1-51 自由都市

「本当になんと礼を申せばよいか……」

「いえ、そんな……」

 薄っすらと涙を浮かべながら、ゲベルは何度も僕たちに頭を下げた。目上の人間からこんなに感謝されると、むしろこちらが恐縮してしまう。

 マンティコアによってかき乱されてしまったものの、結果的にゲベルたちが勝利することで戦いは収束した。

 戦局の中盤からすでにジルヴェ側は逃亡する兵士が現れ、徐々に陣形が崩れていった。一方でゲベルたちは統率の取れた陣形で進軍し、士気の高さも相まって、戦力差をもろともせずに有利に戦いを進めていた。

 そうした中で、僕たちがジルヴェへと迫り、四天王を排除したことで勝敗は決定的となった。城を取り戻したゲベルが敵味方双方に向けて勝利宣言を行い、親玉を失ったジルヴェ軍は次々に武器を捨てて投降した。

 残念ながら、マンティコアによって吹き飛ばされたジルヴェはまだ見つかっていなかった。しかし、あの攻撃をもろに受けて生きてるとも思えないし、たとえ生きていたとしても何ができるわけでもない。彼は戦死したものとして扱われ、国王の座は一度ゲベルに戻されることとなった。

 ジルヴェに加担していた貴族たちは一旦捕縛され、処遇についてはこれから決められるという。市民たちの想いとしては、自分たちを迫害した人間に恨みを感じているようだったが、街の有力人物たちである手前、簡単に罪人として処分するわけにもいかないらしい。

 実際に、ジルヴェの力に怯えて嫌々従っていた者もいたようだし、これからその辺りも含めてきちんと整理していくようだ。

「これでようやく我らは自由を取り戻すことができた……」

 呪縛から解放され、ゲベルはこの十年を振り返るように遠い目で空を見上げた。いつの間にか黒々とした雲の隙間から晴れ間が顔を覗かせていて、差し込む光が城下に見えるクロウジアの街並みを照らしていた。

「でも大変なのはこれからでしょう?」

 完全に祝勝ムードの中で、ミレナはあくまでも冷静な問いを口にする。

 僕はジルヴェが語ったこの国の情勢の話を思い出した。すべてが正しいとは言わないまでも、事前に聞いていた情報と照らし合わせても、この国の状況が芳しくないということはおそらく間違いない。

 今回のことを周辺国がどう捉えるかはわからないが、混乱した内政を見て何かしらの介入を測ろうとする可能性は少なくない。平和的な解決ならまだしも、武力行使をされてしまえば、疲弊しきってしまったこの国の戦力では対処が難しいだろう。

「そのことなんですが、勝手ながら色々と動かせていただきました」

 唐突にどこからともなく姿を現したフェルは、話に割り込むのを身体で示すように、顔を突き合わせていた僕たちの間に入ってきた。

「おい、お前はこっちが大変なときにどこ行ってたんだよ」

「申し訳ありません。私はただのしがない商人で戦いは不得手なものですから、別口でお役に立てるように動いていたのです」

 そういえば、どこかに用があると言っていたのだったか。

「せっかく革命が上手くいっても、その後の国の存続が危ぶまれてしまっては元も子もないですからね。その辺りをケアできないかと考えたわけです」

「しがない商人の割にはデカいこと考えるじゃねえか」

「いえいえ、それほどでもありません」

 意地悪な合いの手を入れるカジをひらりと躱し、フェルは話を続ける。

「まず、革命に必要なのは何だと思いますか?」

「必要なもの……?」

 まるでクイズの司会者のように、フェルは手のひらをこちらに向けて質問を投げかけてきた。

「武器、とか?」

「なるほど。確かにそれも必要ですね」

 頷いて僕の答えを肯定しながら、しかし、と自分の意図した答えを付け加える。

「最も重要なのは〝物語〟です。その革命に行き着くまでのプロセス、市民たちの想い、そして苦難の末勝ち取った自由というカタルシス。これらがなければ、革命は戦争による略奪と大差ない行為なのです」

