1-12 《エルマー》

「《エルマー》」

 視界が遮られ、目の前を大きな影が覆い尽くす。

 どこまでも続く透き通った空のような深い青色の体躯に、大きく広げられた黄金の羽。その額には真っ赤に煌めく太陽のような一本角を携えている。禍々しく恐ろしい黒龍とは対照的に、その竜は美しく神々しさを放っていた。

 そこには僕が『創作』した通りの竜の姿があった。

 どうやらこれが僕の力らしいということは前から知っていたような気がした。自分が想像した存在を『創作』し、この世界に召喚する。目の前に現れた《エルマー》はその力によって召喚された竜だった。

 ――グオォオオァァ!

 まるで僕たちを威嚇し挑発するかのように、黒龍は空気を震わす激しい雄叫びを上げる。その振動を頬に感じながら、僕は目を瞑り、《エルマー》の存在に意識を集中する。

 ――まずはここからあいつを離さないと。

 この場で戦っては倒れている二人を巻き込んでしまう可能性がある。黒龍の意識をこちらに向けるため、炎を放ち牽制をしながら、空の上での戦いへと誘導していく。

 相手は無事誘いに乗ってくれた。こちらの攻撃に腹を立てたのか、先ほどまでよりも勢いよくこちらに向かってくる。《エルマー》はそれをするりと避けながら、順調に上空へと引き離していった。

 僕は地面から竜同士の戦いを見つめる。《エルマー》が羽をはばたかせ、炎を吐き出す度に、全身を波打つ鼓動がどんどんと早くなるのを感じた。身体の中で魔力の生成と消費が絶えず繰り返され続けている。おそらくこの《エルマー》の顕現はそう長くは続かないだろうということがわかっていた。

 二匹の竜はその姿を捉えるのが困難なほど空高くまで到達した。小さくなった点が目まぐるしく交錯しているのが見える。

 ――一撃で決めるしかない。

 目を閉じて、意識を《エルマー》へと集中する。僕が魔力を練り上げるのに呼応して、《エルマー》の口から炎が噴き出し、それが丸い球体の形に凝縮されていく。

 炎を吸収しながら収縮していく球体は、最終的に拳大ほどの大きさになって宙に留まった。

 黒龍は動きを止めたこちらの様子を見て好機だと悟ったのか、首を引きちぎろうという勢いで向かってきた。

 その黒龍に対して、熱の塊と化した青い球体を放つ。

 激しい爆発音とともに、閉じ込められていた熱が衝突の衝撃で一気に拡散する。炎と煙が空を覆い、直撃した黒龍の姿は一瞬にして見えなくなった。

 僕は魔力を使い果たし、立つ力も失って膝から崩れ落ちた。《エルマー》はまるで最初から存在していなかったように、跡形もなく姿を消してしまった。

「やった、か……?」

 霞む目を凝らしながら、爆心地にいる黒龍の姿を確認する。すると、煙の中からその巨大が飛び出し、重力に任せて頭から落ちていくのが見えた。どうやら先ほどの一撃で仕留めることができたようだった。

 自由落下を終えた黒龍は土煙を立てて地面に着地する。その重みに大地が耐えかねて、地震のような揺れがこちらまで伝わってきた。

 危機を脱した安堵で身体の力も抜け、静かに目を閉じて倒れ込む。

 しかし、そんな満身創痍の僕を嘲笑うかのように、再び大きな地響きを立てて黒龍がこちらに向かってくるのが見えた。流石にダメージは追っているようで、身体を引きずりながらではあったが、確実に僕を見据えて一歩ずつ近づいてくる。

 何とか対抗しようと魔力を練り上げるが、その瞬間、針山に突き刺さったような激しい痛みを全身に感じる。まるでこれ以上戦うことを身体が拒絶しているようだった。

 少しずつ強くなる地響きをじかに感じながら、僕はゆっくりと意識が遠のいていく。

 死ぬのは嫌だったが、できる限りのことはやったはずだ。あとはせめて、カジとあの女の子だけでも助かってくれれば、と思う。

 僕の意識はそこで途切れた。

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