第7話 最後の生存者

 タキ。それがこの小さな協力者の名前であることは、ダムへの道中で分かった。

 彼は、彼を背負っているギロチンに背中越しに道案内をしながら、後に続く二人にこの村についての色々な情報を教えてくれた。


「この村はね、水さえ流れていれば寝てても発電できるからあまり”電貢”の事を考えなくていいんだ。バッテリーがたまったら管理局のおじさんたちが勝手に回収しに来るし」

「へぇ、気楽でいいじゃないか」

「・・・でもね、王様が変わってから電貢の量が増やされたでしょ?特にこの村は楽に発電できるからその分もっと増やすって言われて・・・いつの間にか、隣の火で発電する村よりも電貢が重くなっちゃったんだ・・・」


 年端もいかない子供が深刻そうな顔をするほど、この村には重い納電義務が課せられていたことが読み取れる。タキの話に相槌を打ちながら、密使たちはダムへと続く道を進む。


「それでも、村のみんなは水車を大きくするとかして発電効率を上げてどうにか堪えてたんだけど・・・何か月か前から、突然雨がめっきり降らなくなって、ダムから流れてくる川の水が減ってきたんだ。・・・大きな水車は、ある程度水流が強くないと回すことが出来ないから、みんなとても困ってた・・・」

「それで、みんなはどうしたのかしら?」

「村のみんなで話し合って、電貢を少しだけ減らしてもらうように管理局のおじさんに頼みに行ったんだ。他の村ではこういうのは簡単に通らないと聞いてたんだけど、思ったよりすんなり通ったって、皆とっても喜んでた」


 この村の納電軽減請願書はどうやら受理されたらしい。そのすぐ後に緊急放流とは、どう考えても何か裏があることは間違いなさそうだ。ここまで足を踏み入れた以上は、すべての真実を知ってからここを破壊しても遅くはない。

 ギロチンはタキをおぶさりながらそう心中で呟いた。その心中へ、メイデンが思念伝達通信テレパシーで背中の子供に聞こえないように語り掛ける。


「(それはそれでいいかもしれないけど、この子に教えるはどうするのかしら?)」

「(・・・時を見て伝える。今はまだ、その時ではない・・・)」

「(優しい嘘をつくのもいいけど、バレるのが遅ければ遅いほどこの子が被る精神的ダメージは大きくなるわよ。・・・それに、連れてきたところで何かの役に立つとも思えないし)」

「(・・・たとえ子供だろうと、このダム周辺の地理に詳しいものが一人いれば、任務を円滑に遂行することできる・・・それにあそこへ一人置き去りにするくらいなら、俺たちと一緒にいたほうが安全だ・・・)」

「(はいはい、わかったわよ。今回そういうことにしておくわ。でも、貴方がついた嘘は、貴方が責任を負いなさい。いいわね?」

「(・・・ああ)」


 これらの会話は、当然タキには全く聞こえていない。幸か不幸か何も知らない小さな協力者は、自分以外の村人全員が溺死したことなどつゆ知らずに、自分の親族だけは助かったという優しくも残酷な嘘を信じて、密使たちを導く。


「お兄さんたちは、洪水があった後のダムを調査してからどうするの?」

「ダムで調査したことをまとめて、都に報告しに行くよ。もしダムの破損で起った事故なら早急に治さなければいけないからね」

「そのあと、僕のパパやママに会わせてくれるんだよね!」

「・・・うん、そうだよ(ギロチン、子供に嘘をついた罪は大きいぞ・・・)」


 密使たちにいろいろな意味でタキのおかげで、どうにか目的地のダム管理施設の入り口ーー納電管理局との併設になっているーーにたどり着いた。

 遠目で見るとわかりづらいが、こうして近くに来てみると流石のスケールを嫌でも見せつけられる。昨日あれだけ放流したにもかかわらず、なみなみと水をたたえている湖をせき止めている灰色の水がめは、豊かな緑の山中の中ではよく目立ち、どこか寒々しい。全く人気を感じない雰囲気がそれらにさらに拍車をかけている。