 確かにフェルの言うことは理解できた。革命というなら、ジルヴェが起こしたクーデターも権力体勢を刷新するために戦ったという意味では革命と呼ぶことができる。

 しかし、ジルヴェのクーデターには何故嫌悪感を抱くのか。それは彼自身の私利私欲を満たすために行われたものであり、フェルの言う〝物語〟がなかったからだろう。

 一方で、ゲベルたちの革命は、彼が一度王位を追われ、市民は虐げられた生活を送り続け、私腹を肥やすジルヴェたちを打破するために立ち上がったという単純明快なストーリーが存在する。

「それでこんなものを作ってもらいました」

 そう言って目の前に差し出されたのは、一枚の新聞記事だった。

「……これは!」

 その記事に書かれていたのは、まさしく今回の革命に関する〝物語〟だった。十年前のクーデターから革命に至るまでの流れが、ルポルタージュのような生きた文章でありありと描かれている。

「知り合いの新聞屋に頼んで、今回の件の記事を作ってもらいました。あくまでまだ草稿ですが、ここから修正を加えて、明日には速報として周辺国に配ってもらう予定です」

「なるほど。これならこの革命を感動的に演出することができる」

「ええ。そして、もしもそんな劇的な物語の主人公となったこの国を襲えば、大きな批判を受けることは間違いない。少なくとも一般市民たちは、こんな可哀想な国を支配しようなんてありえないと考えるでしょう」

「確かに、それならば周辺国も迂闊に手を出しづらくなるやもしれん……」

 もしも周辺国が混乱に乗じて攻め込んでこようものなら、弱者を食い物にする奴らとして他の国からの非難を受けるだろう。加えて、この〝物語〟に感化された市民たちからの不信感が募る可能性もある。

「あくまでも急場しのぎですので、長くはもたないとは思いますが、少なくともこの国がある程度の地盤を固めるまでの時間稼ぎくらいにはなるはずです」

 この国の状況を考えれば、わずかな期間でも安全を確保した状態で国の再建を図れるのは非常に意味がある。政治体制と軍備をある程度整えるだけでも、周辺国への牽制にはなるはずだ。

「そしてもう一つ。私の所属している商会にこの国の状況を伝えておきました。今なら他の者に邪魔されず、地盤を固めることができるチャンスだと。この国はウェルデンへの交易路の中継地点としていい位置にありますから、彼らにとってもいち早く取り入りたいと考えるかと思います」

 大きな商会をバックにつけられれば、周辺国は余計にこの国へ介入するのが難しくなる。やり方を間違えれば、その商会もろとも敵に回してしまうかもしれない。そのリスクを考えれば、属国にするよりも上手く付き合っていくことを考えるだろう。

「もしよろしければ、すぐにでも商会のお偉方を紹介いたしますよ。まあ彼らも食わせ物ではありますので、使いこなせるかどうかは国王の手腕次第ですが」

「なんと……。何から何まで申し訳ない。お気遣い痛み入ります」

「いえいえ。広報活動もアテンドも仕事のうちですから」

 これで当座の問題は解決できそうだったが、何よりも一番重要な問題が一つ残っていた。

「あの、後継者はどうするんですか?」

 後継者問題。そもそも話がこじれたのも、カイルが殺されて後継者がいなくなったことが発端だった。ジルヴェを退けた今も、結局今はゲベルが王位に就く形となっていて、その問題は全く解決していない。

「そのことなら、もう決めておる」

 そう言って、ゲベルは外にいるストルツァの方に目を向けた。

「彼は志高く、民からの信頼も厚く、真に国の行く末を考えられる男です。私などよりもよっぽど国の長にふさわしい」

 そこには市民に囲まれ笑顔を見せるストルツァの姿があった。確かに、あんなに優しげで強い彼が長となるならば、この国はきっと安泰だろう。

 こうして独裁都市は名前を変え、自由都市クロウジアとして生まれ変わった。

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