第7話

「おれの宮に滞在させようかと思っていますが。それがなにか?」


「……国の一大事だ。彼は……彼らは王の宮で預かる」


「父上!?」


「そうすればそなたもルーイも咎められることなく逢えるだろう。わたしの元にいる彼に逢いにきたと言えば、な」


「しかし」


「もう決めたことだ。そなたも将来のため、すこしは王の宮に足を運びなさい。父の元を訪れるのに遠慮はいらないのだから」


「はい」


 まだ納得していなかったが、父が断言したのではアスベルにもどうしようもない。


 不安そうに振り向かれて透は首を傾げた。


「ふたりの行き先が変わった」


「「え?」」


「王の宮だ」


 その名称から王の宮殿だということはわかる。


 思わずふたりは息を飲んだ。


 じっと国王を見詰める。


 すると彼の瞳はまっすぐに透に向かっていた。


 透はすこし困った顔になる。


 妃の面影を重ねられていることがわかるので、ここでいやだと第一王子の宮がいいとは言えなかったのである。


 すると暁が兄にしがみついた。


「暁?」


「なんかあの人キライ」


「おまえまた」


「だって兄さんのことを変な眼で見てる。兄さんは亡くなった奥さんじゃないのに」


「気にしすぎだよ、暁」


 周囲に聞かれていないか確認して、だれも聞いていなかったと知り安堵する。


「陛下。素性も知れない者をお傍に招かれるのは……」


 カスバルが止めようとしたが王は頷かなかった。


「わたしの決定に逆らうのか?」


「そのようなことは決して。ただ」


「もうよい。ふたりを連れて王の宮へ戻る。アスベルとルーイもきなさい。久しぶりに家族で食卓を囲もう」


「ホント!?」


 ルーイは単純に喜んだ声をあげたが、アスベルは笑顔を浮かべることができなかった。


 今まで男も女も近づけなかった父が初めてみせた執着。


 それが良くない結果を招きそうで。


「それで? そなたの名はなんというのだ?」


 王の視線はまっすぐに透にだけ向いていた。


 暁の名は訊ねていないことは明白である。


 周囲の者も信じられないものでも見るような眼で王を見ている。


 それだけ王が透に執着するのが珍しいのだろうか。


 透が王妃に似ているなら、ある程度は当たり前だと判断しそうなものだが。


 そんなことを考えながらも黙秘できない感じだったので名乗った。


「透。透といいます」


「トール?」


 ここでもやっぱりトールと言われ、透は諦めの微笑を浮かべた。


「間違っていたか、アスベル?」


「いえ。おれも彼のことはトールと呼んでいますが、最初は当人に何度も違うと言われました。おれたちには発音しにくい名前のようです。どう聞いてもトールなんですが」


「だからあ。透だってば。何度言わせるんだよ、アスベル」


「だから、トールだろう?」


「ト・オ・ル。勝手に人の名前を変えるんじゃない」


「トール。トオール。トヲール」


 王の口からは勝手に違う名前が出ている。


 どうやら余程言いにくいらしい。


 トオル、が。


「もうトールでいいです。どうせ夢ではそう呼ばれてるし」


「「夢?」」


 アスベルと王が反応した。


 意外な反応を招いて透はちょっと身を引く。


「どんな夢をみたんだ?」


「みたっていうか。小さい頃からずっとみてる変な夢の話だよ」


「同じ夢を小さい頃からずっと?」


 王も難しい顔で問いかける。


「そういえばあの夢に出てくる戦装束の女性、あの女性も俺と同じ顔をしてたな」


「「っ!!」」


 ふたりが眼を見開いて絶句する。


 透はその反応が理解できず不思議そうな顔になる。


「自覚がない?」


「そうみたいですね」


 父と息子はコソコソと会話している。


「しかし彼の夢に出てくる戦装束の女性、もしやフィオリナか?」


「おそらく。戦装束でしかも彼と同じ顔。そうなるとフィオリナしか思い浮かびません。まさか母上というわけでもないでしょうし」


「ビクトリアは戦装束など着ない。着せたこともないっ!!」


「わかっていますよっ。でも、何故瞳の色が違うんだ?」


「様子を見るしかないだろう。彼に自覚がない以上うかつな言動は起こせない」


「そうですね。大事に護らなければ」


「ああ」


 そこまで話し込んでふたりは徐に透の方を振り向いた。


 うん。


 すごく怪しい。


「さあ。王の宮へ行こうか。わたしが案内しよう」


「トール。早くこい。置いていくぞ」


「陛下。それからアスベル」


「「な……なんだ?」」


「すごーく怪しいです」


 眼を半開きにして言われ、ふたりがダラダラと冷や汗を流す。


「そうだよね。ぼくも怪しいと思う」


「「ルーイ」」


「兄上も父様もいつもなら取らない行動取ってるよ。どうしてぼくには話してくれないのっ!?」


「話すようなことがなにもないからだ」


 王はふんぞり返る。


 どうやら開き直ったようである。


 アスベルも父を見習うことにした。


「そうだ。話すことなどなにもない。これはある一定の年齢を越えた男同士の話だからなっ。ルーイにはまだ早いっ!!」


「アスベルっ!! 変な言い方をするなっ!!」


「こうでも言わないとルーイを説得できませんっ!!」


 耳許でささやく息子に王は途方に暮れる。


 いや。


 そういう話題で話すのは別にいいのだ。


 アスベルだって年頃の男だし、そういう話題で話したいこともあるだろう。


 問題なのはその会話の相手が王である、というところなのだ。


 王であるランドールは妃のビクトリアが亡くなってから、実は8年間一度も女性を抱いたことがない。


 どんな理由をつけられても伽を断りつづけ、最近では男を勧められる始末。


 どうやら性的な欠陥でも持っているのではと疑われているらしく、それをかわすのに四苦八苦の毎日なのだ。


 王の宮に妃そっくりの少年を招く。


 その現実が思わぬ形で波及しそうで、ランドールは途方に暮れる。


 しかしそう考えた後でふと疑問を兆す。


 本当にゲスの勘繰りなのだろうかと。


 自分には本当に彼に対して特別な意識はなかったか?


 彼の姿を見た瞬間、妃が生き返ったのだと思った。


 その瞬間から彼のことが頭から離れない。


 これは果たして気のせいで済ませていい問題なのだろうか。


 途方もなく厄介な問題に発展しそうで、ランドールはそのまま口を噤んでしまった。

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