 入口に立たされた3人の密使と一人の子供は、締め切られた赤い鉄格子の門の前でたたずんでいた。


「こうしてみるとこの発電所も大きいねぇ・・・まぁ、どんなに大きかろうが、重光線にかかれば一発でドカーンだけど」

「ドカーン、の前に調べることがあったんじゃなかったの?」

「あーそうそう、そうだったね。じゃあロックを外して入りますか・・・」


 ファラリスは鉄格子に掛けられた電子錠をいとも簡単にはずした。門を開けた管理局の入り口から中へと続く通路がのぞいているが、照明があるはずなのにとても暗い。外からの明かりを加算してもまだ暗さが残る。だが、宇宙空間より暗いものを知らない密使たちはこれくらいでは怖気づかない。いざ、参らん。と一歩踏み出したその時。


「・・・!」


 バッ、ととっさに後ろを振り返むいて自分の得物を素早く手に取る。


「・・・避けろ!!」


 ブウゥン!!


 言うが早いか狙いを定め、”反応”のしたほうへエネルギー波をぶち込むギロチン。だが、相手のほうが速かった。


 ガシッ


「うわっ、うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 相手はタキをにすると、そのまま管理局を飛び越えて行ってしま

 った。


 キュイイイ・・・


 ギロチンは追撃の為にタキを連れ去り、遠ざかろうとする相手を撃墜せんと狙いを定め、再びエネルギー波を発生させようとする・・・が。


「やめておけ、切断者ども。抵抗は無駄だ」


 何処からともなくダム中に響きわたる声。そこらじゅうに仕掛けられた拡声器がそれをこだまさせている。そしてその声の主が、入口をぽっかりと開けている納電管理局の屋上から密使たちを見下ろしている男だと気づくのには、さほどかからなかった。


「まさかあの濁流を生き残った者がいたとはな・・・しかも子供とは・・・」

「お前は誰だ!その子を離せ!」

「私は第六納電管理局長兼、ジークタウン都市警備隊水力発電所方面部隊長、ターロだ。お前たちが何者なのか、本部から全て聞いているぞ」


 名を聞いたファラリスにタロウと名乗った人物は、タキをさらった”何か”から人質を預かると、そのこめかみに向けて高水圧銃ハイドロガンを突き付けた。”何か”は翼を広げてタロウの近くの手すりに止まった。鳥類動物によく似ているが、それにしてはサイズが大きすぎる。


「昨日今日の話がもう伝わってるなんて、私たちも人気者になったものね。だったら私たちが到底戦っても敵いっこない相手というのも伝わってるはずだけど・・・?」

「もちろんだ。だから私は君たちとは戦うつもりはない。この発電所をとっとと破壊してどこへでも行くがいい。だがこいつだけは私に預からせてもらうぞ・・・」

「・・・子供一人どうなろうと知ったことではないけれど、一つだけ質問に答えて」

「いいだろう」

「なぜ、予告なしの緊急放流を行ったの?下の村はお陰で大惨事よ。”電貢”の為に飼い殺しにするならともかく、本当に殺す理由なんてこれっぽっちもないはずよ」

「なんだ、そんなことか・・・ふ・・・ふふふ・・・」


 タロウは堪えきれず大きく高笑いした。


「この発電所村のシステムは、はっきり言って水車さえあれば村人たちが存在する必要はない。いずれこの村は無人化する予定だったが、村人どもは納電量が少しくらい高くなってもいいから、とここへ残り続けた。私はそれをお情けで許したのだ、この私の昇進と引き換えにな」

「それだけならまだ良かったが、そのお情けでここに住まわせてもらっている身でありながら、少し水が減ったくらいで簡単に納電の軽減請願と来た。この恩知らず共めに思い知らせるため、私は豪雨を降らせたのだ。水が少なくて困っていたそうだから、私は深夜、ダムを開放して奴らに水を与えてやった。最も水の量が多すぎて、軽減請願もになってしまったがな。」


 タロウは遠目からでもしてやったりとわかる顔で、はははと再び高笑いをダム中に響き渡らせた。密使たちは彼の放ったあまりにも身勝手な殺人理由に憤りを隠せなかった・・・












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