4 城崎フィーバーナイツ


 がっかりしながら脱衣所で服を着て一階の大広間に行くと、すでに3人はまったりとくつろいでいた。

「遅かったね?」

「それほどでも。なんだかがっかりしてさ」

「えぇ?かなりいい風呂じゃなかった?」

「うん。男湯の方も色々といっぱいあったしいい風呂だったよ。実はさあ、…」

 俺が事の顛末を話そうとした時、上娘が叫んだ。

「あぶない!」

 上娘は、同じ大広間でハイハイしている赤ん坊を指差した。そこには堅くて頑丈そうなテーブルに向かってハイハイしている赤ん坊がまさに頭をごつんとするくらいの勢いで、テーブルに突き進んでいた。その側に横になっている母親はスマホの画面に夢中で赤ん坊の動向など気にしてもいない。

 まあ、俺はそんな事全く興味もないし、ぶつかれば赤ん坊は泣くだけだし、バカな親は掃いて捨てるほどこの日本にはいるのだから別にどうでもよかった。しかし、他3名はこの後の赤ん坊の進むべき先をハラハラドキドキと見守っていたようだ。つうか、心配ならそのバカ親に注意喚起すればいいのに。まあ、この後の赤ん坊がテーブルに頭をゴーンとぶつけ、ギャーと大泣きして、バカ親がオロオロする結末を期待しているのだろう。

 そして、大多数の期待を裏切る事なくその赤ん坊は、見事に頭をゴツンとテーブルにぶつけた。

 しかし、大方の予想に反し赤ん坊は泣きもせず笑いもせず、回れ右をハイハイでして別の方へ進んでいった。

「はあ〜、よかった」

「結構、大きな音してたけど泣かなかったね」

「おいおい、大泣きするって期待してただろ?」

「そんなことないよ!」

「あっそう。俺は大いに期待してたぜ。そしてあそこのバカ親が赤ん坊を叱責するだろう光景まで想像してたんだがなあ」

「あんた、性悪すぎ。もう旅館に戻るよ」

 まるで俺が、悪者。いつもこのパターンだ。


 汗が引かないのに、有無も言わさず旅館に戻ることになってしまった。時計を見るとすでに18時を過ぎていた。そろそろ夕食が配膳される時間だ。

 宿へ戻る前に、実に小さく胡散臭いが意外に物が揃っているスーパーに寄り、今宵の俺の酒を買いに入った。我ながら常に酒のことしか頭にないのが情けない。しかし、好きなものは仕方がないと、自分を正当化しているし、すでに家族も呆れ果て諦めているようだ。

 宿の部屋に戻ると、配膳が済んでいた。なんとも豪華な料理だ。山の幸から海の幸、なんでもこいだ。とりあえずメインは但馬牛で、あらかじめお願いしていたのは、俺が鉄板焼きで他3名はしゃぶしゃぶだった。

 それにしてもすごい量だ。この地域の名物のカニまである。旬ではないから冷凍ボイルであろうけど、嬉しくなる。俺はカニは嫌いだが(剥くのが面倒なだけの理由ではあるが。当然、剥いてあるカニは好きだ)、せっかくなのでガシガシ殻をむいてワシワシ食べた。ボイルといえどもうまい!これは子等に食わせなきゃと絶対することもない他人のための殻剥きをやってあげた。俺っていい親だなあ。

 しかし、こやつらは一口二口食べただけで皿の上に大量にカニの身をほったらかしにした。なんと罰当たりなことか。

「だって、美味しくないもん」下娘はそうはっきりと言った。

「あっそう、お前さんは?」

「ん〜、無理」

 俺はもう食いたくもないのだが子等の大量に残したカニの身を食べてやった。そして同時に子等へ罵声と叱責攻撃をしたのであった。カニさんに失礼ではないか。残すなんて、バチが当たる。俺は信心深いのだ。

 それよりメインの但馬牛である。俺は鉄板焼き。他3名はしゃぶしゃぶであったが、上娘は肉嫌い。そのしゃぶしゃぶは俺のものであった。すでにしゃぶしゃぶに手をつけていた嫁は、

「美味しい〜」とまるで頭の悪そうな小学生がテレビ取材に参加したイベントの感想を求められ「楽しい〜」と言うレベルの実に頭の悪いコメントを吐いた。

 俺は鉄板焼きの但馬牛を口にした。思わず、

「美味しい〜」とまるで頭の悪そうな小学生がテレビ取材にイベントの感想を求められ「楽しい〜」と言うレベルの実に頭の悪いコメントを吐いてしまった。

 続いて上娘のしゃぶしゃぶも口にした。

「美味しい〜」とまるで頭の悪そうな小学生がテレビ取材にイベントの感想を求められ「楽しい〜」と言うレベルの実に頭の悪いコメントをまたしても吐いてしまった。

 本当に美味しいのだ。頭が悪いと言われようがこれしか言いようがない。しかも鉄板焼きよりしゃぶしゃぶの方がうまかった。

 でも結局、今宵のご馳走の中で一番うまかったのはコメだった。但馬米というやつだ。俺は普段、なるべく炭水化物を摂らぬようコメは少量しか取らないが、旅先のコメは別であった。どこへ行ってもお米がうまい。ここ城崎のコメも実にうまく、普段なら絶対しないおかわりを思わずしてしまった。旅先のご当地米を美味しくいただくと、改めて自分が日本人に生まれてきたことに感謝してしまう。お米の神様、ありがとう。

