1-22 独裁都市クロウジア

「着いた!」

 長旅の末、僕たちはようやくクロウジアに辿り着いた。

「なんか思ったより小綺麗な街だな。もっとひでえところなのかと思ってたぜ」

 確かに、街並みはウェルデンで見た景色とさほど変わらず、住人たちも活気づいていて、事前に聞いていた雰囲気とはだいぶ違って見えた。

「この辺りは比較的裕福な層が多い地域ですからね。あちらの方を見れば、少しは状況がご理解いただけるかと」

 彼の指さす方に目を向けると、かなり荒れ果てたスラム街のような風景が顔をのぞかせていた。

「あれがいわゆる貧民街。と言っても、この街の住人の九割以上はあのエリアに住んでいます」

 この街は大きく二つに分かれており、貴族や富裕層が住む中心街と、貧しい一般市民が住む貧民街によって構成されている。僕たちがいる中心街は周囲の貧民街よりも一段高い位置に作られており、至る所から下に住む人々を見下ろすことができるようになっている。

「上下関係を町全体で体現してるってか。気分が悪いな」

「決して良い趣味とは言えませんね。ですが、元々この辺りは争いが絶えない地域で、この国も隣国の属国だった期間が長かったそうです。ジルヴェ国王は独裁によって莫大な資金を手に入れ、それを使って他国から傭兵を雇い、強力な国王軍を率いて国家の独立を保っています。つまり、独裁が崩れれば、国自体が崩れてしまいかねない」

「そう。国民もそれをわかっているから、独裁も圧政も受け入れるしかないの」

 貧民街からこちらを見上げている少年と目が合い、思わず目を逸らしてしまった。可哀想だと感じても、僕にはどうすることもできない。

「てめえ!」

 激しい怒声が聞こえて振り返ると、何やら街中で喧嘩が起こっているようだった。野次馬らしき人たちが集まって円を作っている。

「ドブネズミが入り込んでると思ったらよ、しっかりうちのもん盗みやがって。こんなことしてタダで済むと思うなよ」

「ご、ごめんなさい……」

 近づいて見てみると、男が少年の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らしていた。少年の方は明らかに憔悴しきった様子で、必死に謝罪の言葉を口にしている。しかし、男はそんなことを意にも介さぬように怒りを露わにしていて、今にも殴りかかりそうな勢いだった。

「貧民街の住人が空腹に耐えきれず食べ物を盗んでしまったようですね」

 ちょうど少年の足元には果物がいくつか落ちていた。そのうちの一つは地面に落ちた勢いで無残にもつぶれてしまっている。

 少年はひどく痩せこけていて、手足は力を入れずとも折れてしまいそうなほど細い。ただでさえか細い声が、男に首をひねりあげられていることで、弱々しく空中に漏れ出していた。

「いくら何でもやりすぎじゃ……」

 男の怒りは静まる様子もなく、このまま放っておけば少年が死んでしまいそうだった。しかし、周囲の大人たちは誰も止めることはせず、それどころか、どことなく男の方を応援するような空気が感じられた。

「……こういう街なの」

 ミレナは諦めた声で言う。

「でも……!」

 僕が堪え切れずに近づこうとするのを、カジの力強い手に止められた。

「残念ですが、私たちには何もできません。あの少年と一緒に牢へ入れられるのがせいぜいでしょう」

 そんなフェルの言葉に何も言い返すことができず、ただその場で悔しさをぐっと拳に握り込むことしかできなかった。

「この世界は誰も助けてはくれない。自分の手で道を切り開いていくしかないの。あの少年は、自分が生きるために行動を起こした。の結果なのだから、仕方ないことなのよ」

 この世界は自由で楽しい。

 しかし、それと同じくらい、理不尽で苦しい。

 そんな当たり前のことに、改めて気付かされたのだった。

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