1-28 脱出

「でも、鍵を手に入れたと言っても、結局出口には衛兵が待機してるんだよね? どうやってそこを突破するの?」

「何言ってんだよ。そこはお前がおあつらえ向きのもん持ってるじゃねえか」

「僕が……?」

 一瞬考えて、すぐにその言葉の意図がわかった。

「そうか。《あらしのよるに》だね」

 闇に紛れることのできる能力は、こっそり脱出するのには最適だ。幸い、この牢は地下にあるようで、廊下に点々と置かれたろうそくしか明かりがない。これくらい影の多い場所であれば、油断している衛兵たちの目を盗むことは容易い。

「よし、行こう」

 三人とも《あらしのよるに》の背中に乗った。そこまで大きくない背中は本来であれば明らかに定員オーバーなので、きちんと跨って乗ることはできず、荷物のように横向きに乗るしかなかった。僕とカジの上にフェルの身体が重なり、お腹が圧迫されて息苦しい。カジは文句を言いたげだったが、とりあえず外に出るまではこの体勢で我慢するしかなかった。

 音を立てないように牢の外に出る。扉をくぐると、暗く長い廊下が続いていて、その先に衛兵が二人見張りとして座っていた。廊下の左右には同じような牢が並んでいて、僕たち以外にも閉じ込められている人たちがいるようだった。

 足音を消して、影から影へと渡りながら、ゆっくりと廊下を進んでいく。《あらしのよるに》の能力は、完全に姿を消すことができるわけではなく、周囲の闇を濃くして自らの存在をかき消す。そのため、実際に僕たちの姿を目視されることはないが、周囲には靄のように揺れる影が見えるので、それを異変と捉えられる可能性はあった。

 僕たち自身が気付かれなかったとしても、牢の中を覗かれてしまえば、逃げていることがバレてしまう。なので、できるだけ暗い場所を見つけて移動しながら、不自然にならないように進む必要があった。

「それにしても、ひでえな」

 カジが牢の中を覗きながら、心底不快そうにつぶやく。

 両側に並ぶ牢には、息も絶え絶えになった人々の姿があった。閉じ込められている人は様々で、若い女性や僕と同い年くらいの青年、老人や小さい子どももいるようだった。牢の数を見るに、どうやら十人前後の人が収容されているようだった。気配を消した僕たちに気付く人はおらず、こちらから一方的に彼らの様子を観察する。

「あ……」

 ちょうど一度立ち止まったところにいたのは、姉弟らしき幼い二人だった。傷だらけの身体を寄せ合いながら、疲れ切った様子で寝息を立てている。

 その姿を見て、ミレナから聞いた弟との思い出話が頭に浮かんだ。

 あの夜、生い立ちを語ってくれた彼女は、その後にも時折弟と過ごした日々を聞かせてくれた。幼い頃のちょっとした出来事でも、まるで昨日あったことのように克明に語るので、会ったことのないはずの少年の姿がありありと思い浮んだ。

 そんなミレナと弟の思い出が、目の前で眠る二人と重なる。

「どうしたんですか? 先へ進みましょう」

 フェルに指摘され、しばらく立ち止まっていたことに気付く。

 後ろ髪を引かれるような思いで牢の中の姉弟を振り返りながら、再び出口の方へと歩みを進める。

「あいつらは気の毒だが、今は俺たちも自分が逃げるので精一杯だ。仕方ねえよ」

「そう、だね……」

 ちょうど二人が見えなくなったところで、後ろの方から苦しそうな叫び声が聞こえてきた。廊下を駆け抜けるように声が響き渡ったあと、ぴたりと事切れたように沈黙が空間を支配する。

 僕はもやついた感情を振り払うように目を瞑り、無理やり考えることを止めて先を急いだ。

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