第12話 悪しきチャレンジャー

「海ヶ丘、陸那、そして空船の若き子供達よ……よく集まってくれた。私は海ヶ丘電脳研究センターの所長にして、一ノ瀬遊樹博士の同期……星空ほしぞら流輝りゅうきだ。今日はよろしく頼むよ」


 それまで大あくびを繰り返していた紅輝は会議が始まってすぐに共に会議を行う人物の名乗りを聞いた途端に眠気が一気に吹き飛び、同時に小刻みに体が揺れていた。


「さて、君達に事前に配布した資料を見てもらった通り、この町では既にライザー間の通信を安定させる為に通信衛星を利用しているんだ」


 流輝の発言に合わせ、中央のモニターに地球を模した立体映像と、その少し上の辺りに小さな衛星が映し出された。


「これが海ヶ丘の先進技術……すげぇな」


「そうね……けど、三校合同会議って私の思ってたものと違ったみたい……」


「あぁ……オレもてっきり三つの学校が集まって色々話し合うものかと思ってたぜ」


 流輝の話が進んでいく中でその話についていけていない紅輝は小声で目の前の機材の事など関係のない事を話し始めた。そして瑞黄や蒼依も同じように思った事を囁くように言った。



―会議はその後もプログラム通りに進み、滞りなく終わった。そして、会議後に紅輝は流輝の案内で特別に電脳研究センターへと向かった。


「あの……何で俺をここに?」


「かつて私は君の父と共にある5体のブレインを作り出した……それは君も父から聞かされていたはずだ」


「は、はい……」


「彼らはいずれも10代の男女と同じ思考回路を与えた。それによって、君のような同じ思想を持つ子供達と共鳴した……君は例外かもしれんがな、アキレス」


『……』


「そもそもブレインとは、私が隣町で管理されている衛星内に存在するプログラムを解析して初めて生み出せた存在なんだ……子供達がより良き未来を自分達の手で作り出せるように……」


〈緊急警報、緊急警報。センター敷地内に怪物体反応あり、職員並びに関係者は案内に従って避難を開始して下さい〉


「俺……行きます。貴方と父さんが生み出してくれたコイツと一緒に……!」


「そうか……気を付けて行ってくるといい。どうやら次の来客は少々厄介者みたいだからな」


「……はい!」



 流輝に見送られる形で施設の外へ出た紅輝は目の前にメガネをかけたスーツ姿の男性がいる事に驚き、そのまま足を止めてしまった。


「おや……貴方は確か、単独でヴェクターと互角に張り合い、結果として二度撤退に追いやった英雄くんじゃないですか」


「な、何だよ急に……それがどうしたっていうんだ!」


「いえいえ……私は君に称賛を送りに来たのですよ。尤も、私の与えた贈り物が貴方に何をもたらすかなど私にはこれっぽっちも関係ないですけど」


 そう言い放つとスーツ姿の男性は目から黒い靄を伴った青い光を放ちつつ、その姿を異形の怪人へと変化させた。


「姿が変わった……でも、ヴェクターより有機的な見た目だな……一体誰なんだよ、アンタは!」


『おっと、失礼……私の名はヴェルフェ、バグレイダーズ幹部の一人にして、参謀でございます……以後、お見知り置きを』


「名前の由来的に悪魔か……面白い、いっちょやるか!」


『あぁ、ここでそんな存在を逃す訳にはいかん……絶対に倒すぞ、紅輝!』


「アクセスアップ、レッドアキレス!」

『オペレーション、スタート!』


 紅輝はヴェルフェが怪人態へ変化したその直後に自身もライザーを用いて変身し、剣の切っ先を向けた。


『ヴェクターからの情報通り、後の事を何1つ考える気のない者の構え方ですねぇ……では、褒美を与えるとしましょうか……貴方の死という褒美をねぇ!』


「やれるもんなら……やってみろ!」


 双方が同時に駆け出し、同時に剣を振り下ろしたが、先にダメージを受けたのはヴェルフェ……ではなく、紅輝の方だった。


「な、何で……!?速さなら俺だって負けてないはずだろ?」


『ンフフフ……ダメですねぇ、そんな速さで私に追いつけるとでも?』


 ヴェルフェはそう言うといきなり3人に分身した上でそれぞれから怒涛の攻撃を繰り出し、一気に紅輝のアクセスゲージを奪い去ってしまった。


「まさかお前……俺と同じ類の奴か……!」


『その通り、私はこれでも俊足の持ち主でしてね……その速さ故にこうして残像を作り出し、更にそこに時間差による攻撃判定の増減調整を加える事であのような芸当すら可能としているのです。さぁ、膝をつくにはまだ早いですよ……英雄くん』