 カニ3人分と、肉2人分、他諸々、そしてご飯二膳食し俺のお腹は超満腹だった。

「ねえ、神社で縁日やってるって。少し休んだら行かない」

 まあ、どのみちもう一軒、外湯に入り遊技場で遊ぶのが今夜の計画だったから、動きたくはないが行くとするか。

 上娘は行く気満々だったのだが、生来、出不精の下娘はすっかり肉で満腹し和室嫌いなくせにちゃっかりとこの部屋にまったりしはじめ、外へ出るのを拒んだ。

「私行かない」

 確かに俺も動きたくない。しかし、嫁には逆らえないので渋々と下娘の説得に努めた。ここで俺が説得しなくては、嫁の大口撃が下娘に発射される。そうなると修羅場だ。俺のこの懸念が通じたのか、上娘も説得に入った。

「楽しいよ。お祭りだから色々できるよ。ゲーム場もあるし楽しいって。チョコバナナもあるかもよ」

「私、お腹いっぱい。ここで寝てる」

「いやあ、ほら、知ってる?射的。バーンってピストルで景品撃つの。楽しいよ。あとピンボール。それに型抜き、それになんだろ・・・・・卓球!」俺は苦し紛れに言った。

「なにそれ、意味わかんない。留守番してる」

 この会話を黙って聞いていた嫁が、一言発した。

「せっかく来たんだから行くの!」

大迫力だった。下娘は目に涙を浮かべ渋々、行く準備を始めたのである。


 夜の城崎は昼の城崎より人が多かった。いやはやこんなに賑やかだとは。どこの店も大にぎわいでどこの外湯も大賑わいであった。しかし、縁日はしょぼかった。地元の商工会が主催だから仕方ない。気持ちは盛り上がってはいるが、アイディアが盛り上がらないというどこにでもあるイベントだった。所詮企画物なんかは素人がやってもしれたものの典型だった。それでも、ここも大賑わいだった。でも、クールな我々はそこをすぐに出た。3人はこれから色々な店をのぞいたりすると言うので俺はさりげなく3人から離れることにした。

「適当にタバコ吸ったりその辺ぷらぷらするから、そっちも好きにやってよ」

「わかった。終わったら電話するね」

 とりあえずタバコを吸い、多分30分は時間を潰さなきゃならなくなるので、それを如何するか考えた。俺が今タバコを吸っている喫煙所は、ここらのそばにあった外湯施設の喫煙所だった。そこからメインストリートを眺めると、もうすでに21時に近いというのに老若男女、赤ちゃんまでが溢れている。

「ん〜、日本は実に平和だねえ」

 タバコの煙を城崎の夏の夜空に吐き出した。

「とりあえず本日、四つ目の外湯にフライングしますか。」

 あらかじめ、ここには入るつもりで話はまとまっていたので、タオルは持ってきていた。四つ目の外湯は多分一番大きな施設だと思う。中は外と変わらず人で溢れていたが、俺はそこをすり抜けゆったりと湯に浸かった。

 おおよそ、30分経ったであろうか。再び外に出て、喫煙しながら嫁に電話をしてみた。なかなか出ない。全く、もう。基本、嫁は携帯をかけても出ない。メールをしても返事はすぐにこない。要は、気がつかないのだ。携帯の意味がないと、よく小言を言ったが、今は諦めている。

「まあ、そのうちこっちに電話が来るか」

 メインストリートを眺めながら途方に暮れた。

 その時、携帯が鳴った。嫁からだ。

「今、エアホッケーやってるの。もう少ししたら終わるから」

 そういえばさっき、見かけた遊技場?ゲームセンター?があった。そこにいるわけか。

「今から行くよ」


 結局、俺もエアホッケーに参加し、久しぶりに我々家族は一つにまとまり、大いに盛り上がった。ん〜、良いことだ。

「これから、我々家族の心が離れかけた時、エアホッケー大会だな」と心の中で呟いた。

 4人とも、そこそこエキサイトしていたので少々汗だく、

「じゃあ、本日四つ目の外湯に行きますか?」

 まっ、俺はさっき入ったけど。

「その前に、射的しない?ほんというとこれが今夜のメインでしょ?」

「おお、そうだったね」

「射的って、ぱ〜んって撃つやつだよね。行こう行こう!」

「ええ〜、つまんない」

「つまんないって、やったことあんの?」

「ないけど」

「じゃあ、行くの」

「ええ〜」

 下娘は、不得意なことや未知なことには極力近づかず、恥をかかないようにするタイプであった。

 射的場は客が列を作ってたくさん待っていた。

「いやはやすごいねえ」

「仕方ないね。ここじゃ、名物だって」

 本来なら、行列に並ぶのを好まない我々ではあったが、待つことにした。所詮、射的だしすぐに順番は来るはずだ。それでも15分ほど待っただろうか。

 一人当たり20発のコルクの弾で棚に並べている小さなへんちくりんな古代ギリシャの銅像チックなものを撃ち落とし、その数で景品が決まるらしい。壁際に並べられている景品は、しょぼくてそんなのどこで売ってんだよう的なものばかりで、頑張る気が起こらなかった。

