彼氏と喧嘩別れした幼馴染を、迎え入れたということ。

エパンテリアス

プロローグ「思わぬ連絡」

「はぁ……。遊びたい」


 新年早々、漏れ出るため息の音が大きい。

 静かな部屋に、無駄にその音が反響するので、なおさらイラッとくる。

 大学一年生のこの俺、中野拓篤は現在、1月末に行われる期末試験に向けての勉強を行っている。

 他の学部のみんなは新年から遊んでいるようで、マンションの隣の部屋からはゲームをしているのか盛り上がる声や、歌を歌う声が壁を超えて聞こえてくる。

 基本、大学一年生の1月から3月までってあんな感じでお気楽な時間じゃないのか。

 そんなことを不満に思いながらも、目の前の現実に向き合うしかない。

 俺は薬学部に在籍し、国家試験が卒業後にある。

 大学は学生を合格させるためでもあるが、国家試験合格率や、国家試験を受ける人の足切した人数を公表する。

 その結果で、これから入学しようかという受験生はどこがいいかを決めるので、数値を悪くするわけにはいかない。

 なので、一年生の頃から容赦なくテストしかなく、レポートで単位がもらえる科目など、何一つない。あるなら、何ページでもレポートなど書いてやるのだが。

 とにかく、この勉強をしなければならないという状況から抜け出したい。まあ、時間が出来ても一緒に遊ぶ友達なんて、いやしないんだけども。


 そんなことばかり考えて、勉強に集中出来ていない時だった。


「ん?」


 教材を広げているテーブルの端においているスマホが、小刻みな振動を立て始めた。

 ちょうど一休みしようかと思っていたので、スマホを手にとった。

 振動の理由は、メッセージアプリからの通知だった。


「!」


 そしてその送り主の相手を見て、俺は大きな衝撃を受けた。

 その相手は、幼稚園の頃から高校生の頃までずっと一緒だった幼馴染、山口芽衣からだった。

 高校生まで、ずっと仲良くしてくれるやつで、明るい性格だった。

 容姿もとても良く、ひたすら男子にモテる。

 勉強はちょっと苦手なやつだったけど、そのたびに俺に教えてくれと頼ってくれるのは、素直に嬉しかった。

 そんな幼馴染のあいつが、俺はとても好きだった。

 ただその思いは伝えないまま、高校卒業を迎えた。

 卒業後、俺は大学へ進学。芽衣は家庭の事情も見て、就職する道を選んだ。


「大学行っても頑張ってよ!」

「うーん。まだまだ勉強しなきゃならんのは、きっついな……」

「あはは! 別々になっても、ずっと仲良くしようね」


 そんな言葉を交わして、俺達はそれぞれの道を進んだ。


 そして。


 何も連絡を取り合わなくなっていた。


 別に珍しい事ではない。

 高校のときにどんなに仲が良かったとしても、大学で別々になれば、それぞれの生活がある。

 そこで仲良くなる人が優先されるし、講義やプライベートの時間も違ってくる。

 もちろん、仲の良い状態が続く人もいるが、大体はたまにご飯を食べに行ったりとかするぐらいだろう。

 俺は、芽衣が忙しい中で連絡するのはどうかと思い、あまり連絡を取ることをしなかった。

 その結果、最初こそはやり取りがあったが、夏前ぐらいからパッタリとやり取りがなくなって、そのまま俺達は疎遠になった。

 半年ぶりの、久々の連絡。

 今更、何の連絡だろうか。


 ―久しぶり。いきなりごめんね。付き合ってた彼氏と喧嘩して、そのまま別れ話になって飛び出してきたことで、帰る場所が無くなった。少しの時間だけでいいから、そっちに居させてくれない?―


「……」


 色々と情報量が多い。

 まず、俺は何と返信するべきなのか。

 とまどいながらも、久々に送るメッセージとして、シンプルに一番気になった事についての質問してみることにした。


 ―彼氏と同棲……してたってこと?―


 すぐに既読がつく。そして、返信が来る。


 ―まぁ、そういうこと―


「……」


 彼氏が居て、同棲をしていた。

 初っ端から、なかなかに衝撃的なカミングアウト。

 自分とやり取りしなくなって、半年くらいは経ったとはいえ、そこまで関係性になる相手が出来ているとは。

 色んな想像が一瞬で出来たが、何とかしないように頭を振った。

 想像すれば、絶対に俺自身が苦しくなることが分かっている。


 ―元々実家住みだったよな? 普通に実家へ戻ったら良くないか?―

 ―ちょっと色んな事情があって、帰るに帰れないって感じなんだよね―


 実家に帰ることは出来そうなものだから、訪ねてみたが、どうもはっきりしないがそれは出来ないらしい。

 ……同棲するしないとかで、親と喧嘩でもしたかな。

 だとしたら、戻りにくい気持ちも分からないでもないけども。


 ―高校の時の友達とか、仕事の人の繋がりは?―

 ―みんな大学へ進学を理由に県外に出てるし、残ってる子は実家通いばっかりだからさ……。仕事の人とは、そんな深い絡みなくって―


 まぁ確かに、大学進学してたらみんなそうなるか。

 なかなかに詰んでいる、といったところ。

 しかし、ここに来るというはどうなんだ。

 もうすぐ二十歳に迫ろうかという男と女が、同じ部屋に泊まる。

 普通に仲がいいからという理由で、異性同士二人が同じ部屋で生活するなど、とてもあり得ないこと。

 シェアハウスでも、異性混合で四人とか五人とか居て、人目もあるっていうのに。

 それに周りのことばかりではなく、俺自身の問題としても、好きだった女が俺の部屋で寝泊まりをする。

 その未知の経験の果てに、俺がどうなるのかすらも分からない。


 ―ごめん、そりゃ無理だよね。今のは忘れて―


 しばらくそんなことを、メッセージを開きっぱなしで考えたので、既読無視のような形になっていた。

 返事に困っていると感じたようで、そのような言葉を送ってきた。

 そんな言葉を見た瞬間、勝手に指が素早く動く。追い詰められて、あまり良くない方向に行っていしまうのではないかという考えが、真っ先に頭に浮かんだ。

 それだけは止めないといけない。


 ―駄目なんて言うわけない。ただ、何が起きてそうなっているのかだけ、教えてくれないか?―


 自分の頭の中がぐるぐると混乱する中で、取り敢えず拒否は絶対にしない事を伝える。

 だが、何も分からない状態では、こちらも居心地が悪い。

 それなりに何が起きているのかだけは知りたいところ。


 ―ありがとう、拓篤。じゃあ、どこかで待ち合わせして合流してくれる?―

 ―分かった。今週はいつでも出られるから、仕事とか都合の良い時に、待ち合わせ場所と一緒に連絡してくれるか?―

 ―うん― 

 ―話聞けたら、その足でもう家に来ていいから、変な気だけは起こすなよ?―

 ―分かった! ありがとう―


 その言葉を確認して、メッセージを閉じた。

 スマホから視線を外すと、筆箱から使っていないペンなどが飛び出している。

 先程のやり取りの間に、腕にあたったことに気が付かなかったらしい。

 それらを片付けながら、一つ一つ今さっき起こったことを考えた。


 芽衣には、同棲している彼氏がいた。

 今、喧嘩別れをして、どこにも頼る場所が無い。


 そして、俺の部屋に来ることにおそらくはなる。


「夢……なのかな」


 机に突っ伏しながら、そんなことを呟いた。

 もし夢なら、夢であっていいと思う。

 最後まで頭が混乱したまま、ウトウトと眠ってしまった。

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