「誰が地面に膝付けたなんて言った……俺はまだまだやれる!そっちが速さでぶつかってくるならこっちはこうだ!」


 紅輝は腰のホルダーから赤いクリアカードを取り出し、ライザーへ装填しようと構えた。


『待て、紅輝!そのカードは確かに私達を強化出来る可能性がある。しかし思い出してみろ……このカードは使った代償として私達に多大な負荷がかかる……それに、この姿になれたとしても相性の悪さに拍車をかけるだけだ!』


「じゃあどうしろっていうんだよ!」


『ククク……実に滑稽ですねぇ。私の攻撃の対処法だけでそんなに揉めるとは……ほら、もっとお揉めになりなさいな!』


 紅輝はすっかり怪人態のヴェルフェのペースに乗せられ、絶え間ない攻撃によってジワジワと削られ、次第に足がぐらついてしまった。


「あぁもう、ホントにどうやったらアイツに追いつけるんだよ!」


『無駄ですよ……私のこの速さは生まれつき得た力……並の者が追い付こうなど愚かこの上ない事なのですよ!』


「ぐっ……このままじゃ……」


『貴方を倒したらここの研究員共を皆殺しにし、そのまま屍人形にでもしても面白いですねぇ……』


「んな事……させるかぁっ……!」


『待て、紅輝……感情に流されるな!確かに奴は素早い、だが……速さへの拘りは君にもあるだろう!心を静めて今一度イメージを起こせ!』


「……今はそれにかけてみるしかないか」


 紅輝はアキレスからの提案に乗ると、ヴェルフェからの執拗な猛攻に耐えながらも高ぶる感情を抑え込みつつ目を閉じてゆっくりと深呼吸を始めた。


『クハハハ……何を狙っているかは知りませんが、これで終わりですよ!』


『イメージトレース完了、紅輝……!新しいカードの生成に成功した……これを使え!』


「アキレス……よし、いっちょやってみるか!」


 紅輝はアキレスが生成した緑の光を放つカードをホルダーから取り出すと、それをライザーに通してみた。すると、以前と同じように体が緑色の光を放ちつつ、次々とアーマーがパージされた。


「あ、あら……?アーマーが殆ど無いんだけど、これホントに大丈夫なやつか?」


『スピードライズ……限界まで装甲を排除しつつ、四肢や背部に新たな加速装置が増設されているようだ……つまるところ、奴の速さに対抗出来るという訳だ』


「だったら俺も余計な事は考えずに、気楽に……素早く決めさせてもらうか!」


『フンッ、私の真似事をした所で……今更遅えんだよ!』


 ヴェルフェは姿の変わった紅輝に向かっていつもの口調を崩しつつも再度高速で迫ったが、両者のスピードは同等だった為、剣による鍔迫り合いが始まった。


「リーチが短いのも恐らくこの形態の長所を活かすため……なら!」


 紅輝はその場で相手の剣を足で蹴る形で跳ね除けつつ、左手に持っていたダガー状の剣を投げつけた。


『チッ……なんて動きだ……このままではっ……!』


「おっし……このまま一気に決めるぜ!」


『手の内は見れた……ここで命を散らすなど、無駄の極み……貴方の首はまた次の機会に狙わせて頂くとしましょう』


 ヴェルフェは紅輝に向かって不満げな様子で一言残すと黒いモヤの中へと消えていった。しかし、その直後に紅輝も猛烈な耳鳴りに襲われてしゃがみ込むと同時に変身が解けてしまった。



―帰りの電車内


「どう、少しは落ち着いたかしら?」


「さっきよりかは……ね……」


(両腕が筋肉痛になったかと思ったら、今度は耳鳴りって……色の付いたクリアカードはやっぱり迂闊に使うべきものじゃないな……)


「もうすぐ夏ね……」


「う、うん……俺は帰ったら即夏服を用意するつもり……」


「そう……ねぇ、一ノ瀬君」


「ん、何?」


「私ね……兄さん・・・をあの街で見たの……」


「えっ……!?」


 走行音が響く中、紅輝は彼女の口から出た唐突過ぎるその一言に衝撃を受け、耳鳴りが一瞬で収まるのだった。

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