「でもまあ、単純に射的を楽しめばいいか」

「え?なに?」

 俺は心の呟きを途中から音声にしてしまったので、家族には意味不明らしかった。

「別に、さてやろうぜ」

 意外に楽勝だった。俺はリーチが長いので、非常に有利。真面目にやっているうちの姉妹はまぐれで数発当てる程度。嫁がなかなか上手で、ちゃっちい古代ギリシャ風銅像をバシバシと撃ち落としていた。意外に白熱し、弾全てを撃ち終わった時は、軽く汗ばんでいた。我ながら馬鹿だ。

「はいはい、この中から欲しいの選んでね。2個までよ」

「えぇーと、どれにしようかなあ?」下娘は真剣に悩んでいた。このしょぼい景品で。幸せなやつよ。

 下娘が選んだのは、しょぼい中でも特にしょぼい、キングオブしょぼい景品のインチキくさい見たこともないキャラクターのストラップだった。喜んでいる。幸せなやつよ。


「さてさて、汗もかいたし四つ目の外湯行く?」

「その前にまたゲームセンター行かない?もう一回だけエアホッケー」

 どうも、嫁はエアホッケーが気に入ったようだ。

「汗かきついでだから行くか」


 ゲームセンターは相変わらずの賑わい。しかし並んで待つほどではなく、我々はエアホーッケーに講じた。数試合やって終わりにした。キリがない。

 またまた、汗をかいてしまった。下娘が太鼓の達人をしたいというので、それをやらせゲーセンを後にし四つ目の外湯へ行った。

 ここの施設は広いということもありもう21時をとうに過ぎているにも関わらず入浴客が多い。時間も遅いので、20分ということで待ち合わせた。

 2回目なので、とっとと汗を流し外へ出てタバコを吸っているうちに3人は出てきた。

 それにしてもこんな時間なのに、人が多い。こんな時間にこんなに賑わっている温泉地など、ここ以外にないだろうな。

 宿へ帰る道すがら、俺以外の3人にとって魅力的な土産屋があった。

「ちょっと入ろうよ」上娘が訴えた。

「えぇ、もういいよ〜」

「ちょとだけならいいんじゃない?」と嫁。

 くそっ、お前も入りたいんだろ?俺は得意の心の声を音声なしで呟いた。

 なんと30分近く、こやつらは物色していた。そして迷って迷った結果につまらない自分たちへの土産をそれぞれ買い、大変ご満悦状態で店を出た。全く女は面倒臭い。でも我が家は4分の3が女だからなあ。

 どこの店もまだ開いている。そして人が多い。何度も言うが、城崎は賑わっている。真夏の夜中もまだまだ暑く宿へ着く前にまたもちょっと汗ばんでいた。


 宿に着いたのは23時少し前だった。ちょうど、宿の内湯の予約時間。寝る前に汗を流そう。

「じゃあ、最初に入るね」

 汗を流す程度なので、さらっと頭と体を洗って、湯船へ向かった。俺は足も右利きなので右足から湯に浸かった。

 その刹那、右足の指に激痛が走った。

「つうっ〜」

 突然の痛みに足をあげた。なんだこの痛み?ヒリヒリ感満載。まさかこれは?俺は右足を抱え痛みの元を確認した。

 右足の第一指と第二指の間の皮がペロリとむけているではないか。まさしくこれは旅館で借りたゲタによる鼻緒擦れじゃん。これは痛いわけだ。

「最近はゲタすらちゃんと履けない奴らが多くて情けないねえ。ゲタってのはこう履くもんだぜ!」

 俺は娘たちに偉そうに言い放ったセリフを封印することにした。

 せっかくの温泉なので、痛みをこらえ2分ほど湯に浸かった。その2分間、

「最近はゲタすらちゃんと履けない奴らが多くて情けないねえ。ゲタってのはこう履くもんだぜ!」

 というセリフが頭の中をリフレインしていた。


「いやあ〜、内湯も気持ちよかったよ。早く入んな、そろそろ日付が変わるぜ」

 珍しく3人は俺の提言を素直に聞き、内湯へ向かった。

 3人が出て行って即、冷蔵庫に入れておいたビアと日本酒を取り出した。

「よおし、今宵最後の酒の準備は完了。あとは飲むだけ」

 布団に横にになり、枕元にビアとご当地地酒のワンカップを置いた。俺はしばらくその二本の酒を眺めた。なんて素敵な眺め。

 簡単な日記をつけながらビアを飲む。こちらは秒殺。日本酒はちびちび飲んだ。

 いつの間にやら寝ってしまった。

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