1-8 剣がダメなら魔法

 結局初めての魔物との戦闘は見事惨敗に終わり、一旦安全なところまで戻って傷の手当をした。事前に買っておいた回復薬のおかげで、傷自体はすぐに治ったものの、じんじんとした違和感はまだ残っていて、僕は包帯が巻かれた頭をさする。

「まさかあんな見事にスクワールにやられる奴がいるとはな」

 そんな僕を尻目に、カジは腹を抱えて笑い続けている。どうやら僕の滑稽な負けっぷりがよほど面白かったようだ。

「ほら、見てみろよ、ここ」

 彼は僕が買った初心者向けの魔物図鑑を手に取ると、スクワールのページを開いて見せてきた。

『非常に臆病で凶暴性も低く、基本的に自分より下位と判断したもの以外には攻撃をしない』

 指さされた部分を読むと、事前に彼から教えられた情報と同じことが書いてあった。

「つまり、僕はあいつに自分より弱いと判断された、と……」

「まあ実際負けてるわけだしな。ずいぶん賢い相手だったってことだ」

 ずいぶん楽しそうにこちらの傷をえぐってくる。こんなんじゃ成長するものも成長しなくなってしまう。どうやら彼には教育の才能が欠けているらしい。

「とりあえずはあいつを倒すことが第一目標だな」

 そこからはカジに戦闘のいろはを教わりながら、簡単な剣術や身体の使い方などを学んでいった。

「こう踏み込んで、ザンッ、と振り切る。そこで相手がこっちから攻撃してくるから、ドン、で、サッ、と避けるわけだ」

 何となく予想はしていたが、彼は非常に感覚的に物事を捉えているタイプだった。擬音や漠然とした説明が多く、詳しく質問をしても、見ればわかるとしか答えてくれない。逆に僕は論理的な説明がないと理解できないタイプなので、彼の言っていることを咀嚼するのにかなり苦労した。

 そうして数日間稽古が続き、何とか冒険者レベル1くらいの超初歩的な戦闘はこなすことができるようになった。最初に惨敗したスクワールにも攻撃されることはなくなり、倒すか、逃げられるかの五分といったところまで成長した。

「しかし、これだけやってわかったけどよ。お前、剣の才能ねえな」

「ですよねー……」

 彼に言われるまでもなく、自分でもわかることだった。そもそも『旅行者』は普通ならば元々ある程度の戦闘能力が身についているはずで、スクワールなどの低級の魔物であれば、難なく倒すことができる。

 ところが、僕の戦闘能力はというと、この世界に住む一般人レベルだった。おそらくその辺で畑を耕している温和な青年でも、今の僕と同じくらいは剣を扱えるだろう。

「そうなると、もしかしたら魔法の方が得意なタイプなのかもな」

 この世界では基本的に大きく二つの戦闘スタイルがある。一つはカジのように剣などの武器を使って物理的な戦闘を得意とするタイプ。そしてもう一つが、魔法を使って間接的な戦闘を得意とするタイプだ。(もちろん細かく分けるともっと様々な戦い方がある)

 魔法は自分の中に宿る魔力を消費することで発動する。その効果は様々だが、わかりやすいもので言うと、火を吹いたり、水を出したり、空を飛んだり、傷を治したりといった、いわゆる「魔法」を想像すれば乖離はない。

 この魔力は先天的に持つ能力値が影響として大きく、元々才能のない者が魔法を使うのは難しい。もちろん訓練することで魔力の総力を増やすことは可能だが、先天的な能力値と伸びしろが指数関数的な関係にあるので、最初から魔力が低い人間はどんなに努力しても限界があるらしい。たとえば魔力の総量が1の者と50の者がいた場合、1の人間が2にするのと、50の人間が100にする労力はほぼ同じになる。

 物理戦闘に優れた者は魔力が低く、逆に魔力が高い者は物理戦闘が苦手な傾向があるそうだ。僕のひどいありさまを考えると魔法戦闘の方が得意な可能性が高い。とはいえ、高い魔力を持つ者でも、『旅行者』であればある程度の物理戦闘スキルも兼ね備えているものらしいが……。

「俺も魔法はてんでダメだから教えられるかわからんが、ちょっと試してみるか」

 ということで、一旦剣術の方は諦めて、今度は魔法の訓練を開始した。

「まずは自分の中にある魔力の源を感じるんだ」

 目を瞑り、身体の中に意識を集中する。深く、奥へと意識を潜らせていくと、そこに小さな青い火種を見つけた。

「そう、それが魔力の源だ」

 それをゆっくりと広げていき、全身を包み込むような感覚で魔力を練り上げる。頭のてっぺんから指先まで、不思議な熱が伝わっていくのを感じた。

 魔力が十分に練り上がったところで、それを一気に開放する。

 まるで身体の内側で爆発が起きたようだった。小さな火種だったはずの青い火は、煌々と揺らめく力強い炎に代わっている。しかし、不思議と熱さは感じなかった。鼓動の高まりが鼓膜に響く一方で、全身の筋肉が脱力し、脳は熱を失って、意識が白く澄んでいく。

「おいおい、嘘だろ……。こんな魔力量、ありえない……!」

 その状態を保ったまま、僕はイメージする。この青い炎が胸元で一つに収束し、小さなエネルギー体を形成する。そして拳大ほどの青白い光の塊が出来上がると、それを目の前に鎮座する一本の木に向かって射出した。

「これは!」

 次の瞬間。

 ――プスーッ……。

 膨らみ切った風船からゆっくりと空気が漏れるような音が聞こえた。それに呼応するように、僕の目の前に浮かんでいた光がみるみる萎んでいく。数秒の後、最後に小さな破裂音とともに、全霊で練り上げた魔力の結晶は跡形もなく消え去ってしまった。

「ダメかー……」

 どうやら失敗のようだった。試そうとしたのは、魔力を固めて射出するという一番平易な攻撃魔法だったのだが、それすらも上手くできなかった。

 その後も何度か同じことを試してみたが、今度は魔力を練り上げることすら上手くいかず、僕の身体はうんともすんとも言わなくなってしまった。どんなに意識を集中しても、あのとき身体の奥底に見えた魔力の源が見つからない。

「一瞬、すさまじい魔力に見えたんだけどな。見間違い、だったのか?」

 カジもお手上げのようで、今日のところは諦めることになった。

「やっぱり才能ないのかな……」

 僕のように転移前に何も持っていなかった人間は、別の世界に来ても変わらないのかもしれない。引きこもりニートがチート能力を得るような、そんなアニメの世界とは違い、この世界はずいぶん世知辛いみたいだった。

「まあ焦ることはないさ。気楽にやってこうじゃねえの」

 露骨に落ち込む僕を慰めるように、カジは明るい言葉をかけてくれる。その優しさが自分の惨めさを浮き彫りにする気がして虚しくなった。

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