13話「平日の始まり」

 しばらく間、芽衣に肩揉みをしてもらった後、昨日と同様に、軽くゲームをした。

 そして今回も、芽衣の強運と謎のテクニックにより、俺はボロ負けに終わった。

 そして、芽衣の作ってくれた晩御飯を食べて、風呂に入るという昨日と変わらない時間を過ごした。


「うー、明日からまた仕事かぁ」

「社会人には、休みとか早く帰れる日とかが降って湧いて来るわけじゃないもんな」

「まぁお金もらってるからねー」

「とはいえ、こういう状況だから、俺だったら泣き言の一つも言いたくなるがな」

「なんだろうな……。最初はそんな感じだったけど、ある程度時間が経ってきたら、冷静になってくるというか」

「なるほどね」


 何か乗り越えればならないことが、一気に押し寄せると、その時はすごく焦る。

 ただ、時間が経ってくると気持ちが落ち着いて、一つずつ問題に向かおうとする。

 色々と考えても、なるようにしかならないという考えに近い謎に冷静な自分が出てくるというのは、分かるような気がする。

 ……俺の問題と同じにしていいかは、分からないが。


「それに、こうして『行ってきます』をして、『ただいま』って言える場所を作ってもらったわけだからね?」

「じゃあ、俺は『行ってらっしゃい』と『おかえり』って言えばいい?」

「『おかえり』はともかく、『行ってらっしゃい』は出来るのか〜? まだ私、拓篤がちゃんと朝起きられるような気が全然してないんだよね〜」

「ま、その疑惑も明日になれば分かるだろうよ」

「ふーん? まぁ取り敢えず、置き手紙が出来る準備だけはしておこうかな〜」


 そう言うと、メモ帳とボールペンをテーブルの上に本当に用意している。


「ちくしょう……。絶対に起きてやるからな」

「無理しなくていいんだよ?」

「そんなニヤつきながら、言うような言葉じゃないだろうよ!」


 信用されていない事は、これまでの話で十分に分かっている。

 だが、ここまで起きれないと思われ、馬鹿にされると意地でも起きてやろうという気になる。


「目覚まし、ちゃんと鳴るようになってるな……!」

「鳴っても、止めたら意味無いんだよ?」

「見てろ……。絶対に起きれるってところ、見せてやるよ! ということで、もう寝るぞ!」

「はーい。おやすみ〜」


 明日から普通に平日であることを踏まえて、昨日よりも早めに消灯した。

 今日は、昨日のように眠りつくまで話をするということも無かった。

 少し経つと、隣から芽衣の寝息が聞こえてきた。

 それを聞くと、ちょっとはこの部屋で自分と生活することに慣れてきてくれたのではないかと、勝手に思ってしまう。

 ……もしかすると、肩揉みやら家事やらで疲れているだけなのかもしれないが。


「俺も早く寝よう……」


 寝袋に顔を埋めて、目を閉じた。



 次の日。

 瞼を閉じていても分かる明るさと、物音で俺は目を覚ました。


「う……」

「え、本当に起きたんだけど。しかも、まだアラーム鳴ってないし」


 相変わらず瞼が全く動かないので、寝直さないように、まずは体を起こす。


「今、何時……?」

「6時半くらいだよ。って、全然目開いてないよ」

「……目が開かない」


 アラームは7時に鳴るようにセットしてあるが、それよりも早く起床したらしい。


「目が開いてないのに、体を起こしてるの、すっごくシュールなんだけど」

「……体さえ起こしておけば、二度寝しないからな」


 そんなやり取りを数分間していると、ようやく目が覚めてきた。


「ん~~!」

「お、ちゃんと起きたって感じだね。おはよう」

「おはよう」


 伸びをして、本格的に寝袋から出て立ち上がった俺に、芽衣は笑顔で挨拶した。

 芽衣は化粧など、仕事に向かうための準備を着々と進めていた。


「朝ごはん、食べたの?」

「ううん、まだだよ。一緒に食べる? この後、準備するけど」

「あ、俺やるよ。こうして起きたのはいいものの、特にこの時間にすることないし」

「じゃあ、パン焼いてもらったりしてていい?」

「ほい」


 トーストやヨーグルトなどの朝食の準備を行う。

 そんなに時間がかかるわけでもないので、芽衣の支度が終わる頃には、用意することが出来た。


「こんな感じでいい?」

「うん! 拓篤が用意してくれたから、朝ごはんをゆっくり食べてから仕事行ける!」


 そんな話の傍らで、7時にセットした俺のスマホのアラームが鳴っている。

 朝ごはんを食べたら、すぐに出られる状態で30分くらいゆとりがある。

 お互いにのんびりと朝食を口に運びながら、朝の情報番組を見たり、スマホをチェックしたり、話をしたりした。

 そんな感じで過ごしていると、朝の30分というのはあっという間だった。


「そろそろ仕事行くかな。ごめん、洗い物してもらってもいい?」

「もちろん。やっておくから、そのまま行ってくれたらいいよ」

「ありがとう」


 そう言うと、芽衣は玄関へと向かって行って、靴を履く。


「それじゃあ……行ってきます!!」

「ほい、行ってらっしゃい! ちゃんと迷わずにここに帰ってこいよ?」

「うん、もちろん! 拓篤も勉強大変だろうけど、頑張ってね! 6時前には帰れると思う」

「了解」

「あ、お弁当というか、私がお弁当に入れたおかずをお皿に入れて、ラップして冷蔵庫入れてるから、お昼にご飯と一緒に食べてね」

「ありがてぇ……!」

「では、本当に行ってきます!!」

「行ってらっしゃい!」


 そう言うと、芽衣はニッコリと笑って外へと出ていった。

 彼女を見送った後、俺は食器の後片付けを行った。


「勉強、やりますか!」


 久しぶりに静かな一人の空間の中で、テスト勉強の最後の追い込みを始めた。

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