なかうみさとしです。よろしくお願いします」


 もう一度、一年生たちにできるだけ深く頭を下げる。頭を上げて、桐原先輩に視線を向け、無言で発話者の交代を促す。


「俺は桐原幹太きりはらかんただ。近山高校野球部の部長をしている。みんなと一緒に楽しく強くなりたいと思う。どうかよろしく。じゃあ、次は利尻りしり行ってくれ」


 桐原先輩が列に戻り、利尻先輩が代わりに前に出た。


「よーし、お前ら、俺は副部長の利尻だ。……」


 こんな感じで上級生たちの自己紹介は進んでいって、すぐに十二人分が終わった。


 僕は一年生の方を向いた。一年生たちはそれぞれ、いろいろな表情をしている。緊張しているのもいれば、自信に満ちあふれているのもいる。


「じゃあ、次は一年生に自己紹介をしてもらうよ。まず烏野からすのから」


 烏野、つまりさっき上級生たちの視線を奪った美少女が、迷いなく前に進み出る。


「はじめまして。烏野蘭からすのらんです。ピッチャーをやっています。今日の目標は、利尻先輩からエースの座を奪うことです。よろしくお願いします」


 そう烏野は言って、まるで普通の自己紹介をしたかのように自然な様子で列に戻ろうとした。


「ま、待て! てめぇ、今のは聞き捨てならん! 俺をなめているのか!」


 利尻先輩はやはりすぐに逆上して、烏野の方に向かっていった。だが、烏野は間髪入れず、澄まして答えた。


「はい」


 烏野は全く動じていなかった。僕たちは揃って息を呑んだ。乱暴な利尻先輩を怒らせたら、どうなるかわからない。


 利尻先輩は顔を真っ赤にして烏野に詰め寄った。

 

「なんだと! やるのか!」

「ぜひやりましょう」


 烏野はにっこり笑って応じ、利尻先輩は案の定、烏野に飛びかかった。


 だが、烏野は利尻先輩の一撃を後ろに飛び退いてかわすと、全速力で逃げ始めた。


「ひええーっ、やめてください! 違います、私は先輩と殴り合いたいわけじゃないんです!」


 いや、少なくとも僕には、そうとしか聞こえなかった。他の部員たちもそうだと思う。


「それなら、はあ、何を、はあ、やるってんだ!」


 もう息が上がっている利尻先輩が、走りながら途切れ途切れに聞いた。


「簡単ですよ。私たちは野球部でしょう。野球で勝負するんです」


 烏野は涼しい顔でそう言った。


「上等だ! おい桐原、ボールをこっちによこせ! グローブもだ!」


 利尻先輩は桐原先輩からボールとグローブを受け取ると、勢い込んでマウンドに向かった。烏野もそれを見て、自分の荷物置き場に向かう。

 

 烏野がグローブを持ってホームベースの後ろに座ると、利尻先輩はビシッと烏野を指差して宣告した。


「よし、烏野、それなら俺の本気の球を受けてみろ! いいか、俺の球は……」


 利尻先輩は大きく振りかぶり、


「……こんなに早いんだぞ!」


 ボールを投げた。


 次の瞬間、パーンと音がして、ボールは烏野のミットに収まっていた。


「えーっ、こんなのしか投げられないんですか? 全然ですね、先輩」


 烏野は肩をすくめて、こう言い放った。


「よく言うな! それならお前が投げてみろ!」


 利尻先輩は大股でバッターボックスに向かい、烏野と交代した。


 烏野は無言で振りかぶり、その右手からボールを飛び出させた。


 バーーーン、と、さっきよりも重いミットの音が、さっきよりも長い反響を伴って聞こえた。


「…………」


 利尻先輩は沈黙していた。


「あれ? どうしたんですか、先輩?」


 烏野の軽い煽りを聞いて利尻先輩はゆっくりと立ち上がったが、僕には利尻先輩があまりにも速い球を受けたために手がしびれているということがわかった。


「くっ、覚悟!」


 利尻先輩は、なぜか悲壮な顔で烏野に突っ込んでいった。烏野は迷惑そうに利尻先輩の大振りなパンチをかわすと、利尻先輩のみぞおちにきれいなストレートを入れた。


「はあ、全く、みなさんはよくこんな乱暴なピッチャーで、ベスト4になれましたね……」


 烏野は地面に倒れた利尻先輩を見下ろしながら、失望したように言った。

 

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